『セックス依存症になりました。』作者対談シリーズ第三回は、精神科医・和田秀樹氏(写真左)が登場。後編は、日本の異常なマスメディアと依存症治療のつながりを考える

現在『週プレNEWS』で連載中の漫画『セックス依存症になりました。』。本作がデビュー作となる漫画家・津島隆太氏が自身の実体験をベースに、性依存症の実態、そして克服への道のりを描く異色作が反響を呼んでいる。

本連載と並行して、週プレNEWSでは、さまざまな依存症や性問題の専門家×津島先生による対談企画を実施。第3弾となる今回は、映画監督としても話題作を世に送り出している精神科医・和田秀樹氏との対談が実現。

対談前編では、和田氏がメガホンを取った『私は絶対許さない』を元に性依存症を分析した。後編となる今回は、依存症とマスメディアとのつながりをテーマに、和田氏が現代日本の抱える病巣に迫る。

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―漫画『セックス依存症になりました。』連載に伴う対談企画において、津島先生はご自身の顔も公開された上で臨んでいます。著名人はもちろん、日本で性依存症を告白されている方は少ないと思うのですが。

和田 勇気ある行動だと思います。性依存症に限らず、アルコール依存症にしろ、薬物依存症にしろ、依存症であることを正直に告白している日本人って少ないですよね。依存症は病気であり恥ずかしいことではないのだから、著名人こそ「私は依存症ですが、現在治療しています」と告白して正しい知識を啓蒙してほしいとは思います。

―なぜ、日本でそのようなカミングアウトが難しいのでしょう?

和田 まず「依存症患者」って聞いて、どう思います? 「意志が弱い」「だらしない人間」だと思う人がまだまだ多いのではないでしょうか? そのような偏見のなかで告白するということは多大な勇気と労力が必要なんです。ではなぜ、一般大衆がそのような誤ったイメージを抱くのかといえば、ひとえにマスメディアが正しい情報を周知しないから。

例えば、アルコール依存や薬物依存が原因で著名人が事件を起こし、ワイドショーやニュース番組で報道されるケースってよくありますよね。その際本来であれば、しかるべき分野の専門家がコメンテーターとして登壇し「この方は依存症ですから、治療が必要です」「治療法として、このようなプログラムがあります」ということを知らしめないといけない。しかし、そういった番組を見たことありますか?

津島 ないですね。多くのワイドショーでは、事件を起こした著名人叩きに終始していることがほとんどだと思います。

和田 それどころか芸能人がコメンテーターを務めて、「あの人はまた覚醒剤を使った。まったく意志が弱いですね」といったコメントをしたりするでしょう。そんなことでは状況は何も改善しないし、欧米のテレビ番組からしたらありえない。日本のテレビ、特にワイドショーは視聴者の"感情増幅器"に成り下がっていると思います。

―確かに、アルコール依存症やギャンブル依存症でさえ告白できない社会では、性依存がとりわけタブー視されるのも当然かもしれません。

和田 逆の考え方をすれば、「問題行動を犯してしまったのは依存症が原因だからであり、人格に問題があるからではない」ということが周知されれば、もっと気軽に依存症をカミングアウトできると思うんですけどね。

とりわけ性依存の場合は、男性だったら依存症により加害者になるかもしれないし、女性であれば望まない妊娠や性病のリスクがつきまとう。著名人が依存症で事件を起こしたときこそ、徹底的に啓蒙するまたとないチャンスなのに、正しく報道しないことで次の被害者が生まれてしまう。これは早急に取り組むべき問題だと思います。

―しかし近年、日本でも「#MeToo」運動や日大アメフト部のパワハラ問題のように、古い体質が徐々に変わりつつある波も感じられます。

和田 そうですね。時代が正しい方向に向かい始めたときは、テレビの"感情増幅装置"としての側面が多少はいい方向に作用するのかもしれません。だから、いまだ理解が薄い性被害や性依存にしても、売れっ子脚本家がドラマでもつくってくれたら一気に啓蒙できるんですけどね...。

―津島先生が性依存症になった一因として、実父からの虐待や性的暴行が挙げられていました。津島先生はパートナーに暴力を振るったことすらないものの、相手に対する性行為がエスカレートしていく"負の連鎖"に陥(おちい)っていたと思います。そのようなスパイラルを断つ方法はあるのでしょうか?

和田 幼少期の津島先生は、母親との関係はどのようなものだったのですか?

津島 男4人兄弟だったのですが、父親がアルコール依存症だったので、ほとんど母親ひとりで面倒をみてくれていた状態ですね。今思えば体力的にも大変だったと思いますし、だからこそ父親の暴力も見て見ぬふりだったのかな、と。ふり返れば、父親の暴力だけではなくそういった家庭環境にも問題があったのかもしれません。

和田 昔だと祖父母と同居する家庭が多かったりだとか、近所付き合いが今より濃密で、近所のおじさんが町内の子供の面倒をみていたケースもあったわけですよね。悪さをしたら隣のカミナリオヤジに怒鳴られる、みたいな(笑)。

現代ではそういった関係性が希薄化していて、加えて共働きの夫婦も多く、結果母親の負担が非常に大きくなっている。だから育児に割けられる力や時間が極端に減っていて、ネグレクトや虐待につながるケースも少なくない。

そして津島先生のように、幼少期の歪んだ環境が依存症を引き起こすというパターンもあります。ですから、負のスパイラルを断つ方法として、待機児童の解消や女性の社会進出といったテーマが遠回りながら非常に重要になってくるのです。もちろん道のりは遠く、気が遠くなるような話ではありますが。

津島 「自尊心の喪失」、「認知の歪み」、それに加えてストレスが重なったときに人間はおかしくなってしまいますからね。特に「自尊心の喪失」という点では、幼少期の過ごし方の影響というものは大きいと思います。

和田 ちなみに、津島先生は自身が性依存症と気づいてからセックスはされていないんですか?

津島 はい。自助グループ(同じ症状を持った依存症患者が交流することにより、症状の回復を目指す取り組みをする集団)の方針により、1年間セックスはしていません。

和田 そうなんですね。多くの依存症は「孤独」と密接な関係にあります。例えばアルコール依存症だと、ひとりで"宅飲み"をする人のほうが、居酒屋でワイワイ複数人で酒を楽しむ人より依存症になりやすい。ギャンブルも同様で、パチンコ仲間と連れ立って打ちに行くようなタイプは依存症になりづらいんですね。

ということから考えれば、「セックス」は本来愛し合ったパートナーあってのものですから、「孤独」とは対極の位置にあるわけです。非常に難しい問題ではありますが、もしかすると、特定のパートナーとのセックスから徐々に慣れていくのもひとつの手かもしれませんね。

津島 確かに、依存症から性行為に及んでいたときは、ただ衝動に突き動かされるのみで愛がありませんでした。残るのは後悔のみでしたね。

和田 津島先生のように、性依存の問題行動は性欲によって引き起こされるものではないんです。ほかの依存症にしても同様で、依存症患者の意志が弱いわけでも、人格的にだらしがないわけでもありません。むしろ意志が破壊される病気なのです。

また、依存症と「意志の強さ」が無関係なのと同じく、依存症から立ち直るのにも「意志の強さ」は関係ありません。アルコール依存症に気づけた人は、単に周囲の人が「お酒やめたら?」と体調を気遣ってくれたからであり、ギャンブル依存症できちんと治療を受けている人は「もうそれ以上ギャンブルはよしなよ」と言ってくれる家族や友人がいたからにほかなりません。

津島 この対談企画のなかでさまざまな分野の専門家の方の意見を伺いましたが、「依存症に打ち勝つためには"人とのつながり"が何よりも大切」と皆さん口をそろえておっしゃいますね。

和田 依存症は単なる"病気"ですから、依存症だと自覚して治療を受けることは恥ずべきことではないんです。依存症に端を発する"被害者"を出さないためにも、またご自身の体や精神が傷つかないためにも、少しでも自覚があれば早急に医師やカウンセラーに相談することをオススメしますね。

『セックス依存症になりました。』全話公開中!!!

●和田秀樹氏おすすめの本

和田秀樹わだ・ひでき

1960年生まれ、大阪府出身。精神科医、受験アドバイザー、映画監督。東京大学医学部卒業。 国際医療福祉大学心理学科教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部非常勤講師、和田塾MEDS塾長、和田秀樹こころと体のクリニック院長。映画監督作品に『私は絶対許さない』『受験のシンデレラ』『「わたし」の人生』。

津島隆太(つしま・りゅうた)

年齢、出身地ともに非公表。長く漫画アシスタントを務め、4月13日(金)より自らの経験を描いた『セックス依存症になりました。』で連載デビュー。