長崎市で2015年11月に破裂した水道管。埋設してから45年が経過していた。この管の破裂で道路陥没も発生した(写真提供:長崎市上下水道局)
昨年12月に成立した改正水道法。その目玉は、水道事業の"民営化"だ。

「この法改正で、『コンセッション方式』による民間企業の参入が可能になりました。これは水道施設の所有権は地方自治体に残したまま、施設運営を民間に任せるもの。その幅は広く、料金の徴収から浄水場などの施設の設計・建設、運転、水道管の維持・管理、水道料金の設定まで、水道事業の運営を丸ごと民間に託すことができるようになります」(水道業界紙記者)
 
だが、海外では"水道民営化"後に料金が倍に高騰したり、蛇口から濁り水が出たりといった、ずさんな水質管理が問題視され、公営に戻す事例が続出。そのため「水道民営化は世界の流れに逆行する」との批判が高まっているし、一部には「外資に売却されるのでは?」と心配する声もある。

ただ、民営化の是非の前に知っておくべきことがある。

日本の水道事業は今、危機的な状況なのだ。とりわけ、国民の生活に直結する問題として深刻なのが、水道管の老朽化である。
 
水道事業を管轄する厚生労働省によると、全国に埋設された水道管の総延長は67万km。実は、このうち法定耐用年数の40年を超えた老朽管は、地球2周分に相当する9万4000km(14%)に及ぶ。

この老朽管を、耐震性のある新しい管に入れ替える工事を水道管の更新というが、その進捗状況はどうか。

「公的なものでは送水管や配水本管など、基幹的な水道管(総延長約10万km)に関する統計しかありませんが、2016年時点の耐震化率は38.7%。住宅・建築物の耐震化率が80%を超えていることを考えれば、かなり遅れています」(前出・水道業界紙記者)

厚労省の統計によれば、老朽管更新の進捗率は毎年1%以下。このペースだとすべての老朽管を更新するのに「130年以上かかる」(厚労省水道課)という。

更新されずに放置された老朽管は錆(さ)びつき、腐食も進んで、ある瞬間に突如、破裂して水が地表に噴き出す。

今、そんな事態が全国で続発している。直近では18年11月13日未明、長野市内の団地で水道管が破裂した。長野市上下水道局の担当者がこう話す。

「当局では24時間体制で流量(水道管を流れる水の量)の監視を行なっていますが、同日午前2時42分に職員が異常を察知して現地に出向くと、水が噴き出していました。近隣への住宅浸水といった被害はなかったものの、この事故で地区内の約4800世帯に赤水や水の出が悪くなるといった影響が出ました」

破裂管は外側がひどく錆びつき、縦方向に2mの亀裂が入っていたという。

「この管は埋設されてから53年が経過していました」(水道局担当者)

長野市内の水道管(上水道)の総延長は2454km。このうち約17%に当たる414kmが耐用年数を超えている。同局はすべての老朽管を10年間で耐震仕様の新しい管に更新する計画を進めているが、事故発生エリアは20年以降に着手する予定だった。

「事故を受けて市民の『管を早く入れ替えろ』との声が高まっています。でも、予算と人材の両面から考えても、今の更新ペースが限界なんです」(担当者)

このジレンマは、長野市に限った話ではない。では、放置された老朽管はどのようにして破裂に至るのか。

公益社団法人「日本水道協会」の技術専門監、田口恒夫氏がこう解説する。

「まず、管を流れる水に溶け込んだ酸素や塩素が水道管をジワジワと腐食します。これは自然発生的に起こる現象で人為的に止めることはできません。また、土の中に生息する硫酸塩還元菌が鉄を溶かすバクテリア腐食も厄介です。鉄道の線路近くに埋設された管の場合、レールから漏れた電流が水道管に伝わることで鉄が地中に溶け出す"電食" が大敵となります。こういった腐食によって水道管の管は徐々に細っていくのです」

近年に製品化された水道管の場合、表面に特殊コーティングが施されているため腐食を防ぐが、耐用年数を超えている古い管はガードが弱い。

「すると、そこに流れ続ける水道水の圧力に負け、管に小さな穴が開いてポタポタと漏水し始め、これを放置すると穴が徐々に大きくなって水が大量に噴出します。一方、鉄管だと漏水どころか表面がバコンと割れて大きな穴が開き、いきなり水が噴き出ることもあります」(田口氏)

水道管の破裂事故が起きる時間帯には傾向がある。

「深夜から朝5時頃までに発生することが多いんです。その時間帯は各世帯や事業者は蛇口を閉めて、水をほとんど使いません。すると、管の中の水道水は出口を失うので水圧が上がり、流れが速くなる。 結果、水道管への負荷が強まり、老朽箇所が破損しやすくなるわけです」(田口氏)

では、水道管が破裂した後はどんな事態が起きるのか。

水道技術の研究開発や調査事業を行なう、公益財団法人「水道技術研究センター」の常務理事、佐々木史朗氏が解説してくれた。

「噴出した水がアスファルトを突き破り、管の口径が大きいものだと高さ20m近くまで噴出。同時に、噴き出た水が土砂を押し流すことで地中に空洞ができ、道路が陥没することもあります」

水道管破裂で怖いのは、地中にあるほかのライフライン施設に被害を及ぼす点だ。

「水道管は地表から約 1.2mの位置に埋設されますが、同じ深さで隣接するのがガス管です。水道管が破裂すれば、噴出した水の水圧で土砂がガス管を削り、穴を開ける『サンドブラスト現象』が起こることもある」(佐々木氏)

11年には京都市で水道管が破裂して都市ガスの配管に大量の水が流れ込み、周辺の約1500世帯が断水、約1万3000世帯でガスが使用不能になった。事故の責任を取り、京都市上下水道局は大阪ガスに約10億円の賠償金を支払っている。

一方、下水管の場合は老朽化が人命に関わる事故につながるケースも...。佐々木氏が続ける。

「下水管の多くはコンクリート管。水道管は圧をかけて水道水を流しますが、下水管は圧をかけずに管の高低差を利用し、自然流下によって汚水を流しています。腐食は汚水に含まれる硫酸が管を溶かす形で進行、次第にコンクリートの内壁がもろくなり、管に穴が開きます。圧がかかってないので汚水は噴き出しませんが、大量の土砂を吸い込み、 地中に大きな空洞をつくる。すると突然、上部の道路が陥没するんです」

日本水道協会の統計では、水道管における事故の発生件数はここ数年、2万~3万件の間で推移している(最新の統計である16年度は2万6253件)。『朽ちるインフラ』(日本経済新聞出版)の著者で東洋大学教授の根本祐二氏によると、「大規模事故に限っても、水道管破裂は毎年1000件、下水管に起因する道路陥没は年間3000件ほど起きている」という。

前出の水道業界紙記者はこう警告する。

「日本の水道管は戦後から整備されましたが、80年までに敷設された管は管路全体の4割に当たる約 15万km。その7割を超える約11万kmが、71年~80年にハイピッチで整備されたもので、75年前後が整備のピーク期です。つまり当時、埋められた水道管は3年前から耐用年数の40年を超えているのです。更新ペースが現状のままだと、いつ事故が起きてもおかしくない老朽管の割合が加速度的に増えるのは間違いありません」

◆後編⇒老朽化で"同時多発破裂"の危機迫る...水道管の更新を遅らせる最も深刻な問題とは?