小島慶子が男性性について仮説を立てる?

ギリシャ神話や『源氏物語』にも寝取られの概念は確認されており、その起源は意外なほど古い。DMM改めFANZAのサイトでも、「NTR」ジャンルの作品は数千タイトルも存在している。

タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。

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先日、DMMの亀ちゃんこと亀山会長から、AVでは「寝取られ」というジャンルが大人気だと聞きました。NTRという略称まで定着しているのね。

どうやら「自分の大好きな女性がほかの男性と自ら性行為に及んで、心を奪われてしまう」という設定のようです。無理やりレイプされるのではなく、女性が葛藤しながらも心身共にパートナー以外の男性にひかれてしまうというのがポイントで、性描写のみならずその心理描写も含めて楽しむのがコアなNTRファンとのこと。痴的なだけでなく知的、という自負もあるようですね。

AVにお金を払う余裕のある中年男たちが好んで見るのだとか、マンネリ化した夫婦の高等遊戯だとか、NTRブームについてはAVに詳しい方が散々解説しているのでそちらをご覧いただくとして、私は男性性に悩む男たちのことを想起してしまいました。

最近はいわゆるマッチョな男らしさの押しつけに辟易(へきえき)している男性や、自分の中にもいわゆる肉食的な衝動が眠っているのではないかと極度に恐れる若い男性に出会うことが少なくありません。強権的なオヤジへの嫌悪があったりして、男らしさを扱いかねている人は案外多いのかも。

なかには、たとえ合意の上でも女性とセックスをすること自体が暴力的なのではないかとおびえる人も(考えすぎだよ!)。そんな男性性恐怖症とでもいうべき強い抑圧の下に置かれた男たちは、AVを見ているときですら自分を眺めるメタ視点から自由になれないんだろうと思うんですがどうでしょう。

そんなこじらせ君が己の「女性を征服したい」という欲望を満たしても罪悪感を抱かずに済むためには、自分は加害者ではないということを可視化する仕組みが必要なのかなあなんて思ったりもします。

それがNTR。まず、女性は寝取り男と合意の上で行為に及んでいることが重要。女性によその男とのセックスを無理強いしているのではないということですね。かつ視聴している男性は自己を寝取り男と寝取られ男の二役に投影することができるので、つい寝取り男に感情移入して興奮してしまっても、同時に寝取られ男として罰を受けることができます。罪悪感が即座に帳消しになるのです。

つまり、征服欲を満たしつつも、とにかく罪なき自分でいたい!と強く願う男性にとっては、NTRは興奮しながら自罰が果たせるという、究極の罪悪感フリーな設定なのでは?

という仮説をですねえ、その場の思いつきで亀ちゃんに話したら、「いいね、それ週刊プレイボーイに書きなよ!」と絶賛されたので、皆さまにも披露した次第。AV通の皆さまには全然わかってねえよと怒られそうだけど、でも、男たちの「罪なき自分でいたい強迫症」は、なかなか興味深い現象なのです。本当は豊かなセックスって、対等な共犯者になることかもしれないのにね。

●小島慶子(こじま・けいこ) 
タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。近著に『幸せな結婚』(新潮社)、『絶対☆女子』(講談社)など

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