北海道芦別(あしべつ)市生まれの42歳、元・朝日新聞記者でもある角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)氏は、現代では数えるほどしかいなくなったホンモノの冒険家であり、気鋭のノンフィクション作家としても知られている。
チベット奥地の人類未踏の峡谷を踏破した模様を描いた『空白の5マイル』は2010年に開高健ノンフィクション賞を受賞し、太陽が昇らない冬の北極を4カ月間歩き続けた探検ノンフィクション『極夜行』を今年2月に発表すると大きな反響を呼んだ。
そして、これまでの自身の経験から、"冒険とは何か?"を真正面から論考したのが今年6月に上梓された『新・冒険論』(集英社インターナショナル)である。
命の危険を顧みず、角幡氏はなぜ、たった一人で極地へと向かうのだろうか? 著書には書ききれなかったホンネを語ってもらった――。
―のっけから失礼かもしれませんが、角幡さんの顔の右ほほに大きなアザのようなものがいくつか見えます。それはやはり...?
角幡 あぁ、今年3月から5月に75日間、フラフラと北極に行ってきたんですが、そのときに負った凍傷の痕です。もう慣れっこなのでまったく気にしてないんですけど。
―たくましいですね。過酷な環境に身を置くことが当たり前になると、体質の方も強じんになるものですか?
角幡 いや、ボクは胃腸が弱いですし、皮膚も弱いです。去年は40歳を過ぎて突然アトピーを発症しましたし、お肌のケアには人一倍気をつかっていますよ。
―それは意外でした(笑)。では、話は変わりますが、これまでの数々の探検で目にされてきた中で、最も美しい景色を一つ挙げるなら?
角幡 難しい質問ですね。強いて挙げれば、極夜の北極の地を満月が煌々(こうこう)と照らす光景でしょうか。
―極夜とは太陽が昇らない夜の状態が3カ月も4カ月も続く冬の北極圏特有の現象です。角幡さんは16年11月頃から極夜の北極を80日間旅されましたが、満月になれば、そこにはどんな光景が広がるのでしょうか?
角幡 月が満ちると景色はどんどん明るくなって、満月になれば月光を浴びた雪面が白くぼわ~っと光り出すんです。ただ、月が映し出す光景は太陽と違って幻惑的なんですよ。
―どういうことでしょう?
角幡 こちらとしては月明かりしか頼りになるものがないので、満月になって雪面が白く光り出すとなんでも見えているような気になるんです。でも、実はそれは錯覚であることが多くて、100m先に氷の岸壁があるなと思ったら、いくら歩いても一向に近づいてこなくて、実際は5km先の氷壁だった...ということもありましたし、目の前に氷があるなと思って直進したらズブズブの軟雪帯にはまったり、急な上り坂だったり...とひどい目に遭うことも多かったです。
また、月が満ちていけば景色が明るくなるので私の精神状態も上向きになりますが、逆に月が欠けていくと、色で表わせば緑掛かった黒から漆黒へとどんどん闇は深まり、とてつもない不安にさいなまれるようになる。私は月にすがり、月に翻弄されるうちにほとほと疲れ切って、太陽を渇望するようになっていきました。
―太陽を渇望する...ですか。では、極夜が明けて久々に見る太陽も格別でしたか?
角幡 長い闇が抜けて太陽を見たときに人はどんな気持ちになるのか?を知ることがこの旅の一つの目的でした。私の場合、太陽が地平線から顔を出す時期に強烈なブリザードに襲われ、テントから一歩も出られない状態が数日続いた。闇の中で雪を削り、テントを吹き飛ばさんとする暴風とその音はリアルに死の恐怖を感じさせるものでしたが、嵐が晴れて霞がかった光が差し込んでくるのを感じて外に出ると、信じられないほど強烈な太陽の光を浴びたんです。
その神々しい光景を前に、私の脳裏に浮かんだのは自分の出生の体験でした。もちろん産まれた瞬間のことなんて覚えてはいませんが、闇を抜けて光を浴びる...それはまさに人間の出生に似た現象で、自分はきっと、頭の片隅のどこかに残っている出生の記憶を追体験したかったんだと気が付いたんです。
―極夜への旅は、母親のお腹から産道の闇を抜け、光のある世界に誕生するまでをトレースする旅でもあったというわけですか。
角幡 氷点下30℃以下のテントの外はあまりにも寒くて、10分ほどしか感傷に浸れなかったのは残念でしたが(苦笑)、私にとってはそういうことだったんじゃないかと。
―これまでの冒険の中では生を感じるのとは逆に、死を感じることもあったのでは?
角幡 そうですね。06年に立山の雪山を旅した際には雪崩に遭い、死にそうになりました。私を救い出してくれた同行者によると10分ほど雪に埋まっていたそうです。その10分間は雪の中で指一本動かせない状態でしたが意識は保たれていた。だから徐々に空気が薄くなって呼吸が苦しくなり、意識が遠ざかっていくなか、あぁ、もうココで終わりなんだと、ただただ、自分が死ぬのを待つような時間を過ごすしかなかったんです。
―人は死に直面するとどんなことを思い浮かべるものでしょう?
角幡 "このまま死んだらどんな風に報道されるんだろう"とか、"三面記事に載るかな?"とか、かなりどうでもいいことを(苦笑)。大往生でもすれば別でしょうけど、多くの人は自分の死に納得できないまま、くだらないことを考えながら死んでいくのだと思います。
―そんな壮絶な冒険を一度でも体験したら、人生観も大きく変わるんでしょうね。
角幡 月に行った宇宙飛行士が地球に戻って来たあとで宗教に目覚める...なんて話もありますが、自分の場合はそういうことが一切ないんです。というのも北極を一人で旅して4カ月ぶりに帰宅すると、出発前の日常に自然と接続されるように、それまでとまったく変わらない生活が再スタートするんです。
ただ、冒険はどうしても死を身近に感じることが多くなりますから、生きることそのものに特化するようになるというか...特に20代、30代の頃には一般的な幸福に対して虚無的になります。友達と飲んで騒いだり、家族で温泉旅行に行ったりしても、「そんなのは生きる本質じゃない!」みたいな感覚になって、あんまり楽しめない。彼女がほしいとか、女の子とデートするといったことも、かなりどうでもよくなります(笑)。
―『新・冒険論』を読んで感じたのは、そんな冒険家にとって現代は生きづらい世の中になっているということ。著書では「現代は冒険が難しい時代」とも指摘されていました。
角幡 これまで人類がひたすら冒険を繰り返してきた結果、20世紀初頭には北極点、南極点の両極が征服され、1953年にはエベレストも登頂されました。
それでも人類の冒険欲はとどまらず、エベレスト以下の山頂を次々と落とし、地理的な空白部があると聞けば、それこそ川の支流のさらに源流の、ジャングルの奥地の...そこに行って何か意味があるの?と聞きたくなるような先端やシワの中まで足を延ばし、今ではついに、行く場所がほとんど無くなってしまった。現代においては、未踏峰や地理的な空白部といった従来の冒険の対象はほぼ完全に消失してしまっています。
たとえ人跡未踏の空白部があったとしても、今はGPSや衛星電話で簡単に外部とつながれる時代。何か不都合なことがあれば容易にその自然環境から離脱してしまえるので、本来、冒険が持っていた混沌や未知といった要素がほとんど除去されてしまいました。ここに現代の冒険家が陥っている"ジレンマ"があります。
―では、冒険を続けるモチベーションをどのように保たれているのでしょう?
角幡 冒険家なら誰だって人跡未踏の地に行きたいと思うもので、私もその探検観に基づいて、いろんな極地を旅してきました。でも、09年冬にチベット奥地にあるツアンポー峡谷の未踏査部を単独で探検した頃から、地理的な探検の限界を感じ、まったく新しい視点で冒険というものを追い求めるようになりました。それは、"どこかに到達する"といった地理的な視点には縛られない"脱システム"としての冒険です。
例えば、ショーン・エリスという英国人は、約2年に渡って山奥でオオカミの群れとともに暮らすという、人類史上、誰ひとりとして成しえなかった未知なる探検を成功させました。また、北極点周辺はもはやお金を出せば誰でも参加できる場所になっていますが、北極圏の極夜の世界を探検した人は人類史上でも数えるほどしかいません。だから私はその空間に身を置きたいと考えたのです。
この脱システム的な冒険で肝心なのは、人間が適応するシステムの境界線がどの辺りにあるかを見定めること。その境目を見出すことができれば、知られざる未知の世界が拓け、冒険する価値が生まれます。
―なるほど。地理的な空白地を目指す従来のアプローチとは異なる冒険...まさに"新冒険論"というわけですね。次なる冒険の地はもう決まっているのですか?
角幡 正直なところ、もう20年近くもこんなことをやり続けてきて、ちょっと疲れてきたのか、今年でもう冒険は終わりかな...なんて思っていたんです。それは、子どもがまだ小さくてかわいい盛りなので、数カ月も家を離れることがもったいない!なんて思うようになった影響も大きいと思います。
でも、今年北極に行って、新たなテーマが自分のなかで見つかり、いま、めちゃくちゃモチベーションが高いんですよ(笑)。
―それはどんな冒険なのでしょうか?
角幡 ちょっと説明が難しいのですが、簡単にいうと、北極の雄大な荒野を自分の庭のように犬ぞりで広範囲に移動しながら、長期にわたって狩猟生活を送る...言ってしまえば、100年前のエスキモーのような原始的な生活を極めたいと思っているんです。そのためには犬ぞりを覚えなきゃいけないし、アザラシを狩る技術も身につけなきゃいけない。そんなことを考えていたらまた冒険欲がムクムクと大きくなってきましてね。結局、私は自分のやりたいことに妥協することができない...とりあえず、家族にはまたガマンしてもらわなければなりません(苦笑)。