「例えば、かつてテロで荒廃しきっていたスペインのまちは、今や『美食世界一のまち』といわれるまでに再生を遂げています」と語る志子田徹氏 「例えば、かつてテロで荒廃しきっていたスペインのまちは、今や『美食世界一のまち』といわれるまでに再生を遂げています」と語る志子田徹氏

人口減少や少子高齢化、東京一極集中などが深刻化し、日本では「地方消滅」ともささやかれて久しい。根底に横たわる問題はいったいなんなのか。

『ルポ地域再生 なぜヨーロッパのまちは元気なのか?』の著者であり、長年、北海道新聞の記者として道内のあらゆる"声"を届けてきた志子田徹(しこだ・とおる)氏は、6年前のロンドン支局赴任を機に、日本の地域再生のヒントをヨーロッパに見るべく各国を取材して、イタリアやスウェーデンなど7ヵ国の事例について著書で取り上げた。そこで氏は、何を感じ取ったのか。

* * *

―「地域再生」「地方創生」と聞くと、政府や自治体によるトップダウンの取り組みが浮かびますが、ヨーロッパでは地域の住民が一丸となって取り組んでいることがよくわかりました。

志子田 ヨーロッパでは地方に住む人々でも、本当に楽しそうに、明るく、誇りを持って暮らしを豊かにしようとしています。

自分たちの地域にとって本当に良いこと、豊かになる方法を自分たちで考えて、自分たちでまちをつくるという発想が根本にあると思います。日本では一時期、自治体による「ゆるキャラ」が人気でしたが、そういったブームの二番煎じや横並びで目先の利益を追うことでは、なかなか地域再生に結びつかないように思います。

―多くの地域を取材されたなかで、印象に残った場所は?

志子田 スペイン・バスク地方にあるサン・セバスチャンというまちです。バスク地方はもともと独立運動が盛んで、かつては過激化した独立派の一部によるテロの拠点にもなって国中を騒がせた時代もあったのですが、今や「美食世界一のまち」と称され、ミシュランの三ツ星レストランが何軒も集まる地域になりました。世界中から富裕層が、プライベート機に乗ってわざわざ食べに来るほどです。

―どのようにして再生したのでしょう。

志子田 テロの悪評にさらされ荒廃していたときに、海外で活躍していたあるシェフが地元に戻ってきて、「食を通じてまちを変えたい」と動きだしたんです。彼は、まち全体の食のレベルを上げるために、各レストランのシェフが得意とする料理のレシピを教え合おうと呼びかけました。

シェフに限らず、得意技には秘密があって人に教えたくないものですが、自分だけ儲(もう)かればいいという発想をせず、皆の力を結集すれば変えられるじゃないか、と呼びかけて始まったことに感銘を受けましたね。

バルのおつまみ「ピンチョス」の水準も上がって、サン・セバスチャンは世界中に知られるようになりましたが、その起点になったのが、彼の常識にとらわれない、「オープンレシピ」で得意技を共有しようという無謀な試みだったわけです。

―「食」を通じた地域再生は、日本でも広められそうですね。

志子田 日本ほど食材が豊かな国はないと思いますよ。それに、地方ごとに料理が千差万別ですよね。外国の人が食べたらあっと驚くような伝統料理が実は足元にいっぱいあるんです。

今の日本は1次産業が危機的な状況にありますが、例えば木材はもっとバイオマス燃料などに活用できるし、日本のコメも野菜も魚も高品質なので、もっと評価されていいと思います。地元の人たちがあまり価値を見いだしていないようなことであっても、地域に豊かな資源はたくさん眠っているはずです。

―地方を変える存在は「よそ者、若者、ばか者」だともいわれてきました。

志子田 最近は地方に移住する若い人たちも増えてきていますよね。「地域おこし協力隊」で地方へ任期付きで行って、そのまま定住する人もいますし。ちょっとずつ変わってきているのかな、という気はしています。

楽しさや豊かさ、幸せは人それぞれであり、どの地域に住みたいか、ということも違っていいはずです。ヨーロッパでは首都に一極集中しないで地方都市が張り切っている国が多い。

しかし、日本は東京至上主義というか、「とにかく東京に行かなきゃ」という価値観が根強いですよね。企業の本社も東京に集中していますが、何もかも東京というのはそろそろ考え直す時期だと思います。東京は出生率も低い上に貧富の差も激しい。誰にとっても暮らしやすいとは言えないんじゃないでしょうか。

むしろ、生まれ故郷や新天地のほうが、可能性が開けることもあると思います。「自己実現のためには東京にいる必要はない」という発想があっていいかもしれません。

―失敗を恐れることなく、どんどん可能性を求めて地方に飛び出してみる勇気が大切だと。

志子田 そうです。一方で、最近あまり風通しが良くないな、と思うこともあります。内向きな空気というか。なんでも「日本はすごい」と自賛する言説が目立ちますが、大したことないこともたくさんあります。

世界で起きている本当のことには関心を持ちたくない心情の裏返しでしょうか。若い人たちが政治や暮らしの問題に率先して声を上げることや、運動を起こすこともはばかられる雰囲気がまた出てきたようにも感じますし。

―風通しの良さという面で、見習えるようなヨーロッパの例はありますか?

志子田 スコットランドへ行ったときは、良い意味でショックを受けましたね。

私が訪れたのは、ちょうど独立を問う住民投票に向けて盛り上がっていたときです。学校やパブなどあらゆる場所で議論が交わされていました。

大学の集会を見学したときのことです。行くまでは20歳前後の学生が独立について議論するなんて高が知れている、と思っていました。ところが彼らは「独立したら何歳から議員になれるのか」とか「福祉制度はイギリス全体とどう違う仕組みにするのか」などと、本気になって独立した自分たちの国をつくろうと熱く語っていました。

家庭内でも議論しており、「ウチは賛成派と反対派に分かれている」みたいな話が普通にあると聞きました。

大切なのは、そういった過程を経ることで自分たちが住む地域の暮らしについて、理想像を自分たちで描くようになることなんです。幸せや豊かさは誰か(役所や政府)が持ってくるものではなく、自分たちで考えていくのが当然じゃないですか。

政治や暮らしについて意見を言うことは当たり前、という風通しの良さは、日本の若い人たちにも知ってもらいたいです。

●志子田徹(しこだ・とおる)
1968年生まれ、東京都出身。北海道大学法学部卒業後、北海道新聞社に入社。函館報道部などを経て、東京政経部で小泉政権下の市町村合併や三位一体改革などの分権問題を取材。野党担当時には、民主党「偽メール問題」をスクープした。その後、北海道政キャップなどを務め、2012年からロンドン特派員。現在は東京報道センター部次長を務める。共著に『スコットランドの挑戦と成果―地域を変えた市民と議会の10年』(イマジン出版)などがある

■『ルポ地域再生 なぜヨーロッパのまちは元気なのか?』
(イースト・プレス 861円+税)
長年、北海道新聞社で地方に根づいた取材を続けてきた著者が、3年間(12~15年)にわたるロンドン支局赴任時に、ヨーロッパ7ヵ国の地方都市を取材。財政難や人口流出など、日本の地方が抱える問題と同様、もしくはそれ以上の危機的状況に瀕していたヨーロッパのまちは、それでもなぜか活気と豊かさに満ちあふれていた。自分たちの地域、故郷、まちに愛着と誇りを持って暮らす彼らの生き方から、日本の地方と人々が学ぶべきことが見えてくる