「承認欲求の呪縛に陥り、エスカレートしてしまう人たちに共通しているのは期待の重荷を下ろせないこと」と語る太田肇氏 「承認欲求の呪縛に陥り、エスカレートしてしまう人たちに共通しているのは期待の重荷を下ろせないこと」と語る太田肇氏
職場で表彰され、「もっと頑張らねば」と力んだ結果、心身をむしばまれた人がいる──。エリートであるがゆえに仕事でプレッシャーを感じ、身を滅ぼす人もいる──。

「そのすべての原因は、承認欲求の呪縛である」と語るのは組織学者の太田肇(おおた・はじめ)氏。20年以上にわたって承認欲求の研究を続けてきた氏が、昨今エスカレートしつつあるこの問題に鋭く切り込んだのが『「承認欲求」の呪縛』だ。

承認欲求とうまく折り合いをつけるための効果的な対処法を聞いた。

* * *

──著書の中で、特に日本人は承認欲求の負の影響を受けやすいと書かれていますよね。これはどういうことでしょうか。

太田 文化的な理由と、社会や会社組織の構造による理由が挙げられます。

まず文化的な理由としては、日本人には絶対的な神がいないのが大きいでしょう。欧米人の場合、常に神との関係で自分を見ます。つまり、神に認められたいというのがあるわけですね。ところが、日本にはそういう存在がいませんので、むしろ世間に認められたいと思うのです。

──社会や会社組織の構造による理由はなんでしょう。

太田 日本はいわゆる集団主義みたいなところがありますよね。だから、周りから認められないと仕事の評価も得られないし、地位も得られなくなってしまう。これが欧米のように、個人の役割がきちっと決まっていれば、たとえ周りとの人間関係を気にしなくても、成果を上げれば認められるわけですよ。

──働き方改革でこれまでの労働環境が変われば、そのあたりは改善されていくんでしょうか。

太田 残念ながら、現在の進め方では難しいでしょうね。日本の古い共同体型の風土や組織を変えないと厳しい。日本のサラリーマンは業績を上げることより、共同体の中で認められることを念頭に置いて働いている人が多いですから。

現在進められている働き方改革は、働き手の気持ちや行動原則みたいなものにまったく沿っていません。まあ、本来は組織自体を変えなければいけないんですが......。

──日本の一般的な会社で働いている限り、やはり承認欲求の呪縛から逃れることは難しいんでしょうか。

太田 やっぱり人間は「自分にはここしかない」と思ったら、追いつめられてしまう生き物ですからね。会社にしがみついてしまったら、「周りの言うことはなんでも言われるがままに聞かなければならない」と思い込んでしまうのです。

承認欲求は非常に厄介なものですが、うまくコントロールすることもできる。そのためのキーワードが「相対化」です。

──会社と距離を取れ、と。

太田 そうです。最近出てきた相対化の現象として挙げられるのは、若い世代の社会人が「定年まで働く」という意識が低いということ。

「この会社にずっといないといけない」と思ったら、上司の評価が職業、生活、すべてに影響するわけですけど、「うまくいかなければ辞めればいい」と思えば気が楽になる。つまり、承認欲求の呪縛から解放されているといえますよね。

──確かに、気持ちに余裕が持てるかもしれません。

太田 大事なのは、上司の評価=仕事の評価という意識を改めることです。上司の評価に依存しなくてもいいようにするためには、自分の力をつけておかなければなりません。

そうすれば、ほかの会社から、あるいは同僚から認めてもらえますよね。特にこれからの時代は、どこの会社にいても活躍できるだけの実力をつけておくことが最も重要だと思います。

──なるほど。会社などの組織における承認欲求の呪縛は、やはり誰もが経験することですが、その中でも特に過剰にエスカレートしてしまう人もいますよね。何が問題なんでしょうか。

太田 承認欲求の呪縛に陥り、エスカレートしてしまう人たちに共通しているのは、期待の重荷を下ろせないこと。特にエリートといわれるような人たちがそれに陥りがちなのは、これまでの人生において課題を与えられたらすべてこなす、というのが当たり前になってしまっているから。

それに応えられない自分がいやで、どんどん自分自身を追いつめてしまう。ですから、自分が応えられないところまで、どこまでも負荷を受け入れてしまい、いずれパンクしてしまうのです。

──期待に応えられないことへの恐怖から、どんどん自分自身を追いつめてしまうんですね。

太田 私は失敗体験が大事だと思うんです。失敗体験があれば、たとえ期待に応えられなくても別にどうということはないと思えますからね。今回はダメだけど、次に頑張ればいいというように、柔軟な考え方ができるかどうかなんです。できない人が本当に多いんですよ。

──いわゆる高学歴エリートと呼ばれる人たちですか?

太田 そうです。これまで日本社会は学力=能力という価値観でしたよね。ところが、今は感性だとかひらめきだとか創造性だとか、そういったつかみどころのない能力がビジネスにおいても必要になってくるわけです。

しかし、やはり今でも学歴が高い人というのは優秀だと周りが見る。本人もそう思い込んでいるので、社会人になって初めて自分が無力だということを実感し、追いつめられるケースが多いようです。

──仮に、そういう部下を抱えている上司だったとして、どのように接すればプレッシャーをかけなくて済むのでしょうか?

太田 例えば褒めるときは、できるだけ具体的な事実に基づいて発言するべきです。言い換えれば、これ以上でもこれ以下でもないよ、ということを示してあげればいい。そこで、「期待しているよ」とか「君は優秀だから」などと言ってしまうのは避けたほうがいいですね。

──確かに、それは過度なプレッシャーになりますね。

太田 あとは潜在能力を褒めるのも手です。現時点での能力を褒めると、失敗を恐れて挑戦しなくなったり、追い込んでしまったりする可能性もあります。しかし、潜在能力であれば、たとえ失敗しても、それは努力の仕方が悪かったからだと言えるわけです。

──なるほど。

太田 これならプライドが傷つかなくて済む。潜在能力があるということを、これまたなるべく具体的な事実に基づいて承認してあげるといいでしょう。

●太田肇(おおた・はじめ)
1954年生まれ、兵庫県出身。同志社大学政策学部教授。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学経済学博士。専門は個人を尊重する組織の研究。『個人尊重の組織論』『承認欲求』『がんばると迷惑な人』『個人を幸福にしない日本の組織』など、著書多数。講演やメディアでの登場も多い

■『「承認欲求」の呪縛』
(新潮新書 780円+税)
人間の心の中に潜む、承認欲求という巨大なモンスター。現代の日本社会を見渡せば、子供から大人まで、実に多くの人がその呪縛に陥っている――。本書では、20年以上にわたって承認欲求の研究を続けてきた著者が、その本質を深く探り、上手にコントロールする画期的な方法を提示する。人間関係の向上や組織での成果アップに変換する新しいヒントが盛りだくさん。「嫌われたくない」「認めてほしい」と願っている人にこそ読んでほしい

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