ジャーナリストの池上正樹氏が上梓した『ルポ ひきこもり未満 レールから外れた人たち』(集英社新書)。ここに登場するひきこもり当事者たちの数々の肉声は、その暗く閉ざされた世界への入り口が、現代社会の至る所に潜んでいるという現実を教えてくれる。
大企業という"安全地帯"にいる人でさえ、「ひきこもり問題は他人事ではない」。これが約20年にわたって社会的孤立者を取材し続けてきた著者の実感だ。そして、一度そこに堕ちてしまえば、セーフティネットの外側にある孤立無援の"闇"から抜け出せなくなる......。
では、社会はひきこもり問題とどう向き合うべきか。池上氏と一緒に改めて考えてみたい。
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――そもそもですが、「ひきこもり」とはどういう状態の人たちを指すのでしょうか?
池上 一般的には、不登校や就労の失敗をきっかけに何年も自宅に閉じこもり続ける若者、と捉えられていますが、それはメディアが作り上げたひきこもり像といえます。
特にテレビは分かりやすい絵を流したがる。今はずいぶんと減りましたが、一時期は取材依頼の際、『カーテンを閉め切った薄暗い部屋でうずくまる若者の絵が欲しいから、撮影可能なひきこもりの方を紹介してほしい』とよく要望されたものです。
でも、私はこれまで1000人以上の当事者の方々とやりとりしてきましたが、現実にそういうイメージ像は一面でしかありません。仕事がなく、家の中にいることが多いのは確かですが、彼らは普通にコンビニに行きますし、健康のためにジョギングしたり、図書館にも行く。
――それってひきこもりというより、普通の人なのでは?
池上 同じひとりの人間ですから、そう映ります。ただ、彼らは家族以外の人と話をしないし、関わろうともしません。親とのコミュニケーションがまったくない人もいる。社会との関係性を"遮断"しているのです。
そのうえで自室に閉じこもる人もいれば、外出する人もいる。いつか社会復帰したいと思っている人もいれば、生きていたいと思うようになりたいと、綱渡りのように踏みとどまっている人も......。彼らの境遇は「ひきこもり」という言葉でひと括りにはできません。
――ここでは便宜上、「ひきこもり」という言葉を使わせてもらいますが、彼らはなぜ、そういう状態に陥ってしまったのでしょうか?
池上 学校の不登校の延長でひきこもりになると指摘している専門家は少なくありませんが、その背景は人の数だけ違います。私が話を聞いてきた当事者の方々の多くは就職経験がありました。
でも、会社の倒産やリストラのほか、上司からのパワハラや職場のいじめに耐えられなくなったり、連日の長時間労働に疲れ果てて身体を壊したり、親の介護のために離職を余儀なくされたり......と、今の日本社会ではありがちな理由でレールから外れてしまう人が少なくありませんでした。
"遮断"への入り口は、至る所に存在しているということです。例えば、その後、ハローワークに行っても都市部では正規雇用がほとんどなく、地方では非正規雇用の求人しかヒットしない。繰り返し傷つく中で自信をなくし、友人や知人が集まる場所にも足が向かなくなり、いつしか実家で息を潜めて生活せざるをえない状態に陥ってしまうという事例です。
――池上さんの著書では社会との関係性を遮断した人たちの心の闇がリアルに伝わります。なかでも、東日本大震災のときに津波警報が出て「逃げて!」と母親から何度も促されたのに、2階の自室から出てこなかった青年のエピソードは闇の深さを感じさせる話でした。
池上 津波に家ごと押し流された先で奇跡的に救助された方もいました。彼は母親に部屋から出なかった理由について「押し寄せてくる津波より、避難所の人間関係のほうが怖かった」と説明しています。あるひきこもり当事者に言わせれば、社会との関係性が途絶えた状態が続くと、「社会に迷惑をかけてまで、生きていたいと思えなくなる」のだそうです。
――現在、ひきこもり状態にある人はどれくらいいるのでしょうか?
池上 ひきこもりに関する調査は内閣府が過去に二度実施しています。一度目は2010年度で、当時は約69万6000人と推計。二度目は15年度で、約54万1000人。この調査ではひきこもり対象者を「趣味の用事のときだけ外出する」「近所のコンビニなどには出かける」「自室からほとんど出ない」といった状態が6カ月以上続く人と定義しています。
――10年から5年間で約15万人減。ひきこもりの人は年々減少しているんですね?
池上 それは、カラクリがあります。というのも、内閣府の調査は15~39歳の人を対象にしたもので、40歳以上の人たちが省かれてしまっているのです。実は現在、ひきこもり状態にある人の少なくとも半数程度は40歳以上と見られています。
各自治体では40歳以上を含むひきこもり調査を実施しているのですが、いずれの自治体でも、40歳以上の割合が約半数を占めるという調査結果が出ているためです。昨年に調査を実施した佐賀県では40歳以上の方が実に7割超を占めました。
――内閣府の54万人という数字はひきこもりの実態とかけ離れていると......。
池上 40歳以上がひきこもり全体の半数を占めると仮定すれば、実際にはその倍はいると推計できます。つまり全国的に見れば約100万人(54万人×2)はいるということ。
――40歳以上といっても範囲が広いですが、具体的には?
池上 ひきこもりのコア層は40代前半。いわゆる団塊ジュニア世代です。
――なぜ、国の調査では40歳以上の人が省かれたのでしょう?
池上 これまでの国のひきこもり支援は、内閣府の「子ども・若者育成支援推進法」を法的根拠にしてきました。若者という定義上、当初の支援対象者は「34歳まで」、その後、「39歳まで」に上限を引き上げて、年齢で線引きをしてきたのです。
ただ、法的な理由だけではなく、従来のひきこもり支援の枠組みは、あくまで「就労」がゴールとされていましたから、40歳以上を支援の対象に入れても「就労につなげにくい」「事業効果が出づらい」......そんな支援者側の思惑もあったと聞いています。
――40歳以上のひきこもりの人たちは公的支援の蚊帳の外にいると?
池上 はい。中高年層は「働くことが前提の世代」として制度設計されてきたため、セーフティネットの谷間に置かれ続けてきたのです。
例えば、働くことに悩みを持った若者向けの支援機関として、サポステ(地域若者サポートステーション)があります。厚生労働省が委託したNPO法人や民間企業が運営し、専門のスタッフが相談に乗ってくれたり、コミュニケーション訓練などを施してくれる施設で、現在、全都道府県に175カ所設置されています。
しかし、これまでの支援対象者の定義が曖昧で、ひきこもり状態の人も含まれていました。しかも、サポステの支援対象者は15歳から39歳までの若者に限定されていたことから、40歳以上の人が窓口に行くと年齢確認のうえで「あなたは支援の対象ではない」と冷遇されてハローワークを勧められるか、あるいは「精神科へ」と医療機関に誘導されることも少なくありませんでした。
役所にひきこもり関係の相談をすると、サポステを紹介されるのに、40歳以上のひきこもる人たちや、その家族を支援する相談窓口が"どこにもない"という状況が放置され続けてきたのです。
――国や自治体の公的支援がうまくいかない理由はどこにあるのでしょうか?
池上 先程も言いましたが、支援のゴールを「就労」に置いていることがひとつ。ひきこもりから社会復帰させ、いかに就労という結果に結び付けるかが何より重要だという制度設計が、ひきこもり支援の現場にいびつな状況を作っています。
例えば、サポステの相談窓口では年齢のほかに、状態によっても結果的に選別されてきました。状態とはつまり、相談に訪れた人が就労に近そうか、遠そうかという部分ですね。
というのも、サポステを運営するNPOや民間企業は、単年度契約で自治体から事業を受託しているのですが、来年度に向けて契約を更新できるかどうかは「就労率」などの実績が基準の1つになります。これはサポステ利用者の中から、期限内にどれだけ就労者を生みだしたかを示す数字で、運営事業者にとってはノルマのような扱いになっています。
そんな設計のまずさから、就労率が少しでも高くなるようにと就労に近そうな人たちは支援のプログラムに乗りやすくなった一方で、居場所などをつくって時間をかけた丁寧な取り組みをしてきた支援機関が更新されなくなるという、本来の支援の趣旨とは矛盾する実態になってしまったのです。
――逆に就労から遠い人="ひきこもりの症状が重い人"は排除される。本末転倒ですね......。
池上 中にはワラにもすがる思いで家を飛び出し、施設の前まで来たんけど、やっぱり他人と話をするのが怖くて家に帰ってしまい......ということを何度も繰り返して、ようやく相談窓口などに辿り着く人たちもいます。
しかし、担当者から「あなたは支援の対象ではない」と冷たく突き放されてたらい回しにされるなどして、社会に戻ることをあきらめ、再びひきこもっていく人も少なくありません。こうした潜在化の状況が、ひきこもり長期化、高齢化を生む要因になっているのです。
――国や自治体のひきこもり支援はどうあるべきだと考えますか?
池上 まずは周囲の人たちが就労ありきの価値観から脱却することですが、その点でいえば、国のひきこもり支援の法的根拠が、15年4月に施行された「生活困窮者自立支援法」に代わったことによって、生活困窮者向けの相談窓口の中に「ひきこもり相談」が含まれることになったのは、大きな転換点でした。
すべての基礎自治体に相談窓口が作られ、年齢による線引きもなくなり、ワンストップ型の「断らない相談支援」を行なっていくことが新たな国の理念となっています。
ただ、多くの自治体ではまだ担当する相談員の間に、つなぐ先の社会資源や対応ノウハウなどが十分に情報共有されていないのが実情です。ひきこもる本人や家族の話は傾聴してくれるものの、聞くだけで終わることも多く、その後、どうしたらいいかが分からない。結局は相変わらず、ハローワークやサポステを紹介されるだけという話も聞きます。
各自治体に問われているのは、ひきこもる人やご家族の受け皿をいかに用意するか。そのための地域資源をいかに掘り起こすか、です。
いま、生きづらさを感じている人たちが生きやすくなる社会とは、実は、現代に生きるみんなが生きやすい社会になるということ。だから、ひきこもり問題は他人事ではなく自分事として考えてほしいと思っています。