高齢化が加速する日本社会。7年後の2025年には団塊世代が75歳を迎え、国民の5人に1人が75歳以上、3人に1人が65歳以上という、世界にも類を見ない超高齢化社会がやって来る。
そのとき団塊ジュニアから下の世代はこれまで以上に、仕事でも、家庭でも「75歳以上」と接することになる。例えば公共の場でキレる高齢者に困惑し、家では親のヘンな言動に戸惑い......。
かといって、憤ったり嘆いたりばかりしていても、世の中ますます世知辛くなるだけ! 急増する「75歳以上」と、どうすればおおらかな気持ちで付き合っていけるのか今から考えておくべきだ。
そこで、認知症の専門外来と在宅医療を行なうクリニックを開業して19年、月に1000人の患者さんを診察する長谷川嘉哉先生に、「高齢者となった親に感じる、なぜ?」に続き、ニュースで耳にしたとき、「なぜ?」と疑問符が浮かんでしまう高齢者の言動の原因と、付き合い方を学ぶ。
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■ケース9「運転ミス」
ブレーキとアクセルを踏み間違え、登校中の児童の列に突っ込む死亡事故や、建物に突っ込む物損事故、高速道路の逆走など、高齢者の自動車の運転にまつわるトラブルが年々増加している。
【解説】
「実は私のクリニックの壁にも車が突っ込んだ痕があります。幸いケガ人はいませんでしたが、運転していた本人は『うっかり踏み間違えただけ』とケロッとしていて驚きました」
2017年3月から75歳以上のドライバーは、自動車運転免許の更新時などに認知機能検査を受けるよう義務づけられたが......。
「MCI(軽度認知障害)の症状は常時出るものではなく、突発的な判断ミスとして表れます。つまり検査時は『問題ナシ』でも、慌てて車を発進させるときなどに『うっかり』が発生することは防ぎ切れません」
一方、現役世代が加害者となってしまうケースも増えている。例えば、実際にあったこんな事故。地方の片側2車線の幹線道路で、夜8時過ぎに、横断歩道もなく交差点でもない場所を高齢者が横断しようとし、乗用車にはねられてしまったのだ。
ドライバーからすると「まさかこんな所を渡ってくるとは」という事故だが、2012年に厚生労働省は、65歳以上の高齢者のうち、認知症と診断された人は約462万人、MCIの疑いのある高齢者は約400万人と報告している。
この割合のまま推移すれば、2025年には認知症患者730万人、MCI584万人となる。合わせて1314万人、実に高齢者の3人に1人が認知症と、その"予備軍"となる計算だ。事故は間違いなく増えていく。
「だから私は、友人知人には、事故は起こりうるものと考え、自動車保険には弁護士との相談費用が無料になる弁護士特約をつけるようアドバイスしています」
■ケース10「異常性欲」
70代による児童買春、病院や介護施設での看護師やスタッフへのセクハラなど、男性高齢者によるエロいトラブルが後を絶たない。法務省の「犯罪白書」でも、65歳以上の高齢者の性犯罪が増加していることが明らかに......。
【解説】
でも、年齢を重ねると下半身も元気を失い、性欲も枯れていくものでは?
「男性週刊誌では『死ぬまでセックス』的な特集が定期的に掲載されていますよね。前頭葉機能の低下は、理性のコントロールという欲望を制御する力も弱めます。性欲は枯れず、理性のコントロールが下がると、『異常性欲』という形で認知症の症状が出てきます。それまで理性的だった高齢者がセクハラ行為を働いたり、公の場で自慰行為をしたり、何十年も性交渉のなかった妻を押し倒したり、という事例は私も見てきました」
対処法はあるの?
「抗認知症薬の中には異常性欲に効果がある薬もあるので、投薬治療を行ないます。ちなみに、異常性欲は男性だけの症状ではありません。訪問診療の際、私の股間を触ろうとするおばあさんもいます。逃げながらやんわり拒絶すると、『触りたいんだから触らせてよ!』と。
以前に比べれば、家族が異常性欲についても相談してくれるようになってきましたが、性に関することは恥ずかしいと、家族の中の秘密として隠している方々も多いはず。老年離婚の原因にもなっているし、実は非常に根深い問題なのです」
■ケース11「万引」
東京都が2017年3月に発表した「高齢者による万引に関する報告書」によると、高齢者の万引が年々増加傾向にあり、全万引犯のうち3割を占め、再犯率も高いという。
【解説】
「当院にも万引で捕まった患者さんについて、警察から確認の電話が入ることが増えています。話を聞くと、いわゆる万引とはちょっと異なり、認知症の症状だと思われるケースもあります。例えば、スーパーの店内を歩いているうち、パン売り場で『おいしそう』と食べ始めてしまったケース。あるいは、なぜか鮮魚売り場でふた房入っている明太子のパックからひと房だけを取り出し、持ち帰ることを繰り返したおばあさん。万引Gメンも首を傾(かし)げていました」
本人の中では、何が起きているの?
「理性的な判断力、論理的な思考力が落ちているため、『お金を払ってから食べる』『購入する前の商品をむやみに動かしてはいけない』というルールが抜け落ちてしまう。その結果、衝動に従って手を出してしまうわけです。対策としては、ひとりで買い物に行かせない。一緒に行き『おいしそうだね』などと話しながら買い物そのものを楽しめば、衝動を抑えることができます」
■ケース12「パワハラ」
団塊世代が60代、70代となるなか、中小企業を中心に、高齢になった経営者や上司からのパワハラ、セクハラに悩む若手社員の声が上がっている。
【解説】
「直属の上司や役員、さらに経営者がMCIとなってしまった場合は非常に厄介です。私も何度もこうしたケースの相談を受けたことがあります。
例えば、70代の創業社長がある日、突然、長年の右腕だった副社長に『おまえはもうクビだ!』と灰皿を投げつけたケース。自社の持ち株を怪しい業者に渡してしまいそうになったケース。日本の会社の9割は中小企業や家族経営の会社ですから、今後、こうした問題はさらに表面化してくると思います」
ちなみに、叩き上げタイプの社長ほど頑固だという。
「家族に連れられて診察に来られ、『ご自身では大丈夫と思われているようですが、検査をしてみたところ前頭葉機能が落ちています。自分が絶対正しいということは絶対にない、と心に決めてください』と言っても、『俺は絶対に間違っとらん』と憤慨するだけ。『MCI×権力』のかけ算に対しては、私もまだいい対処法が思い浮かびません」
■ケース13「詐欺」
どんなに啓蒙(けいもう)活動を行なっても被害はなくならないオレオレ詐欺。さらに高額商品トラブル、詐欺的な金融商品トラブルも後を絶たない。最近は高齢者を巧みにだましてクレジットカードやキャッシュカードを預かり、現金を引き出す「カード預かり詐欺」が多発している。
【解説】
「私の認知症外来では、最初に『何かだまされたことはありませんか?』と聞くほど、多くの高齢者がだまされた経験を持っています。先日も78歳のMCIの患者さんが、家族の外出中に証券会社の営業マンの訪問を受け、リスクの高い金融商品を購入してしまいました。その額は1000万円。子供さんが気づいた時点で評価額は大きく下がり、抗議したものの、証券会社は『契約は有効』の一点張りです」
本人は、契約内容を理解しているの?
「中期、末期の認知症の患者さんの場合は、だます側も、だませないんです。書類を書けず、ATMなどの機械も操作できませんから。しかし、MCIの患者さんは判断力が落ちているだけだから、契約はできてしまう。でも、家族に責められると、『知らん』『聞いとらん』とシラを切る。だまされている自覚がないからです。
対処法としては、不要な銀行口座、証券口座は早めに解約すること。そしてご両親に、何かの際は必ず相談するよう言い含めておくことですね」
★街で見かける高齢者の「なぜ?」 この続きは、明日配信予定(15日)です。
●長谷川嘉哉
1966年生まれ、愛知県出身。毎月1000人の認知症患者を診察する、日本有数の神経内科、認知症の専門医。祖父が認知症であった経験から、2000年に認知症専門外来および在宅医療のためのクリニックを岐阜県土岐市に開業した
■「一生使える脳」(PHP新書)
長谷川嘉哉・著。「アレなんだっけ?」が増えてくる40代、50代は、疲れが抜けにくくなるなどの体の変化も感じる年代だ。「人生100年時代」に向けて、幸せな長生きのために不可欠な一生使える脳の育み方を紹介する。現在、ベストセラー中