環境省が「生態系被害防止外来種」に指定し、その飼育者に注意喚起した謎の生物。もし、日本で大繁殖していれば生態系を崩すほどの被害を与えることになる。
そんな「ミステリークレイフィッシュ」の謎を解く!
* * *
今、「ミステリークレイフィッシュ」という謎めいた名前の生物に環境省が注目している。
ミステリークレイフィッシュは、同省が「生態系被害防止外来種」の「定着予防外来種」にリストアップするほど危険な生物で、3月には「ミステリークレイフィッシュを野外に放さないように」というチラシを作り、飼育者に注意を促している。
では、ミステリークレイフィッシュとは、いったい、どんな生物なのか...。
遡(さかのぼ)ること約1年半前。2016年11月に愛媛県松山市の重信川で、1匹のミステリークレイフィッシュが捕獲された。そのときの状況を愛媛大学の井上幹生(みきお)教授(河川生態学)が説明する。
「魚類調査を目的として河川に定置網を仕掛けていました。魚を対象としていますが、エビやカニ、ザリガニなども網には入ってしまいます。
私は魚が専門でザリガニにはあまり詳しくないのですが、ニホンザリガニやアメリカザリガニ、そしてある程度の外来種は判別がつきます。しかし、アメリカザリ ガニやほかのザリガニとは違うように見えました。それで専門の先生に写真を送って『これはなんでしょう?』と問い合わせました」
ミステリークレイフィッシュを捕獲したのは同大学の大学院生で、しばらくは飼育していたが、死んでしまったため徳島博物館に寄贈したという。
井上教授が続ける。
「実は、その前も同じ場所でミステリークレイフィッシュのようなものを捕獲したことがあるんです。しかし、採れた生物はいつも調査後に放流しています。だから、そのときも放してしまいました」
放したものと、捕獲したものは同一の個体だったのだろうか?
「もし、同じ個体だったとしても、あの場所には2個体以上はいたと思います。今回の捕獲後に国土交通省から『同じ場所で捕獲した』という別のミステリークレイフィッシュの写真が送られてきましたから」
井上教授から送られた写真をミステリークレイフィッシュと確認した金沢大学の西川潮(うしお)准教授(保全生物学)が、その生態について語る。
「ミステリークレイフィッシュは、アメリカザリガニ科の一種です。代表的な体の模様は青白いマーブルですが、茶褐色のマーブルのものも知られています」
ここで「なんだ! ザリガニかよ!」と侮ってはいけない。"ミステリー"と名づけられるには理由がある。
「ミステリークレイフィッシュは、アメリカザリガニのオスと比べると、やや小さめで通常は体長10cm以内です。それはメスしかいないからです」
メスしかいない!? ではどうやって繁殖するの?
「ミ ステリークレイフィッシュは単為生殖種なんです。卵を産むけれども遺伝子はほぼ全部同じクローン繁殖。もともと共通の一個体から発生していると推定されて ます。水温が20℃から25℃で飼育した場合、生後141日から255日で繁殖を開始。繁殖力は強く、近縁種のスロウザリガニのメスと比べると5倍以上の 卵を産みます。現在知られているエビ・カニなどの十脚目の中で単為生殖するのはミステリークレイフィッシュだけです」
なぜ"単為生殖するザリガニ"なんて不思議な生き物が生まれたのか。
「そ れはわかりません。ミステリークレイフィッシュは、1990年代中頃にドイツのペット業界で発見されましたが、起源が不明なんです。アメリカ原産のザリガ ニであることは間違いありませんが、アメリカの野外で単為生殖するザリガニは見つかっていませんから、流通段階で突然変異等によってできたか、誰かが遺伝 子組み換え技術などを用いて作ったか...。いずれにしても、どうやって生まれたかは、わかりません」
強烈な繁殖力を持ち、メスだけでクローン繁殖し、どのようにして生まれたかもわからないザリガニ。まさにミステリーなのだ!