建設が進む選手村には整形外科、内科、歯科などの総合診療所も設置される予定。医師たちはここで無償で働くことになる 建設が進む選手村には整形外科、内科、歯科などの総合診療所も設置される予定。医師たちはここで無償で働くことになる
東京五輪の組織委員会が、五輪開催中に活動する医療スタッフについて、 報酬を支払わないボランティアとして扱う方針を示したことに批判が集まっている。

では、当事者たちはどう考えているのか? 無償でも参加したいと思っている歯科医、プロに対し失礼だと憤慨する理学療法士の声を掲載した前編に引き続き、医療従事者たちが意外なホンネを明かしてくれた。

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東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委)は、大会中に競技会場などで活動する医師、看護師、理学療法士ら医療スタッフの募集を始めた。医療のプロをボランティアとして"タダ働き"させることには賛否あるが......、

「自分は無償でも構わない。五輪のボランティアに参加するつもりです」

理学療法士のB氏(45歳)がそう話すのには理由がある。彼はイギリスで理学療法士の資格を取得、そのまま現地の病院に勤めながらロンドンで15年過ごし、3年前に帰国した。もちろん英語はペラペラだ。

「私はロンドン五輪の大会ボランティアに携わりましたが、楽しかった思い出しかありません。私たちが拠点にしていた選手村では定期的にイベントが開かれ、選手もスタッフも入り交じってダンスに興じる機会もありました。

ボランティアには自国の国旗がデザインされたピンバッジが複数配布されるのですが、他国のスタッフと交換し合い、コミュニケーションを深めるのが五輪ボランティアの伝統で、外国人の友達がたくさんできます。そのうちのひとりは、あのボルト選手から帽子をもらっていましたよ。

理学療法士としては、各国の技を学べるチャンス。テーピングの仕方や関節の骨をボキボキと鳴らすマニピュレーションという療法も国によって微妙に違い、それぞれに説得力がある。聞けば喜んでやり方を教えてくれるスタッフばかりなので、自分のスキルアップにつながるんです」

続いて話を聞いたのは薬剤師。こちらはまだ正式決定ではないものの、組織委はすでに次のような募集条件の案を日本薬剤師会に示している。

「スポーツファーマシスト(アンチ・ドーピング規程に関する知識を有する薬剤師)の資格取得者」「10日間程度勤務可能」「英語で服薬指導ができる」「報酬・旅費支給なし、宿泊施設の手配はなし」

この募集条件には薬剤師でスポーツファーマシストの奥谷元哉氏はこう憤る。

「調剤も英語での服薬指導もできてスポーツファーマシストの資格を持っている......そんなのは、日当3万円はないと釣り合わない"スーパー薬剤師"です。なのに、支給されるのは公式ユニフォームだけって、おかしいですよ」

薬剤師でスポーツファーマシストの遠藤敦氏もこううなずく。

「募集要項に保険に関する規定が書かれていないのが不安です。ロンドン五輪の際には、 選手村の総合診療所における一日の処方数が120件以上に達したという話も聞いています。多忙のなか、慣れない環境も加わって薬を渡し間違えたりする医療事故のリスクがある。患者さんには"訴訟国家"の代表選手も少なくないことを考えれば、保険が整備されていない現在の内容では応募しようとは思えません。

そもそも、五輪は巨額のお金が動く巨大ビジネスと化しているのに、医療という責任ある仕事を無報酬でやらされることに違和感があります」

あまりにケチくさいという批判が相次ぐなか、組織委の関係者はその理由を明かす。

「東京五輪の次はパリ五輪、その次はロス五輪の開催が決まっていますが、近年の五輪は豪華になりすぎているため、財政不安から開催候補地が見つかりづらい状況にあります。だから東京五輪に向け、組織委内では何かと『予算を削減しろ』と言われる。

例えばリオ五輪のときには歯科の治療ユニットが8台設置されましたが、現在、何台にするかを決められずにいる。いっそのこと、4台に減らそうかなんて話も出ているほどです」
 
東京五輪の運営にも厳しい懐事情があるのだった。
 
最後に登場するのは、「五輪ボランティアに応募したいと考えています」と連絡をくれた、都内の薬局に勤める薬剤師C氏(30歳)。本業の傍ら、スポーツファーマシストとして講演会や小中学校向けの出前授業を実施、ドーピング防止の啓発活動を地道に続けている人物だ。

「今の日本ではスポーツファーマシストとして食べていくのは難しい。でも、薬剤師として稼ぎながら、いつかどこかのスポーツチームと専属契約を結び、選手のために自分の知識を生かしたいんです。世界中の代表選手に服薬指導や調剤ができる五輪ボランティアの実績は、その足がかりになる。そう思って五輪誘致が決定した後、2年前に九州から上京しました」

だが、Cさんにとって東京五輪へのハードルは高かった。

「応募条件に『10日程度勤務可能』という項目があります。勤め先の薬局はギリギリの人数で回しているので五輪期間中にまとめて10日も有給を取るのは難しい。勤め先の社長に相談しましたが、案の定、いい顔はされませんでした。

穴埋めに人材会社から薬剤師を派遣してもらわなきゃいけないし、社員が五輪の医療スタッフとして活動した実績は会社の売りになるけど、多額の協賛金を払う五輪スポンサー以外はそれを宣伝文句に使えない決まりがある。だから『会社としてメリットがない』と」

となると、五輪ボランティアになるには会社を辞めるしかない......?

「家族がいますから、そういうわけにもいきません。ただ、まだ正式に募集が始まっておらず、今後、応募条件が変更になる可能性は残されているので、どうにかこちらの希望で活動日数を決められるように条件を緩和してほしい」  

無償でも五輪に携わりたいという若い医療従事者たちの思いに、組織委はどこまで応えることができるだろうか?