7月の西日本豪雨は、各地で水害や土砂崩れなどが相次ぎ、広島、岡山を中心に200名を超える死者が出るなど、甚大な被害をもたらした。
日本に長く住み、東日本大震災などの自然災害を取材してきた外国人記者は、今回の豪雨被害と、政府や自治体の対応をどう見たのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第123回は、英紙「ガーディアン」特派員、ジャスティン・マッカリー氏に聞いた──。
***
──今回の西日本豪雨で改めて考えたいのが、地球規模の気候変動によって、いわゆる異常気象が、もはや「異常」ではなくなりつつある中、台風や豪雨などの気象災害に対して、この国の備えは十分なのだろうか......という疑問です。
マッカリー 自然災害への備えということで言えば、長年、日本に暮らしていて、地震がある度に感心するのが、日本の建築物の耐震性です。あれほど大規模な被害を生んだ東日本大震災でも多くの建物が倒壊を免れました。日本のビルディングはマグニチュード7程度の地震で簡単に壊れたりはしない。同じ規模の地震がイタリアやギリシャを襲えば、必ず建物にも大きな被害が出るはずです。
それに、日本の人たちは地震が起きたときの「心の備え」もきちんとできている。大地震に見舞われたら、どう行動すべきなのか、基本的なことがわかっています。地震への備えということに限れば、日本のレベルは非常に高いと思います。
その一方で、今回の西日本豪雨は、台風や豪雨が引き起こす水害や土砂崩れに対して、日本がまだ多くの課題を抱えていることを明らかにしたと思います。記憶に新しいところでも、2014年8月の豪雨による広島市での土砂災害や、鬼怒川の堤防が決壊し茨城県に大きな被害を与えた15年9月の関東・東北豪雨、そして昨年7月の九州北部豪雨など、記録的な豪雨による大きな災害がここ数年、繰り返し起きています。
もちろん、こうした豪雨による災害をもたらす、近年の異常気象は日本に限ったことではなく、世界中で起きています。今夏は北半球を中心に各地で猛暑による被害が続いていて、私の母国イギリスでも連日30度を超える暑さを記録し驚きました。
日本は地形的に「山がち」な国ですから、小さな谷や山のふもとに暮らす人も多い。異常気象で「数十年に一度」や「過去に経験したことのない」と表現されるような豪雨が増えている今、そうした気象災害を前提にした防御をより真剣に考える必要がある......今回の西日本豪雨はそのことを浮き彫りにしたと思います。
──今回の豪雨に対する国や行政の対応についてはどう感じましたか?
マッカリー 自然災害のリスクが高まっているにもかかわらず、地方自治体などでは財源の不足などから、災害対策のための予算が減らされているケースがあるといいます。また、気象災害の被害を軽減するには、堤防の整備や土砂崩れの防止といったハード面の防災強化だけではなく、避難情報など、予想される災害の規模や危険性を正しく、適切なタイミングで、きちんと住民に伝えることが非常に重要です。
今回の西日本豪雨では、そうした情報の伝え方の部分でも、今後、検討すべき課題があったように思います。中でも強く感じたのが、災害の規模に応じて、事前に被害状況を想定した「ハザードマップ」が行政によって有効に活用されていたのか......という点です。
被害に遭った人たちの多くが、水害や土砂崩れの危険性を正しく把握できていなかった。あるいは、避難するにしても、どのタイミングで、どこに避難すべきなのかという判断が難しかったと聞きました。ハザードマップの想定は的確なのか? また、そこで想定されるリスクのレベルに合わせて「誰に」「何を」「どのような手段で」情報を伝えるのか? 行政を中心に、事前にきめ細かい情報伝達のプランを立てておく必要があるでしょう。
また、適切で確実な情報伝達という意味では、今回の災害で命を失った人たちの中で、70歳以上の高齢者が多くの比率を占めていたという点も重要なポイントです。スマホもインターネットも使わない高齢者に対して、どうやって確実に避難情報を伝えるのか? 高齢者だけの世帯やひとり暮らしのお年寄りの避難を、周囲がどうやってサポートするのか? 急激な高齢化に直面する日本にとって、これも重要な課題だと思います。
──今回の西日本豪雨では、政府の対応について一部で強い批判がありました。気象庁が緊急記者会見を開いて大雨被害への警告を発した7月5日の夜、安倍首相自ら「赤坂自民亭」と称した党内有力者との宴会に出席し、その写真を西村康稔内閣官房副長官がSNSで発信した件は大きな顰蹙を買いました。政府が災害対策本部を設置したのは3日後の7月8日のこと。その後も「災害対策に集中すべき」という野党の批判を受けながら、「参院定数6増」や「カジノ整備法」の成立を強行しました。
マッカリー あの写真に関しては、もはや何も言うことはありません......。気象庁が異例の会見で強い警告を発していたにもかかわらず、安倍政権がその意味を深刻に受け止めていなかったのは明らかでしょう。仮にあの日、豪雨ではなく「北朝鮮にミサイル発射実験の兆候」という状況があったとしたら、彼らは同じように宴会を開いていたでしょうか?
北朝鮮のミサイルについては実効性の薄い「避難訓練」を繰り返すのに、国民の命と生活を守るという意味では、それよりも遥かに現実的なリスクであるはずの豪雨災害については、深刻に捉えていないのではないか。しかも、その様子をSNSで発信してしまうという危機感のなさには、驚きを超えて呆れるしかありません。
2005年、巨大ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部に大きな被害をもたらしたときも、災害対応の遅れについて当時のブッシュ政権への強い批判が起きたように、大規模な自然災害では、その国のリーダーの対応や資質が問われることが少なくありません。
しかし、今の安倍政権は森友や加計のスキャンダルがあっても、あるいは、麻生財務大臣や自民党の国会議員がどんなに失言をしても、政権の基盤が揺らぐどころか、9月の自民党総裁選でも圧勝が見込まれている。いわば「無敵状態」の安倍政権にとっては、災害対応への批判も大きなダメージにはならないのでしょう。
ただ、今回の災害を通じて日本が本当に論じなければならないのは、安倍政権が云々という話ではなく、被災地の復興と、改めて浮き彫りになった気象災害への備えを、長期的な視点でどのように整備していくかということだと思います。戦争のような「安全保障上のリスク」と違い、地震や気象災害のような自然災害は人間が止められるものではありません。日本という国が地理的に多くの自然災害のリスクを抱えている以上、ハード、ソフト両面での備えが何よりも重要なはずです。
──ちなみに、米朝交渉が始まり「北朝鮮の非核化」が動き出したとされているこのタイミングで、小野寺防衛大臣は1基1340億円の地上配備型迎撃システム「イージスアショア」を2基導入することを発表し、導入費は最終的に4000億円を超える見通しです。日本にとっては北朝鮮よりも自然災害のほうが現実的なリスクなのでは?
マッカリー そうですね。政府が本気で「国民の命と生活を守る」と言うのなら、限られた予算の中で、どこにお金を使うべきなのか? 何が本当に国民の命と生活を守ることに繋がるのかという点について、日本人自身が真剣に論じる必要があると思います。私も、今後も自然災害の現場を取材して、この問題を考え続けていきたいと思っています。
●ジャスティン・マッカリー
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかテレビやラジオでも活躍