「自分が目を向けてこなかった場所にも積み重なってきた物語があるということを感じ取ってもらえたらうれしいです」と語る橋本倫史氏

日本の自動車社会と外食産業のあり方が大きな変革を遂げた1960年代から70年代にかけて、多くの利用客でにぎわいを見せたドライブイン。だが、今となっては年々姿を消してしまう店舗も多く、その数は急速に減り始めている。

『ドライブイン探訪』の著者でありライターの橋本倫史氏は、北海道から沖縄まで日本全国のドライブインを取材し、数十年にわたって営みを続けてきた人々の人生を記録、本書の基となったリトルプレス『月刊ドライブイン』(全12号)を刊行してきた。氏の取材によって浮かび上がってきた、戦後の昭和とはどんなものなのだろう。

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──かなりマニアックなテーマですが、ドライブインを取材しようと思ったきっかけは?

橋本 今からちょうど10年前の初夏に、原付で好きなバンドの九州ツアーを追いかける旅で鹿児島を訪れて、そこから国道10号線を走っていたときに異様な建物を見つけたんです。近づいてみたら「ドライブイン」という看板が小さく出ていました。

それまではまったく気にしたこともなかったんですけど、鹿児島から下道で東京に帰るまでのとてつもなく長い帰り道のなかで、ドライブインのことを気にして走り始めると、すでに廃墟と化しているものも含めてものすごい数が目についたんです。

僕自身はそれまでドライブインに入ったことが一度もなかったのですが、これだけ全国にあるということは、「ドライブインの時代」があったに違いないと思いました。そして同時に、これは今のうちに誰かが取材しておいたほうがいいんじゃないかなと思ったんです。

──どうせなら自分の足で全国のドライブインを巡ろうと。

橋本 そうです。2011年に友人が軽のバンを貸してくれて、全国のドライブインを回る旅に出ました。ひたすら走って、ドライブインを見つけたら立ち寄るという感じでしたね。

そのときから数えて、最低でも200軒は訪れています。そうして訪れていくうちに、ドライブインにはいくつかのタイプがあることもわかってきました。

──200軒! それで、どんなタイプがあったのでしょう。

橋本 大きく分けると、ドライブインが多い場所はふたつあります。ひとつが観光地です。戦後の混乱が落ち着いて、クルマが本格的に普及し始めた時代に、それまで徒歩では行けなかったような距離の名勝地を大勢の人が訪れる観光ブームが起こりました。

そうした観光地の近くにドライブインが創業されると、多くの観光バスが詰めかけ、団体客向けのお土産や食事で儲かっていたといいます。

──なるほど。

橋本 そしてもうひとつは、幹線道路沿いやバイパス沿いです。陸運の発展によって増えたトラック運転手たちの休憩、食事の場として、広大な駐車場と、安くて量が多く味が濃いご飯が食べられる食堂を兼ねたドライブインがロードサイドに増えていったんですね。

その光景はまさしく映画『トラック野郎』そのもので、ドライバー同士が無線で待ち合わせをして食事したり、顔見知り同士が仲良くなったり、時には酔った勢いで警察沙汰の喧嘩が起こるようなこともあったといいます。

こうしたドライブインは、実は都心から地方へと広まっていったものだったんですよ。

──えっ、そうなんですか!?

橋本 戦後、GHQの司令部や駐屯地が都心に生まれたことが発端なんです。つまり、大勢のアメリカ人が暮らすようになって、アメリカンなライフスタイルが持ち込まれたわけです。そのひとつに、ドライブインがありました。

1950年の雑誌には、基地の近くにできたドライブインの真新しさを伝える記事が載っています。こうした話がクルマの普及とともに全国へと広がり、あれだけの数のドライブインが津々浦々にできたのだと思います。

──言われてみると納得ですが、かなり意外ですね。全国のドライブインを取材したなかで、特に印象深かった場所はどこですか?

橋本 この本にも登場しますが、能登にある「ロードパーク女浦(めのうら)」ですね。そこは観光地のそばにあるお店で、もともとは夫婦で営んでいたのですが、旦那さんが先に他界され、今はかなり高齢のお母さんがひとりでお店を切り盛りしています。

店内でお母さんにお話を聞いた後に、海が見える外で写真を撮ろうとベンチに座ってもらったのですが、ずっとこちらに背を向けたまま海を眺め始めたんです。そして「イライラすることがあってもね、ワーッと大きな声を出して海を眺めているとなんとなく落ち着いてくるんです」と話してくれたんです。

穏やかでかわいらしいおばあちゃんなので「そんな大声で叫びたいようなことなんてあったんですか?」と思わず聞いたら「いやぁ、そりゃありましたよ」と。その言葉の中に何十年もの時間が流れていたように思いました。

また、お母さんは亡くなった旦那さんのことを「夫」ではなく「主人」と呼んでいたのですが、そうした部分も含めて、そこに男を支えながら戦後の昭和を生きてきた女性たちの姿を見たような気がしたんです。

──彼女の言葉のひとつひとつにずっしりと重みを感じます。

橋本 先日、トークイベントでお話ししたピースの又吉直樹さんは「カギ括弧の中の言葉がすごく重い」と仰っていました。「創作では描けない、天然の言葉だ」と。振り返ってみると、ドライブインを巡りながら、そういった言葉を拾い集めてきたような気がします。

──そうした橋本さんのドライブインの記録はまだまだあるわけですが、これからもこのような形で伝えていくのでしょうか。

橋本 僕はドライブインマニアというわけではないので、今のところ続編を書くということは考えていません。ドライブインというものを軸に戦後が見えることを示したくてこの本を書きましたが、同時に「まったく目にも留めていなかったものに目を向けて話を聞いてみると、そこにはいろんな話があった」ということも伝えていきたいと思っています。なので、今後も別のテーマでそうした伝え方をしていければなと。

もちろんこの本を読んで郷愁を感じていただけるのもうれしいですが、自分が目を向けてこなかった場所にも積み重なってきた物語があるんだ、ということも感じ取っていただけたらうれしいなと思っています。

●橋本倫史(はしもと・ともふみ)
1982年生まれ、広島県出身。学習院大学卒業後、2007年よりライターとして活動を開始する。同年にはリトルマガジン『HB』も創刊し、以降、『hb paper』『SKETCHBOOK』『月刊ドライブイン』などのリトルプレスも手がける。現在は、東京の千駄木・谷中・根津・池之端を取材した『不忍界隈』を刊行中

■『ドライブイン探訪』
筑摩書房 1700円+税
高速道路のサービスエリアやコンビニエンスストアが当たり前となった今では、客足も減り、経営者の高齢化もあって廃業を余儀なくされる店も少なくない。地方の道路沿いにひっそりとたたずむドライブイン。そこには戦後昭和の自動車社会や外食産業の変化の中を生き延び、道ゆくドライバーたちを迎え続けた人たちの人生があった。全国津々浦々に及ぶドライブインへの取材から、戦後昭和の姿をひもとく傑作ノンフィクション!

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