トラックからつり上げられる箱根登山鉄道

1年前、ひとりの鉄オタが歴史ある鉄道車両を買い取った。千葉県内に仮置きされていたこの車両が、ついに鉄オタの元へと引き渡された。

想定を超える難しいプロジェクトとなった輸送の模様を、前編記事に続き週プレ本誌が独占レポート!

■いよいよ埼玉へ向け陸送がスタート

午後7時。トラック2台と先導車がスタンバイしていた。

昨年の輸送作業の際は、大勢の鉄オタが集まったが、今回はどこからも情報が漏れていないのか、ポッポの丘周辺にはカメラを構えたり、出発の様子を見届けようという人の姿は見当たらない。丘からやって来るトラックの様子をとらえようと、ポッポの丘の入り口でカメラを構えていると、午後8時30分、先導車の後ろから、車両を積んだトラックが下りてきた。

追跡を開始。トラックは狭い道でもスイスイ走る。片側1車線の幹線道路に出ると、制限速度で大多喜町(おおたきまち)の中心部へ。前回の輸送では、広い道でも時速30キロほどで進んでいたが、運びやすいサイズとなったため、スピードを上げても問題がないのだろう。

埼玉方面に向かうには、市原市へ続く国道297号線を進むのが最短距離だが、途中は急なカーブのある峠道なので、茂原(もばら)方面へ続く県道に向かう。

午後9時前、トラックは信号が少なく渋滞もまったくない県道を順調に進み、茂原から国道128号線、東金(とうがね)から国道126号線を走り千葉市内へ。

午後9時40分、千葉市の市街地に入る手前で最初の休憩。作業員たちがコンビニで一服。午後10時に再び動きだした。

国道16号線との交差点をさいたま方面へと右折したトラックは、ここから16号をひたすら走る。制限速度が50キロ、もしくは60キロの国道を車両を積んだトラックが快走する。

日付が変わり、作業7日目の深夜1時すぎ。東北道の岩槻(いわつき)インターを越え、さいたま市に入ったところで2度目の休憩。午前1時30分、再びトラックが動きだし、追跡を再開。さいたま市内で国道17号を熊谷方面に右折。午前3時25分、台車の輸送のときと同じ、道の駅の駐車場に到着。「この後は、朝9時まで待機です」とスタッフから連絡があり、この日の作業は終了した。

およそ1年、お世話になったポッポの丘から旅立つ110号電車。鉄オタの家へまで、およそ200kmの陸送が始まった。 【STEP4】深夜、北関東の某所へ向け出発!

トラックは深夜の国道を北上。信号待ちをしているとき、対向車線のドライバーがスマホを向けて撮影する姿は見られたが、鉄オタの姿はなかった。

早朝、北関東の道の駅で待機。作業開始から7日目の朝、道の駅で朝の渋滞の時間をやり過ごす車両。長かった埼玉への陸送がこの日、終了する。

「難しい作業」の始まり

■住宅地の狭い道を車両が走り抜ける?

作業7日目。ここからが「難しい作業」の始まりだ。車両を運ぶトラックは、台車を運んだときと同じサイズの20t車。住宅地の狭い道をプロの技術で通ることができることは先日確認できたが、今回積んでいるのは、台車よりも高さがあって幅も広い車両。このままスムーズに運べるのか。

午前9時20分、目的地周辺の道路で待ち構えていると、1台のトラックがやって来た。

道路の幅とほぼ車幅が同じトラックが車両を積んで住宅地を走る。そんな非日常的な景色を目の当たりにして、近所の人たちが思わずスマホのカメラを向ける。そして作業スタッフは、道幅よりも上空に注意を払っている。視線の先を見ると、そこには電線が。車両の屋根の部分が当たらないよう、トラックはそろりそろりと生活道路を進む。時間をかけて、最初のトラックが敷地に着いたのは午前10時少し前。続いて2台目のトラックが住宅地を慎重に走り抜け、車両が目的地に到着した。

午前10時20分、仕上げの作業。トラックからクレーン車で引き上げられた、ふたつの車両は、線路の上に設置済みの台車の上に載せられ、カットされた断面が再びピタリと合わさった。そして仮止め作業。「溶接の部分が目立たないようにする作業は後日行なう」とのことで、つなぎ目は目立ってしまうが、丈夫さと作業スピードを優先して、接着作業が進められる。午後12時15分。仮止めが終わり、車両をブルーシートで覆って、すべての作業が完了した。

今後は住宅を造るペースを見ながら外装と内装を仕上げる予定で、完成次第、ブルーシートは取り除かれるという。

一般公開されるかどうかは、鉄オタのオーナーの判断次第だが、貴重な鉄道車両を1両丸ごと残したいという熱い思いから、手間と時間をかけて運んだ事のいきさつを考えると、間違いなく大切に保存してくれるだろう。

住宅地の生活道路に車両が出現! トラックは住宅地の中を慎重に進む。生け垣スレスレのところを車両が通り抜ける姿は、まるで江ノ電を見ているようだ。 【STEP5】ふたつに切った車両を再びくっつける!

切り離された車両が再びひとつに! トラックからつり上げられた車両は、線路の上にスタンバイしている台車に取りつけられる。台車にきっちり載せ、接合部もきっちり合わせなければならない作業なので、ズレがないよう慎重に行なわれる。

この地に住宅が完成後、シートが外され、車両がお目見えする予定。作業終了後、外装や内装が腐食しないよう、シートがかぶせられた。今後、接合部分を目立たなくする作業を経て、塗装を施す予定だ。

(取材・文/渡辺雅史[リーゼント] 撮影/田中一矢)