「飲み会で先輩から口頭伝承される『智』は、裁判所が築き上げてきた知的財産でした。それが今、どんどん失われているんです」と語る岡口基一氏

ツイッターで自身の白ブリーフ一丁姿を投稿していたことや、特定の訴訟の判決記事についてツイートしたことを理由に最高裁判所によって戒告処分とされたことなどから"白ブリーフ裁判官""ツイッター裁判官"と話題になった東京高等裁判所判事の岡口基一氏。

ブリーフ姿を投稿した理由を「裁判官だからって聖人君子のように上からものを言う人間ではないという意思表示をしたかった」と振り返る同氏だが、彼はこれまでに民事訴訟にまつわる数々の専門書を執筆し、それらは現職の弁護士や法曹界を志す受験生たちのバイブルとして親しまれてきた。

そして今回、初となる一般書『裁判官は劣化しているのか』を刊行。25年にわたって民事訴訟の現場に立ち続けてきたベテランは、今の裁判官に劣化を感じるという。その理由、そして自身のツイッター事件をめぐる現状についても聞いた。

* * *

──現職の裁判官が内部事情を暴露することは極めて異例です。裁判官の劣化はなぜ起こっているのでしょうか。

岡口 原因はいくつかあるのですが、まず、司法研修所がやっていた「要件事実」の教育カリキュラムが廃止されたことが大きいと感じています。要件事実というのは、民事訴訟で作成される裁判文書(訴状、答弁書、判決書等)に記載される事実であり、当事者による一般的な言葉で書かれた事実を、法的な言葉と構成に書き改めたものをいいます。

要件事実を書くスキルを身につけることは、法律家として最低限の素養であって、知らなくては民事訴訟の判決書はおろか訴状もまともに書くことができません。

──基礎的な文書の起案能力が低下しているんですね。

岡口 そもそも、要件事実は民事裁判教官だけが知っている門外不出の知識であって、それをカリキュラムによって効率よく勉強する方法があったのに、今は逆に手探りしかありませんから、ものすごく原始的な時代になってしまっているんです。それによって裁判官の質の差も広がっています。

──それほど重要なカリキュラムが廃止された原因はなんだったのでしょう。

岡口 これには司法制度改革が大きく関係しています。司法試験の合格者が増加したことでキャパシティオーバーとなり、司法研修所での要件事実教育は廃止せざるをえなくなってしまったんです。

加えて、司法研修所での教育期間そのものが短くなったことも、裁判官の劣化に関わるいち要因となっています。以前は2年間みっちり勉強できたのですが、今はロースクールで2、3年間学ぶことになったため、司法研修所での勉強期間は1年に短縮されたのです。

ただ、最近ではロースクールに行かずに済む予備試験ルートからも多くの司法試験合格者が出ていますから、ロースクールという選択肢はもう必要ないという声も法律家からは多く出ています。

──あと、飲み会で先輩裁判官による口頭伝承が盛んに行なわれていたことにも驚きました。

岡口 昔は仕事終わりによく飲み会を開いて、そこでベテランの裁判官や書記官たちが、若手に要件事実を的確に書くスキルなどを熱く説いていたんです。若手はメモも取らずにひたすら頭にたたき込んでいました。

まるで生き字引のような有能な先輩裁判官によって伝えられる「智」は、裁判所が戦後数十年をかけて築き上げてきた知的財産ですが、これが今はどんどん失われてしまっているんです。

──時代の流れなんでしょうけど、そこには決してマニュアル化できない工夫や知恵が盛り込まれていたんですね。

岡口 そういうことです。同時にそういった先輩方の中には、司法の本質論や役割論について強い問題意識を持ち、司法のあるべき姿を語ってくれる人たちもたくさんいました。

そして、彼らの中には司法のあるべき姿を考える「全国裁判官懇話会」という会に参加している人もいましたが、裁判所当局による明らかな差別人事を受けるなど、一方的な迫害を受けていました。

このような経緯を知っているベテラン裁判官も多いため、今はあえて司法の本質論や役割論を口頭で説くことが避けられるようになったともいえます。

──裁判官が目立った動きを見せると、出る杭(くい)を打つように当局が働きかけていたと?

岡口 そうです。ただ、これは単に当局批判をすれば収まるという話ではありません。裁判所当局がそうせざるをえないのには、実は別の事情があります。当局は当局で、国の政治部門からの批判や介入を恐れているんです。

裁判所というのは、権力の裏付けがないため、ものすごく弱い立場にあるんですよ。なので、政治部門からつけこまれる前に、当局が裁判官たちを統制してしまおうということなんです。

──裁判官の統制といえば、岡口さんのツイートをめぐる最高裁や裁判官訴追委員会による過剰なまでの追及にも共通するのではないでしょうか。

岡口 私の一件も、政治部門からの司法への介入の延長線上にあります。これまでも裁判官訴追委員会というのは、国の政治部門が司法に介入するためのひとつの場として使われてきました。

それがわかっている最高裁は組織防衛をせざるをえないんです。政治部門の人たちは訴追権限だって持っているし、最高裁長官を指名する権限まで利用してきますからね。

──法曹界を中心に、岡口さんの立場を擁護する声は多く上がっています。やはりツイートの件だけで国会聴取というのは、相当の力ずくなんですね。

岡口 これまでに訴追された裁判官は、刑事事件で有罪とされた方々ですからね。スマホで盗撮などの犯罪行為は弾劾に値しますが、私の場合はなんら違法な行為ではありません。それなのに、軽々に国会に呼び出して聴取をしたりすると、これは司法権の独立の問題が関わってくることになります。

裁判官訴追委員会の方々が、三権分立や司法権の独立などについてきちんと理解されているとは思えません。彼らには、裁判所をとっちめようなどといった確信的な意図があるわけではなく、権力者であれば当然に理解しておかなければならない基本的な部分が理解できていないのです。

ネット上でも、今回の呼び出しが「異常である」という声が上がっています。国民のほうがよっぽどよくわかっているのではないかと思いますね。

●岡口基一(おかぐち・きいち)
1966年生まれ、大分県出身。東京大学法学部を卒業後、東京地方裁判所知的財産権部特例判事補、福岡地方裁判所行橋支部判事を経て、現在、東京高等裁判所判事。 著書に『要件事実入門』『民事訴訟マニュアル―書式のポイントと実務 第2版(上下)』『要件事実問題集[第4版]』『要件事実マニュアル 第5版 全5巻』『裁判官! 当職そこが知りたかったのです。―民事訴訟がはかどる本』(共著)、『要件事実入門(初級者編) 第2版』などがある

■『裁判官は劣化しているのか』
(羽鳥書店 1800円+税)
"白ブリーフ裁判官"や"ツイッター裁判官"としても知られる現役裁判官の著者が、劣化しきった裁判所の内部事情を明かす。そこには、従来の裁判官育成システムや、先輩と後輩のコミュニケーションの場がなくなったことによる多くの劣化要因があった。そして本書には、著者が裁判官になるまでをつづった若き日の回顧録も収録。これから法曹を志す人はもちろん、一般の読者まで幅広い層が楽しめる一冊となっている

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