60年前に設計された戦闘機F‐4ファントム。今なお現役機として日々稼働している 60年前に設計された戦闘機F‐4ファントム。今なお現役機として日々稼働している

2020年度に航空自衛隊から全機退役するF‐4EJファントム戦闘機約50年前の旧(ふる)い機体に乗って、任務に就いている部隊が航空自衛隊・百里基地(ひゃくりきち/茨城県小美玉市)にある。

最後の三個飛行隊が勢ぞろいして活躍していた2018年2~3月、週刊プレイボーイ軍事班記者・コミネは、毎週この百里基地を取材していた。そしてこのたび、その勇姿をノンフィクション『永遠の翼 F‐4ファントム』(並木書房)として上梓した。

空自史上初で、最後となった空母搭載可能な「複座(二人乗り)戦闘機」とは、いったいなんだったのか? 空自戦闘機搭乗員が、日々24時間、日本の空を守っているからこそ、我々国民は平穏な生活が送れていることをぜひ知って欲しい。

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日本国領空を侵犯しそうな国籍不明機に向けて、空自は"スクランブル発進"といって、所属する戦闘機にミサイルと機関砲で武装させ、緊急発進させる。60年前に設計され、空自導入47年目の老齢機F‐4戦闘機も百里から飛び立つ。

戦闘301、302飛行隊、偵察501飛行隊。計三個飛行隊が現役で活動するのは、世界中で百里基地だけだ。戦国時代ならば、爺の騎馬武者2隊、物見の爺忍者一隊――空飛ぶ老人ホーム実働隊が活躍するのが百里基地というわけだ。

そもそもF‐4の最後の雄姿を取材するきっかけとなったのは、2017年夏の宴会の席でコミネが言った「F‐4の最後の姿を取材できませんかね?」というひと言だった。それが偶然、当時の空自トップの杉山空幕長に伝わり、OKが出た。そこから、怒涛の完全密着取材が始まった。

F‐4を取材する上でどうしても外せなかったのが、三個飛行隊が集結する百里基地だった。それも、空幕長の命令一下、すさまじい速度でOKとなった。さすが自衛隊。百里基地では、上は基地司令からパイロット、整備員に至るまで数十人にインタビュー取材をさせていただいた。

現場の若い整備員からは、F‐4は『空飛ぶお爺ちゃん』の愛称で親しまれていた。一方で、航空宇宙学科を卒業した戦闘機マニアのコミネには、そのF‐4爺を間近に見える幸せな日々が続いた。しかし、初めて知る驚愕の事実が次々と明らかになった。

1、駐機中のF‐4の機首からだらんとぶら下がる、太いタコ糸を発見。

なんだこれ? パイロットの説明によると、こうだった。

「たぶんF‐4しかないんですけど、ヨーストリンガーですね。ノーズから空気の流れがわかるようにタコ糸が張ってあるんですよ。コクピットからそのタコ糸を見て、飛行機が左右に滑らず、真っ直ぐ飛んでいるのを確認するんです」

感動だった。マッハ2で飛ぶ戦闘機の重要な計器のひとつが、太い綿製のタコ糸なのだ。

2、発進前、後席パイロットがコクピットに入る前に、F‐4の背面を鳶(とび)職のように歩き、垂直尾翼から突き出す管(ピトー管)を覗き込んでいた。

何してんの?と疑問を抱く。再び、パイロットの方から説明を受ける。

「飛行中に操縦桿を操作する重さが、速度に応じてパイロットの感覚と一致するように空気圧を計測しています。その空気を取り入れるのがこの尾翼の筒『Qフィールピトー』です。しかし、ここに虫などの異物が入ると、速度が出ていても操縦桿がスカスカになって、パイロットを惑わせます」

虫がピトー管に入っていないか、後席パイロットが飛行前に確かめに行くのだ。虫一匹で、一機数十億円の戦闘機がヤバくなるのだ。

3、 F‐4にはマッハ2を叩き出すJ 79ジェットエンジンが二基、搭載している。今は、乗用車のエンジンでさえもコンピュータで制御されているが、J 79エンジンは違った。

エンジンメーカーのエンジニアが答えてくれた。

「J 79エンジンが人間的だと感じるところはその制御装置にあります。ここはエンジンの頭脳であり心臓にあたる部分です。スプリングやバルブがあり、3Dカムという部品と合わせて燃料流量を制御します。その制御はすべて機械物理的な力で行ないます。今のエンジンではコンピュータがやることを、燃圧と油圧でバルブなどを動かして制御しているんです」

コンピュータなどの電子計算機は一切使わず、燃料と油の圧力で、エンジンを制御する機械式制御装置だ。人間の心臓と同じ様に鼓動する心臓が、F‐4のエンジン内で鼓動している。これが、F‐4が人間味アナログさを感じさせる原点だった。

4、複座の後部座席に体験試乗する。4人乗りの乗用車は後部座席でも前が良く見えるが、マッハ2で飛ぶF‐4戦闘機は......。

シートに着席すると、一瞬自分の目を疑った。前が見えないのだ。正面はまるでアナログ時計の陳列棚。半円形の空間に長方形の板を眼前に置き、残った空間から前が見える。真ん前が見えずに残りの左右が見える、中途半端な視界だ。左右には後方確認用ミラーがある。後方の敵機を見張る。しかし、その見える範囲はとても小さい。

戦闘機にとっては、後ろに付く敵機が最大の脅威。前は前席パイロットにお任せ、が複座戦闘機の世界なのだ。

F‐4の後席パイロットから正面前方は見えない。後方の敵機を見張るのだ F‐4の後席パイロットから正面前方は見えない。後方の敵機を見張るのだ

この複座・二人乗り戦闘機のF‐4は、1960年代に開発された第三世代機と呼ばれる。それを操る302飛行隊のパイロットは、今、次々と三沢基地に移動して、最新の第五世代戦闘機と呼ばれるステルス戦闘機F‐35Aに乗り換える。一気に1960年代から、21世紀に空間移動するのだ。

F‐35Aは、単座・一人乗り、レーダーに映らないステルス機だ。操縦系統はF‐4の油圧からデジタルとなり、タコ糸を使っていた計器類は、全てグラスコクピットと呼ばれるデジタル画面表示になる。油圧と燃圧で制御していたエンジンは、AIが色々と制御する。

1980年前後、若者を空自F‐4パイロットに誘った漫画の名作『ファントム無頼』の作画・新谷かおる先生は本の中で、もし、F‐4 VS F‐35で空戦訓練をしたときの展開予想をこう語った。

「3600メートル以下の空中戦ならば、運用と戦術によってファントムが2機で、相手のF‐22、F‐35が1機だったら勝てるんじゃないかな。ファントムはタッグを組んで、僚機が位置を入れ替えながら、相手の行動半径を狭めていく。ミサイル戦だと、レーダーの探知範囲が違うので勝負にならないので、そのやり方のドッグファイトならばということです」

2020年、F‐35を装備した三沢の新生302飛行隊と、F‐4を装備する百里の301飛行隊が空戦訓練をすれば、実現する可能性もある。東京オリンピックより期待してしまう、戦闘機マニア・コミネであった。

コミネこと小峯隆生記者 コミネこと小峯隆生記者

■『永遠の翼 F-4ファントム』
並木書房 著/小峯隆生 撮影/柿谷哲也 四六判404ページ(カラー口絵16ページ) 定価1800円+税

あと2年で航空自衛隊のF‐4は全機退役し、半世紀におよぶ運用の歴史に幕を閉じる。全盛期に6個あった飛行隊も今は2個を残すのみ。第302飛行隊は2018年度内にF‐35Aに機種更新され、第301飛行隊がラスト・ファントムの部隊となる。F‐4の最後の勇姿を記録するため、現役・OBのファントムライダー、整備員、偵察部隊、技術者ら数十人に密着取材。さらに劇画『ファントム無頼』の作者にもインタビューし、ファントムへの思いを熱く語ってもらった。関わった人々に忘れえぬ記憶を残し、特別な愛着をもたらしたF‐4ファントム、ありがとう。そして、お疲れさま......。