大手キャリアによる"囲い込みビジネス"に風穴をあける指針を総務省が打ち出した。来年9月から、中古スマホに対してのSIMロック解除がキャリアに義務づけられるからだ。
その過程でKDDIは猛反発。格安SIMの時代は本当に来るのか? スマホ環境は何がどう変わるのか?
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■購入者でなくても解除することが可能に
菅官房長官の「ケータイ料金4割下げろ」発言で大いに揺らいだ通信業界に、また新たな火種が舞い降りた。
8月28日、総務省は「モバイルサービスの提供条件・端末に関する指針(以下、指針)」を改正。その最大の注目点はズバリ、「中古端末のSIMロック解除義務づけ」だ。と、その内容に入る前に、まずSIMロックとは何かをおさらいしよう。
「SIMロックとは、特定のSIMを挿入したときだけ通話や通信ができるよう、スマホやケータイなどの端末に制限をかけることです。例えばNTTドコモのSIMロックがかかった端末にauやソフトバンクのSIMを挿入しても、通話や通信はできません」(モバイルジャーナリスト・佐野正弘氏)
ではキャリアはなぜSIMロックをかけているのか?
「理由は大きくふたつです。まずキャリアが販売する端末はそのキャリアの周波数や通信方式などに合わせカスタマイズしており、他社のSIMではその性能が落ちてしまうことがあるためです。現行機種では、iPhone以外ほぼすべての機種がそうしたカスタマイズ済みです。
そしてもうひとつが販売手法によるものです。キャリアはこれまで自社で調達した端末を大幅に値引いて販売し、その値引き分を毎月の利用料金で回収するというビジネスモデルをとってきました。もし短期間で解約され、他社回線で使われるようなことになると、値引き分を回収できず赤字になってしまいます。それを防ぐためSIMロックをかけているというのです」(佐野氏)
このようにSIMロックは「キャリア側の事情」で行なわれてきたわけだ。そしてユーザー側には、ほかのキャリアにMNP(乗り換え)しても同じスマホを使い続けることができない、また、MVNO(キャリアの回線を借りてSIMを販売する事業者)の格安SIMを利用しようとしても、選べる業者が限られるなどのデメリットがあった。
それを解消しようと総務省は2014年12月に、「SIMロック解除に関するガイドライン」を改正。15年5月以降に発売される端末は「利用者の求めに応じ解除すること」をキャリアに強く要請した。
「これにドコモとソフトバンクはSIMロック解除の手続きを『購入者本人』に限定することで応じ、auも追随。つまり中古スマホを入手した第三者は解除を求めることができなかった。しかし今回(今年8月28日)の改正でそれが可能になります」(スマホ料金に詳しいフリーライターの後藤一泰氏)
■KDDIの抵抗を突っぱねる総務省
総務省はこの「指針」をあらかじめ公表し、キャリア各社などから寄せられた意見と、それに対しての考え方も併せて公開している。実はその中身がなかなか興味深い。
まず「中古端末のSIMロック解除」にもろ手を挙げて賛成しているのが、MVNOや新規参入をもくろむ事業者だ。
「利用者の選択肢拡大に資すると考えますので、賛同いたします」(ケイ・オプティコム)
「中古端末の国内流通が市場のニーズに応じて行なわれることは、端末やその購入先に関する利用者の選択肢を拡大させ、通信サービスの競争促進に資するものと考えられる」(楽天)
逆に正面から反対したのがau(KDDI)。原文は長文でややわかりにくいため、内容を抜粋して紹介する。
同社はまず「もし第三者からの解除申し込みが義務づけられたら、端末の詐取、転売を助長する可能性がある」と、犯罪誘発を根拠に異を唱えた。これに対して総務省は「持ち込まれた端末が盗品であればSIMロック解除を受け付けないことが可能」「契約者が保有しているはずの端末について第三者からSIMロック解除申請があったら、契約者に対し確認を取るなどの対応を」と突っぱねる。
続いて同社は「『MVNO利用者アンケート結果』では、第三者からのSIMロック解除をキャリアが拒否することについて86.5%のユーザーが『問題ない』と回答している」とユーザーの意向を根拠に主張する。
しかし総務省は同アンケートの「MVNO利用者の11.1%が『(中古端末について)SIMロック解除ができないと困る』と回答している。『問題ない』と答えた人がいたからSIMロック解除が不要とは言えない」と強引に押し切っている。
さらに、KDDIの「契約者以外から大量のSIMロック解除の要望があれば、窓口が混雑し、契約者に迷惑がかかる。よって『そうした支障がある場合は依頼を受け付けなくていい』と修正してほしい」という要望に総務省は、「支障が起きるのであれば窓口対応の柔軟化や別のやり方でニーズに応えてほしい」と、自社での改善を促したのだ。
唯一、KDDIの要求が受け入れられたのは当初の「2019年7月」から「同9月」へと修正された解除義務づけの適用時期のみだった。
ところで、なぜKDDIだけがここまでかたくなにSIMロック解除に抵抗したのか。モバイル研究家で青森公立大学准教授の木暮祐一氏は、次のように推察する。
「KDDIは3Gで他社と互換性のない通信方式を採用していたことから、SIMロックを解除してもその端末を他社で使うことはできませんでした。そのためSIMロック解除による契約者の流出を危惧しなくてもよかったのです。
しかし4Gとなり、そうした垣根が取り払われたことで焦りを感じているのだと思います。"自社囲い込み"のビジネスモデルから抜け出せていない印象ですね。また、ドコモはSIMロック解除後の端末の利用先の多くが自社の回線を使うMVNOであることから『影響なし』と考えているのでは。ソフトバンクはこうなることを想定済みで、特に反発する理由がなかったのでしょう」
一方、KDDIの内情に詳しいある関係者は、匿名を条件に次のように語った。
「KDDIでの内部評価は、各部署が期初に設定した目標をどれだけ達成したかで決まります。総務省と折衝する部署は『何を言われても受け入れない』が目標なので、ここまで反発したのかもしれません」
■結果的にキャリアの増収につながる
では今後、中古スマホの市場環境はどう変化するのか。
「中古市場にポジティブな影響があることは確かでしょう。MVNOにとっても、中古iPhoneを国内で安定的に調達し、取り扱える可能性が広がり、朗報だといえます。
ただ、iPhone以外の一部機種では対応周波数などの制限で使い勝手に問題が出てくるほか、バッテリーが保証外であること、また、機種が古くなるとOSのアップデートができずセキュリティ面での不安もつきまとうことから、中古端末一般が抱える問題が解消するわけではありません。すぐに中古市場が活性化するというのは正直考えにくいと思ってます」(前出・佐野氏)
「これまで大手キャリアが機種変更やMNPでの新規契約のタイミングでスマホを下取りするため、国内の中古市場は"タマ不足"といわれていました。今回の改正でSIMロック解除が容易になれば、中古端末の価値も高まり、『下取りより中古ショップへの売却が有利』という流れも加速すると思います。
そうして市場に増えた中古スマホを購入し、格安SIMと組み合わせて使うことはより一般的になるでしょうし、複数台持ちのサブ端末として利用する人も出てくるはず。そうなればMVNOの契約数も増え、結果的にキャリアの増収にもつながります」(前出・木暮氏)
「ここ数年で販売されたスマホが事実上『SIMフリー』になれば、ユーザーは中古ショップで好みのスマホを買い、好きなキャリアを選べることになります。キャリアはこれまで新品端末に大きな割引をつけ、利用者を囲い込んできましたが、今後他社とのシェア争いに勝つには、そうしたユーザー向けの新たなプランを用意する必要があるかもしれません」(前出・後藤氏)
この「指針」による中古端末のSIMロック解除まであと1年。そしてここにきて「総務省が大手キャリアに『格安SIMに速度差別するな』と指導を行なう」というニュースも飛び込んできた。その詳しい内容はまだわからないが、もしキャリア系サブブランドとMVNOとの速度差が縮まれば、MVNOにとって有利に働くことは間違いない。
また、総務省は「2015年4月以前に発売された端末のSIMロック解除」についてもキャリアに柔軟な対応を求めている。これが実現すればiOS12にも対応するiPhone5sが、まだ現役で使えるモデルとして再注目される可能性もある。
来年9月以降、スマホはどこで買い、どう契約するのがオトクになるのか、そして中古スマホが本当に自分にとって有利なのかどうか、じっくり考える期間になりそうだ。