今回の労働基準法改正に伴い、会社側が5日間の有給休暇を取得していない労働者に対して、日付を指定して強制的に休ませられるようになった 今回の労働基準法改正に伴い、会社側が5日間の有給休暇を取得していない労働者に対して、日付を指定して強制的に休ませられるようになった

昨年6月に成立した「働き方改革関連法」が、いよいよ4月1日から順次施行されていく。サラリーマンとして押さえておくべきチェックポイントを弁護士、社労士に聞いた。

■時間外労働の上限を制限しても仕事量は変わらない

安倍政権の肝煎(きもい)りで進められている「働き方改革」。昨年6月に働き方改革関連法が成立し、いよいよ4月1日から順次施行されていく。

労働基準法や労働者派遣法、労働契約法などの法律が改正されるのだが、具体的にサラリーマンとして押さえておくべきポイントはなんなのか。労働法に詳しく、ブラック企業被害対策弁護団代表を務める弁護士の佐々木亮氏が語る。

「まず注目すべきポイントは『時間外労働の罰則付き上限規制』です。労働基準法で法定労働時間は一日8時間、週40時間以内と決まっていますが、会社と従業員との間で『36(サブロク)協定』を結べば、これまでは法定労働時間を超えた労働(残業)が実質、青天井で認められていたんです。

ところが今回、原則として『月45時間、年360時間以内』、繁忙期でも『年720時間、複数月平均80時間以内、単月100時間未満』などの上限が設けられた。この上限を超えて従業員を働かせると、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されます。

長時間労働こそ、働き方改革で是正すべき大きな課題ですから、労働基準監督官も力を入れて取り締まるでしょう。ちなみに今年4月から適用されるのは大企業のみで、中小企業は来年4月からになります」

佐々木氏によれば、罰則が科されることになったのは極めて重大なことだという。大企業は必死で法を順守しようとするため、従業員に長時間労働をさせないよう、かなり厳しく管理していくことが予想される。

しかし改正したがための"副作用"も生じてきそうだ。時間外労働を制限したところで、基本的な仕事量は変わらない。労働時間の減少とともに仕事量も徐々に減っていけばいいが、4月からすぐに対応できる企業ばかりではないはずだ。

その結果、サービス残業が増加するのは目に見えている。時間外労働の上限が設けられたことにより、これまで残業代を当てに生活していた人たちにとっても大きな打撃となるだろう。通常賃金から割り増しされる残業代が4月以降にごっそり減るとなれば、大幅に収入減となるサラリーマンが続出するはずだ。

もちろん長時間労働が是正されるのは喜ばしいことだが、ガッツリ働いて稼ぎたい人にとっては意外な落とし穴になるかもしれない。

■5日間の有給休暇を社員旅行に振り替えるのは違法

さらに、今回の働き方改革関連法の中で、労働者に大きな影響を及ぼすことになりそうなのが、「年5日の有給休暇取得義務化」だ。

LEC東京リーガルマインド専任講師、特定社会保険労務士の澤井清治(きよはる)氏が解説する。

「有給休暇を年10日以上付与されている従業員に対し、会社は年5日以上、有給休暇を取得させなければならなくなりました。

ちなみに入社して半年間働いて8割以上出勤すれば、どの会社でも原則10日間の有給休暇が付与されます。つまり正社員であれば、ほぼ全員がこの対象になるのです。4月1日入社の場合、10月1日から年10日の有給休暇が付与されるため、その期限は翌年9月30日までとなります」

2017年の日本の有給休暇取得率は51.1%(厚生労働省「就労条件総合調査」)。フランス、スペイン、ブラジルなどは100%、アメリカは80%、韓国は67%と海外に比べると極端に低く、政府は20年までに70%に引き上げるという目標を掲げている。

ちなみに、昨年9月の『週刊プレイボーイ』38号「1000人アンケートでわかった 超リアル『有給』実態」では、「今の職場で過去に一度も有給を取得したことがない人は28.8%」という結果が出ている。前出の佐々木弁護士は言う。

「厚生労働省の『就労条件総合調査』によると、有給休暇は平均で9.3日取得されている。しかし、これはあくまでも平均の話です。有給休暇を取得しやすい環境であるかどうかは、会社や職場によって大きく異なります。年20日ほど取得する社員が多い会社もあれば、誰も取得しないという会社もあるでしょう。

今回の改正が画期的なのは、年10日以上の有給休暇が付与されている者に対し、強制的に5日間の取得を義務づけたところです。ひとりでも未取得ならばアウト。送検されたら社名も公表され、刑事罰を受けることになります

もし違反すれば、労働者ひとりにつき一罪が成立するので、ひとり30万円ずつ罰金が加算されてしまう。そのため、企業は全社員に年5日以上、有給休暇を取得してもらうべく、四苦八苦するのが目に見えている。前出の澤井社労士が頭を抱える。

「私のところにも、さまざまな会社から相談が来ているところです。例えば、ある会社から、『5日間の有給休暇を社員旅行に振り替えてもいいか』と問い合わせがありましたが、これはアウトなんです。有給休暇の目的は労働者が自由に決めるべきなので、旅行費用を会社が負担しても、労働者のための有給休暇として認められません」

有給休暇に関しては、すでにグレーあるいはブラックな対応をしている会社も数多くある、と前出の佐々木弁護士が指摘する。

従来、与えられていた夏季休暇や年末・年始休暇を、労働者の同意なく、かつ、会社の就業規則を変更もせずに有給休暇に置き換える、というのは違法です。

また、就業規則を変更し、夏季休暇や年末・年始休暇そのものをなくしても不利益変更の問題が残ります。そもそも従業員になんの通達もなく就業規則を変えることはできません。もし勝手に変更してしまえば、労働契約法上、違法性が高くなります」

■多発しそうな"駆け込み有給休暇"

このように、「年5日の有給休暇取得義務化」は一見すると、サラリーマンにとっては休暇取得の機会が増える一方、会社側の負担が大きそうな印象を抱くかもしれない。ところが、サラリーマンにとっても大きな落とし穴が潜んでいる。

今回の労働基準法改正に伴い、会社側が5日間の有給休暇を取得していない労働者に対して、日付を指定して強制的に休ませられるようになったのだ。

「『雇用主が労働者に取得時季の意見を聴取し、その意見を尊重して取得時季を指定する』というガイドラインがあります。会社としては、労働者と合意して取得時季を決めるわけでなく、意見を尊重するだけでいい」(前出・澤井社労士)

もともと、雇用主には時季変更権が認められている。通常、労働者の希望する時季に有給休暇を与えなければ違法になり、罰則もある。

だが、「繁忙期などで労働者が一斉に休むと人手が足りなくなり、会社や店舗が回らない」というケースでは、労働者に取得時季の変更を要求できるのだ。意見を尊重することが原則だが、会社の都合で取得時季を決められる余地も残されているというわけだ。

さらに、施行初年度の今年多発しそうなのが"駆け込み有給休暇"だ。期限ギリギリのタイミングで、まだ年5日の有給休暇を取得できていない者に対して、会社側が有給休暇取得日を割り当てる可能性が極めて高い。

企業側が各従業員の有給取得状況をきっちりと把握できればいいが、施行初年度である今年は多少なりとも混乱が予想される。期限ギリギリで"駆け込み有給休暇"を強制され、期末の忙しいタイミングで休みたくもないのに休まざるをえなくなる......。

そんな状況を避けるためには、会社に頼るのではなく、自身で計画的に有給休暇を取得していく意識を持つべきだろう。

■アルバイト、パートでも有給休暇の権利がある!

「年5日の有給休暇取得義務化」は何も正社員に限った話ではない。アルバイトやパートでも、年10日以上の有給休暇が付与される要件を満たしている人は当然その権利を有するのだ。具体的には以下の3つのケースが対象となる。

・勤務年数6ヵ月以上、週5日以上出勤または週30時間以上勤務

・勤務年数3年半以上、週4日出勤

・勤務年数5年半以上、週3日出勤

アルバイトやパートの場合、そもそも自身が有給休暇の権利を有していることを知らない、という人も多いだろう。

「これまで有給休暇を取っていなかったアルバイトやパートが多い業種では、有給休暇取得に伴う人手不足など、大きな影響が出てくるのでは」(前出・佐々木弁護士)

アルバイトやパートだけで生計を立てている人のみならず、本業と異なる業種で、まとまった時間を副業や兼業に充てる人も増えている。もし副業でも年10日以上の有給休暇が付与されているのなら、そちらでもきっちり5日取得しなければ、会社に迷惑がかかってしまうかもしれない。