裏社会の利権が渦巻く裏麻雀の世界。その真剣勝負の場で裏プロとして20年間無敗の記録を築き、"雀鬼"と呼ばれるのが桜井章一だ。現在は"雀鬼流"の麻雀を指導する道場・雀鬼会で育成に励む傍ら、書籍の執筆も勢力的に行なっている。
5月に上梓された新刊『究極の選択』では、人生の様々な局面で出会う難問に回答! 究極の選択の場で打ち勝ってきた雀鬼ならではの名言がたっぷりと詰まっている。
そんな"雀鬼"桜井章一の素顔とは一体――? 昨日配信した前編に引き続き、伝説の勝負師の揺るぎない世界をお届けする。
―結果の損得ではないと。裏社会で戦い続けてきた桜井さんとは全く逆の存在ともいえますか。
桜井 そうですよ。俺はガキの頃から、強くないと大切なものや女房も守れないという環境にいたから、男として戦えなきゃいけなかったけど。でもヤツ(道場生)は、戦ったら弱いけど勇気があるよ。「義」を知ってる。やっぱり男は義というものを忘れちゃいけない。そういう人間が俺の周囲に何人かいるわけです。農薬人間だらけの中で。今の社会は男の社会で、農薬人間だらけじゃないかと思うよ。
―農薬人間とは?
桜井 例えば、米を作る時も高く売れる一等米を大量に作るために農薬も大量に使う。社会もそうで、高等教育で一等人間を作ろうとしている。ところができたものは本当は一等人間じゃない。社会に一等人間なんかいやしないんです。そして社会はというと、結果が良ければ経過は気にしない風潮がある。結果を出さないとダメって社会だから、せっかく得た賢さを、ずる賢い競争に使っている。
そんな社会では、高卒だとなかなかレールに乗れないから出世はできない。そうすると、必要以上に気遣いや心遣いをしなきゃいけなくなるけど、俺は逆にそんな人の生き様のほうが人間的には素晴らしいと思いますよ。
そういう意味じゃ、俺はホームレスも好きなんだよね。ホームレスと話すこともあるし、ブルーシートの下に千円札を挟んでくることも多い。
―それはどういうところが好きなんですか?
桜井 彼らにしかわからない「苦」があるだろうし、この社会がイヤだから道を外したのかもしれない。社会の価値観が受け入れられなくてホームレスになったのかもしれないし、失敗してそうなったのかもしれない。それはどっちかわからないけど、逆に自分の価値観を大切にする立派な人なのかなと思うことがあるんだよね。だから彼らと話すのは好きなんですよ、いわゆる居場所というのがないから。
お前ら(取材者)も出版社って大きな居場所があるみたいだけど、ホントにいい場所だと思ってる? 企画なんかも楽しく出すんだろうけど、生活のためとかいう理由で本当にやりたいこと以外もやってるんじゃないの? ちゃんと妥協せずに自分で選んでる?
―確かに企画でも妥協点を探さなきゃいけない部分はあります...。
桜井 妥協して妥協して生きていく。でも妥協と納得は違う。俺はやっぱり納得して生きていきたい。みんな大きな会社に入りたがって、ブラック企業がダメだというけど、ホワイトのほうが怖いよ。俺は毎夏、海に行って岩場で遊ぶんだけど、去年そこで死ぬような目に遭った。津波のような波に襲われて、気がついたら俺の体の上に大きな岩が乗ってるわけ。
「海で死ぬ人ってこうやって死んでくんだな」とか「孫じゃなくて俺でよかったな」とか思っていると、ふたつ目の波がどんどん石を当ててくる。でも3つ目の波で岩が動いた隙を狙って泳ぎ出したんだけど、波が泡立って洗濯機の中みたいに真っ白で、自分の存在がどこにあるのかもわからない。夜中に暗闇の中で入ったほうがまだわかる。
白って怖いよ。何も見えなくさせるから。皆さんは白に潔白なイメージがあるからか、白のほうが素晴らしいっていうけど、白いほど怖いこともあるし、人間だって潔白なイメージでも怖いヤツがいるんだよ。そう考えると、ブラック企業なんてまだいいんです。みんなが入りたいような有名で儲かってる"ホワイト企業"こそ、本当に怖いよ(笑)。
―考え方を変えると確かに!
桜井 だから「そこそこ」でいいんじゃないですか? お金とか成果を大きく取ろうとする人間がいるから、多くの人間が困ってる。ひとりの金持ちと70億人の貧乏人になる。価値観をどこに置くかにもよるけど、金なんかは下で、やっぱり心ですよ。
―桜井さんは社会からの評価は全くいらないんですね。
桜井 いいんだよ、そういうことは。孫がどう思ってくれるか、子供が親父をどう思ってくれるか、道場生がどう思うか。どっかの偉い人とか坊さんの言葉なんて、知ったこっちゃねえってことだよ(笑)。
―偉い人の名言は目立ちますが、真実を表しているかどうかは別ですよね。
桜井 例えば、「自覚しろ」って言葉があるけど、人間、自覚はできないと思うね。なぜかっていうと、人間の記憶は物心ついてからだけで、生まれた瞬間って覚えてないんですよ。それと一緒で、死んでく瞬間もわからない。「生」と「死」という人間にとって大切な物すらわかってないってこと。世の中は「自覚しろ」とか、そういうきれいな言葉を発してくるけど、そんな立派な言葉は嘘っぽいよ。
だから、俺の本を褒(ほ)めてくれる人も多いけど、全員に読んで欲しいという気持ちは毛頭ないですよ。売れなきゃ迷惑かけるし悪いなとは思うけど(笑)。
―いや、人生の手助けになりそうな名言が詰まっています。中には腑に落ちるまでは自分では実践できなさそうなこともありましたが...。
桜井 いや、一生、腑には落ちないんじゃないかな。それは「XとY」の違いだと思う。腑に落ちるというのは、2本の線が交差して1本になる「Y」。自分の中に、得た信念や観点が続いていくということだから。一方で、あなたはこの本にいっぱい付箋を貼っているけど、それは「X」。2本の線が一瞬交差して、そのまま離れていく。その一瞬だけ交差した接点が、その付箋だと思う。
こういう本を読んでその考え方にちょっと触れ合って、その時は「いいな」と思う。でも時が過ぎればすぐ元の自分に戻っていく。そして結局、自分の性分とか自分の癖で考えるのが人間なんですよ。
まあ、それでも学んでいくのも人間。「素」って言葉があるけど、素がダメだと人生の選択もできない。素というのはある意味、「童心」と同じで、世間とは離れたところにしかないから、ずっとガキでいいと思う。
子供とか孫とか道場のやつらは裸の俺の姿を知ってるから、彼らの前ではカッコつけないで「素」のままでいられる。人生には初期・中期・後期とあって、俺自身は人生の後期だけど、今でも身近な者から学ぶことは多いね。
■桜井章一(さくらい・しょういち)
東京都生まれ。昭和30年代から麻雀の裏プロの世界で勝負師としての才能を発揮。"代打ち"として20年間無敗の伝説を築き、"雀鬼"と呼ばれる。現役引退後は麻雀を通した人間形成を目的とする雀鬼会を主宰。著書に『努力しない生き方』(集英社新書)、『人を見抜く技術』(講談社+α新書)、『運を支配する』(藤田晋との共著/幻冬舎新書)他多数。