児童虐待相談対応件数は年間13万件以上。対して児童福祉司はわずか3240人。知られざる児童相談所の日常とは――? *写真はイメージです

相次ぐ児童虐待事件や施設建設をめぐる住民の反対など、最近、注目されることが増えている児童相談所。虐待事件への対応などに批判も多いが、そもそもどんなところでどんな人たちが働いているのか? その実態に迫った。

■児童相談所とはどんなところ?

最近、児童相談所に関係する事件や話題が後を絶たない。

今年1月、10歳の栗原心愛(みあ)ちゃんが虐待によって死亡した千葉県野田市の事件は、虐待のリスクが高まったと児童相談所が認識しながらも、一時保護した心愛ちゃんを自宅に戻していた。

また、昨年3月、東京都目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが虐待で亡くなった事件では、香川県から東京都に引っ越した際、虐待の可能性が強かったにもかかわらず、児童相談所間の引き継ぎに問題があったと指摘されている。

昨年10月には、東京都港区で児童相談所の開設をめぐって「施設は南青山にふさわしくない」などの反対意見が相次ぎ、話題となったことも記憶に新しい。

では、児童相談所とは、そもそもどういった施設なのか? ジャーナリストであり児童相談所をテーマにした漫画『新・ちいさいひと』(小学館)で取材・企画協力を担当する小宮純一氏に話を聞いた。

「児童相談所は児童福祉法に基づき、都道府県と政令指定都市に設置が義務づけられている、18歳未満の子どもに関する相談に対応する専門機関です。虐待だけではなく、不登校や非行、引きこもり、障害など、子どもに関するあらゆる相談に対応します。

なかでも、児童相談所が対応した児童虐待の件数は、調査を開始した1990年度から27年連続で増加を続け、2017度には過去最高の13万件を超えました。

それに伴い幾度も児童福祉法が改正され、中核市や東京23区などにおいても児童相談所を設置できるようになりました。少しずつですがその数を増やし、現在は全国で212ヵ所(18年10月1日時点)の児童相談所が設置されています」

南青山の児童相談所開設をめぐる騒動は、この増設の流れをくんだものだとした上で、小宮氏がこうつけ加える。

「南青山の児童相談所の開設に反対したのは、地価を下げたくない不動産関連の人間が住民説明会に人を送り込んだといわれています。ひと悶着(もんちやく)あったものの、昨年12月には南青山で計画どおり建設を進めていくことが決定しました。

しかし、テレビで女性タレントが、『もし児童相談所が自宅近くにできたら、児相の子どもが自分の子どもに暴力を振るったり、カツアゲしたりするかもしれない』とコメントしていたことからもわかるように、多くの人にとって児童相談所がどういった場所で、どういった仕事をしているのか知られていないというのが現状だと思います」

では実際に虐待が起こった場合、児童相談所はどのような対応をしているだろうか? 児童相談所で働く現職職員の声を聞いた。

「電話による通報や、病院、警察、学校などから虐待を疑う情報を受け、家庭への立ち入り調査を行なったり、子どもの一時保護の必要性などを判断したりするのが、児童相談所の専門職員で自治体が任用する児童福祉司です。

児童相談所にはほかにも、児童心理司、医師、保健師などさまざまな職種の職員がいて、専門職職員による診断に基づいて方針を検討、実施します。また、一時保護のみならず児童福祉施設や里親の斡旋(あっせん)なども、児童相談所がしています」

児童相談所に併設され、保護した子どもが生活することになる一時保護所の職員にも話を聞いた。

「全国的にどこの保護所も満員の場合が多いです。原則として、子どもを一時保護する期間は2ヵ月を超えてはならないのですが、子どもが安全に戻れる環境が整わなかったり、定員オーバーで受け入れ可能な児童福祉施設がないことが多く、原則どおりにいかないこともあります。

世間的には虐待をする親から子どもを離すのが児相の仕事のように思われているかもしれませんが、そもそも虐待が起こらないよう、不安を抱く親の相談に乗り、フォローをします。

もし子どもを一時保護した場合は、安全に家庭に戻すため親と面接やカウンセリングなどを重ね、どう家族の再統合を図るかが最も大切で、子どもが家庭に戻った後のフォローまでが児童相談所の仕事になります」

■児童福祉司の増員が決定するも......

現在、全国の児童相談所で働く児童福祉司数は約3240人。だが、児童相談所が対応する虐待相談の件数は年に13万件を超えており、必然的に児童福祉司は、ひとりで膨大な案件を抱えることとなる。

「ひとりあたり100件近くの案件を抱えることもザラ」とは、現職の児童福祉司の言葉だ。そして、そのリアルな勤務形態を教えてくれた。

「公務員なので勤務時間は8時半から5時15分。休みは暦どおりです。児童相談所は24時間対応なので、規模や自治体によっては宿直のある児相もありますが、私が勤める児相では緊急のケース以外の泊まりはありません。

残業は人によりますが、私の児相では月平均で40時間くらいではないでしょうか。60時間を超えるとカウンセリングを受けなければいけないので、そのあたりはうまく調整しています。

責任の大きい仕事ということもあり、情熱を持って仕事に向き合う児童福祉司が多い一方で、仕事だと割り切る児童福祉司もいるため、正直、職員間の温度差はあると思います」

昨年3月に東京都目黒区で起きた船戸結愛ちゃん(当時5歳)の死亡事件などを受け、政府は児相の体制強化策として2022年度までに児童福祉司を2000人程度増やす計画を掲げた。「しかし......」と現場の職員は戸惑いの表情を見せる。

「人数が増えることは非常にありがたいことです。ただ、児童福祉司は実は虐待以外の案件で多くの時間が割かれてしまっているのが現状です。また、家庭から子どもを隔離して保護し、その子を家庭に戻して再統合するまでを同じ児童福祉司が行なっているため、親との軋轢(あつれき)が生まれるなど、システム的な問題もあると思います。

なので、保護する部分は完全に警察に任せるなど、人員を増やす以前に児童相談所や児童福祉司の職務内容自体を見直す時期が来ているのではないでしょうか」

■時には親から罵声や暴力も......

ほかの児童福祉司も、世間とのギャップについてこう嘆く。

「目黒区や野田市の事件で、児童相談所や関係機関が非難を浴びるのは当然です。でも、世の中の人は、『児相が早く保護すれば解決したのに』とだけ思っているように感じます。

しかし、多くの虐待において、どこからどう見ても親が極悪人というのは稀(まれ)なケースです。子どもを親から隔離するのは非常に繊細さが求められ、調査や会議を繰り返して一時保護が決定されるものの、黒か白か判定しにくいケースが圧倒的多数です。

それでも保護の必要があると判断すれば、児童福祉司は親から『誘拐だ!』『訴えてやる!』などと罵声を浴び、時には暴力を振るわれても、子どもを保護します。

また、虐待されていた子どもであっても、安全な一時保護所よりも、寂しさから親元に帰りたいと願う傾向が強くあります。それでも心を鬼にして、涙を流す子どもに『ごめんね。今は君の安全が確保できないから、家に帰れないんだよ』と説き続けなければいけません。

栗原心愛ちゃんの事件を受け安倍首相が、1ヵ月以内にすべての虐待事案の緊急安全確認を行なうなどの対策を公表しましたが、前述のとおりグレーな案件も多く、『虐待の可能性があるので、お子さんに会わせてください』などと簡単に言えるわけもありません。

虐待を疑われていると認識すれば、親のストレスは計りしれません。対策は必要ですが、やはり実情は伝わっていないなと感じますね」

また、目黒区や野田市のような事件が「児童福祉司に与える心理的影響は大きい」と前出の児童福祉司が続ける。

「死亡事例は、自分の担当でなくても、すべての児童福祉司に大きなショックを与えます。無力感に苛(さいな)まれ精神的に病んでしまったり、それこそ辞めてしまう人もいます」

それでも、前出の小宮氏は、「キツい仕事、汚れ仕事をするのが児童相談所であり、児童福祉司」だと叱咤(しった)激励する。

「近所で子どもの悲鳴や泣き声などを聞いたら、24時間、いつ何時でも迷わず189とダイヤルしてください。最寄りの児相につながります。『もし虐待ではなかったら......』『勘違いかもしれない......』とためらってしまうかもしれませんが、それが救えた命となってしまう可能性があります。

もしも、虐待ではなかった場合、子どもの安否確認に訪れた児童福祉司は子どもの親に罵倒されたりするかもしれません。しかし、それを含めて児童福祉司の仕事です。だからこそ、これだけ虐待が増えた社会で、子どもを水際で救うことができる児童福祉司という職業が大切で尊い仕事なのではないでしょうか」

現場の児童福祉司も、小宮氏の意見に同調するかのように、覚悟を語ってくれた。

「児童福祉司や児童相談所は、成功は報じられず、失敗は袋叩きに遭います。両親から罵倒されることも、暴力を受けることすらありますが、それでも救える命があるのなら、われわれは汚れ役でいいと思います。

現場の人間は日々悩みながら仕事をしています。でも、何より多くの児童を救うことができる児童福祉司という仕事を誇りに思っています」

児童相談所を取り巻く問題は山積しているが、これ以上痛ましい事件が起きないことを願うばかりだ。