「人生の記録がデータで残るこれからの時代。人は個体としては死んでも、社会的に完璧に死ぬことはできなくなると思います」と語る古市憲寿氏 「人生の記録がデータで残るこれからの時代。人は個体としては死んでも、社会的に完璧に死ぬことはできなくなると思います」と語る古市憲寿氏

平成の終わりまで約3ヵ月半。情報番組でもたびたび発言が注目される社会学者の古市憲寿氏が、このほど「平成の終わり」を小説『平成くん、さようなら』で著し、芥川賞候補にノミネートされた。

舞台は、安楽死が合法化された2018年の日本。平成の終わりと同時に安楽死を望む平成元年生まれの若手文化人・平成くんと、それを引き留めようとする恋人・愛の日々が描かれる。

氏にとって、初の単行本化小説となった本作に込めた思いを聞いた。

* * *

──これまで評論を書かれてきた古市さんが、昨年は続けて2作の小説を『文學界』で発表されました。なぜ今、小説を?

古市 前から小説を書かないかという話はあったんですけど、タイミングがなかったんですよね。1作目の『彼は本当は優しい』は、一昨年に祖母が亡くなったことが執筆のきっかけでした。ノンフィクションだと書きたくないことが出てきたり、見えを張っちゃうこともたくさんあると思ったので、小説にして書いてみようと思ったんです。

──そして、次に書くタイミングが平成の終わりだったと。

古市 そうです。平成の振り返りモノってたくさん出ていますけど、評論で「平成論」っていうのもすごく難しい気がしたんです。だって、平成ってたまたま区切られた31年間だったわけじゃないですか。それを理論化しようとするのはすごく難しい。なので、それも小説で書こうって思ったんです。

──そのなかでも、平成30年というリアルな時代設定にしたのはなぜでしょうか。

古市 平成は「終わりが決まっている」というのが面白いなって思ったんです。そして、それは安楽死とすごく似ているなと。それで、このふたつを重ねて書いてみようと思ったんです。

──主人公の平成くんは誰かモデルがいるのでしょうか。

古市 僕自身を使ったところもありますし、身近な人や出来事をモデルにした部分や、もちろん完全な創作もあります。

──例えばどんなところが古市さんとかぶっていると?

古市 そうですね......セックスがあまり好きじゃないとか(笑)。あとはそこそこの合理性を求めるところは平成くんと同じなんじゃないかな。でも、僕より平成くんのほうがもっと合理的で賢いと思います。

なので、自分よりも賢い人物を描く方法として、平成くんの一人称ではなく語り手を加えました。そこで、愛ちゃんっていう恋人の目線から描いたんです。

──そうだったんですか。女性目線で書くのは大変だったのでは?

古市 そんなことはなかったです。書いていくうちにキャラクターに愛着が湧いてきましたし、平成くんを理解したいという愛ちゃんの気持ちは著者も同じなので。

恋愛小説として読んでくれた女性読者からは、「泣いた」っていうメッセージやSNSの書き込みもあって。評論しか書いてこなかった自分にとっては新鮮でしたね。

──本作の重要なテーマである安楽死については、以前から関心があったのでしょうか。

古市 そうですね。今っていろんなことを自分で決められる時代じゃないですか。住む場所や職業も好きに決められる。だけど、死ぬタイミングだけは自分で決められない。なので、死ぬタイミングをもっと自分で決められてもいいんじゃないかという思いがありました。

もっとも、日本はこうした積極的安楽死の議論のはるか手前の段階にいます。

とても元気だった祖母は、入院してから歩けなくなったことがすごく悔しかったみたいで、「死にたい」としきりに言っていました。でもそれを叶えるすべが実質的に、今の日本では非常に限られている。

本人の望まない生を、他人が強制する権利があるのかを考えさせられました。リハビリや緩和ケアの充実はもちろんですが、そもそも論として、死に対する選択肢はたくさんあるほうが、僕個人としてはいいと思います。

──平成くんは、自分が死んでも著書や声をデータで残しておくことで、死後もこの世に残ると彼女を説得します。近未来における「死」の考えというのは変わっていくのでしょうか。

古市 自らのアーカイブが残れば残るほど、死というのは曖昧になると思います。特に著名人の死は、曲や演技の記録などが多く残っているからすでに曖昧ですよね。

今後は、一般人だって膨大な量の動画や写真が残されていくわけじゃないですか。そうすると、たぶん生きていることと死んでいることの境目がどんどんわからなくなっていってもおかしくはないですよね。

これから先、人間は個体としては死んでも、社会的に完璧に死ねるかというと、死ねない時代がそろそろ来るんじゃないのかなっていう予感はあります。

──古市さんにとって、死は怖いものですか。

古市 いや、そうでもないですね。作中で平成くんにも言わせましたけど、僕は「来世がある派」なので。そう思ったほうが人生を楽に生きられると思うんですよ。ゲームとかでもライフが1だとなかなか冒険もできないし、慎重になってしまいますよね。

だけどライフが3あるって考えると、ちょっと挑戦してみても、失敗してみてもいいなって思えるじゃないですか。人生も一回きりだと思うと、そこで全部をやりきろうとして疲れちゃうかもしれないけど、まだ何回かあるって思えたほうが楽に生きられると思うんですね。

──なるほど。現実における改元は、われわれにどんな影響があると思いますか。

古市 東京五輪の開催が決まったときと同じくらいのインパクトがあるなとは思いますね。これだけ世の中の雰囲気が変わって、経済効果もあるんだったら、変にオリンピックとか万博をやるよりも元号を短いスパンで変えたほうがコスパがいいんじゃないかなって思いますよ(笑)。

でも、改元でにぎわう一方で、少子高齢化や原発問題、財政赤字などの問題も本当は山積みなわけですよね。そういった問題は改元後も引き継がれるわけで、それに関してみんなが目を背けようとしているのはどうなんだろうっていう懸念はあります。雰囲気だけで社会がすべて変わるとは思えませんから。

──今後も小説は書いていくのでしょうか。 

古市 テーマに応じて書いていきたいと思っています。次に出したい作品もすでに書いているところですし。これからも、特に評論では結論の出しにくい病気や死、恋愛といったテーマは、小説というスタイルをとって書いていこうと思っています。

●古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985年生まれ、東京都出身。社会学者、作家。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。情報番組『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ系)のコメンテーターとしても知られるほか、内閣府「今後の経済財政動向等についての集中点検会合」委員、同「クールジャパン推進会議」メンバーなどを務める。日本学術振興会「育志賞」受賞。慶應義塾大学SFC研究所上席所員

■『平成くん、さようなら』
(文藝春秋 1400円+税)
平成元年に生まれ、平成を象徴する若手文化人として、日々メディアに取り上げられる「平成くん」。豊かで現代的な生活を送る日々のなかで、彼はその名前と知名度のあまり、平成の終わりと同時に自らが古い存在となっていくことを恐れる。そして、合法化されている安楽死を選ぶことを恋人・愛に告げる......。愛は、日々の営みのなかで平成くんに今を生きる意味を問いただすが──。芥川賞ノミネート、気鋭の社会学者初の単行本化小説!

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