日本のゲノム編集は世界に比べて、まだまだ遅れているという高橋祥子氏。国民の多くがゲノム編集に興味を持てば、まだ追いつくことはできる、と語る

中国でゲノム編集された双子が生まれ、日本ではもうすぐゲノム編集食品が販売される。

ところで「ゲノム編集」っていったい何なのか? そんな素朴な疑問から最前線までを専門家に聞いた!

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■遺伝子組み換えとゲノム編集の違いとは

早ければ、今夏から"ゲノム編集食品"が国内で販売されることになる。

厚生労働省は3月18日、特別な安全審査をしなくても国に届け出をするだけで、ゲノム編集した食品を販売してもよいという報告書をまとめたのだ。

遺伝子組み換え食品の安全性が疑問視されているなか、今度はゲノム編集食品が流通することになる。

「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」は何が違うのか? そもそも「遺伝子」と「ゲノム」の違いは?

そんな疑問を生命科学者でゲノム解析サービス「ジーンクエスト」代表の高橋祥子(たかはし・しょうこ)氏に聞いた。

――まず、遺伝子とゲノムの違いってなんですか?

高橋祥子(以下、高橋 ゲノムは「gene(遺伝子)」と「ome(全体)」を合わせた言葉で「遺伝子全体」の意味です。

――じゃあ、DNAは?

高橋 DNAは遺伝子を構成する物質のことで、遺伝子はそれをもとにしてできる情報のことです。

――物質? 情報?

高橋 例えば、CDでいうと、CDのハードディスクがDNAで、その中に入っている音楽が遺伝子です。CD全部の音楽を合わせたものがゲノムに当たります。

――今回のニュースでは「ゲノム編集」という言葉が出てきましたが「遺伝子組み換え」とはどう違うんですか?

高橋 ゲノム編集は「ゲノムの配列を書き換えること」で、遺伝子組み換えは「本来、その生物が持っていない遺伝子をほかの生物から持ってくる」ことです。

例えば、以前、青いバラを作ったというニュースがありましたが、バラは本来、青い色素を作る遺伝子を持っていません。そこで、パンジーが持っている青い色素を作る遺伝子を入れて青いバラを作りました。これが遺伝子組み換えです。

一方、ゲノム編集は、もともと持っている遺伝子のひとつを変えることです。例えば、アルコールを分解する酵素の遺伝子配列が違うと酵素の働く強さが変わってくるんですが、その酵素の配列を変えるとお酒に強くなったり弱くなったりします。

ですからゲノム編集は、ほかの生物から遺伝子を持ってくるのではなく、本来持っているものの活性を強くしたり弱くしたりするものです。

――今後、ゲノム編集された食品が販売されるかもしれないということですが、具体的にはどんなものがあるんですか?

高橋 近畿大学は、身の部分が多いタイを開発しています。筑波大学は栄養価の高いトマト、大阪大学は毒芽の少ないジャガイモ、ほかにはアレルゲンが少ない卵や収穫量の多いイネ、涙の出ないタマネギなどもあります。

栄養価の高いトマト、毒芽を作らないジャガイモ、アレルゲンの少ない卵などがゲノム編集で作られている。 ※写真はイメージです

――ゲノム編集食品は、遺伝子組み換え食品よりも安全ということですか?

高橋 一概には言えませんが、今回の報告書では、遺伝子組み換え食品には安全審査が必要だが、ゲノム編集食品は届け出のみで審査は必要ないということになっています。

遺伝子組み換え食品とゲノム編集食品の規制を同じにするか、別々にするかということが今、世界で議論になっています。「遺伝子組み換えとゲノム編集は違うよね」派は、ピンポイントで遺伝子が変わることは、紫外線や放射線の影響で自然界でも突然変異として起こっていることだから、遺伝子組み換えとは違うと。

一方で「同じように扱うべきだ」派は、突然変異とはいえ発生頻度を意図的に変えるわけだから、自然界で起こっていることと同じではないと言っています。

――どちらが多数派なんですか?

高橋 ヨーロッパでは、遺伝子組み換えと同じように扱うべきとなっていて、アメリカは遺伝子組み換えとは違うということで規制しない方針です。日本はその中間です。

■ゲノム編集で頭の良い人間をたくさんつくれる?

――ゲノム編集は食品だけでなく、医療にも使われていますよね。昨年、中国でゲノム編集をした双子が生まれたというニュースが話題になりましたけど......。

高橋 はい。ゲノム編集は遺伝性疾患の治療として、今、すごく期待されています。ただ、医療のゲノム編集にはふたつの分野があって、ひとつは子供に受け継がれていく「生殖細胞」系。もうひとつは遺伝しない「体細胞」系。

この違いを簡単に言うと、ゲノム編集した細胞が自分の子供に遺伝するか遺伝しないかの差です。

昨年行なわれた中国のゲノム編集は、子供に遺伝していく生殖細胞のものでした。

現在、受精卵に対してゲノム編集をして、それを母体に戻して子供を産むというのは、世界的に、禁止すべきという声明が科学者などの団体から出されています。

やはり、その人の子供や孫などの世代まで影響が出る可能性があるということ。そして、今回はエイズ耐性を持たせるために「CCR5」という遺伝子を編集をしたのですが、それでエイズ耐性はつくかもしれないけれどほかの疾患耐性が低くなり、結果、ほかの疾患を引き起こす可能性が高まる。

また、「CCR5」は脳の認知機能に関わることが知られているので、そちらへの影響が出てくるかもしれません。そうした危険を冒してまでやる必要があったのかということが問題になっています。

また、その子供の人権問題もありますよね。将来的に、「その子は危ない」というような話が出てくるかもしれないし、「子供を産むのは禁止です」ということになるかもしれません。

――例えばの話ですが、ゲノム編集で頭の良い人間をたくさんつくるとか、足の速い人をたくさんつくるとか、そういうことはできるんですか?

高橋 できると思います。ただ、頭が良いことが人類の生存の可能性を高めるかというとまた別です。

例えば、足が速い動物が最も繁栄しているかというと違いますよね。生物が持っているいろいろな側面のひとつだけを伸ばすということは多様性に欠けます。

頭が良いというのもいろいろあって、記憶力なのか、IQなのか、想像力なのか。忍耐力というのもありますよね、ストレスに強いとか。もし、全員がストレスに強くなってしまったら、例えば台風が来ているときに「大丈夫だろう」とみんな外に出てケガをしたり死んでしまう危険性が高まると思うんです。

ですから、ストレスを敏感に感じる人もいれば、感じない人もいるということで、種の生存の可能性が高まっているとすると、IQを全員上げようというのも危ないと思います。

――また、中国は今年1月、ゲノム編集によって、体内時計機能を失わせたクローン猿を5匹誕生させました。これについてはどう思いますか?

高橋 これはルールの問題と、人の心情的な問題があると思います。今は人の受精卵のゲノム編集はルール違反だけれども、猿のゲノム編集は倫理的手続きを踏めばいいことになっています。

今回は、ゲノム編集で睡眠障害の猿をつくりました。睡眠障害を起こすと糖尿病やさまざまな合併症を発症するので、その疾病の研究に有効ではないかといわれています。

一方で、そこまでしなくてはならないのか、という意見もあります。

■日本でも受精卵のゲノム編集が解禁!

――昨年の中国での「ゲノム編集をした双子の誕生」や「ゲノム編集食品の販売」、そして「ゲノム編集技術を使った、拒絶反応リスクの少ないiPS細胞の開発」など、今、ゲノム編集が急速に広がっています。ゲノムという、あまり身近ではない話題と、どう付き合っていけばいいのでしょうか?

高橋 まず、ニュースを見て感じたことは、自分の知識によって感じているのか、それとも自分の感情によるものかを考えてほしいと思います。

ゲノム編集食品や遺伝子組み換え食品で議論になっていることは、「なんか怖いな」っていう感情によるものが多いんです。「怖い」ということは「わからない」ということ。そこで終わらずに「ゲノム編集とは、どういうものなのか知ったほうがいいな」と思ってほしいんです。思考停止になるのが一番いけない。

今春から、人の受精卵のゲノム編集の研究が日本で解禁される予定です。これには「その研究で使った受精卵は人の体に戻してはいけない」「不妊治療のために保存されていたもので、もう使わなくなったものを使う」などの条件があります。

アメリカと中国は、すでにこうした研究が進んでいて、日本はやっと始めるという段階。このニュースがあったときに、みんなが「なんか怖い」と言ったら、研究は進みません。だから、少しでもいいのでゲノムに興味を持ってもらいたいんです。

――高橋さんはゲノム解析サービスを進めていますが、これにはどういった目的があるのですか?

高橋 ゲノム解析サービスによって、自分はどの疾患のリスクが高いかがわかります。そのため、病気になる前に予防行動を起こすことができるんです。

例えば、私はアルコールによる食道がんのリスクが高いのですが、お酒を飲むときには絶対に水も一緒に飲むことなどで予防しています。

健康寿命(医療や介護に頼らず、自立して生活できる寿命)を延ばすためにも、これからは予防がとても重要になってきます。ゲノム解析によって、そのための情報を提供しています。

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"ゲノム編集"が何かと話題になっている時期だからこそ、今回特集したような最低限の知識だけは持っていたほうがよい。

●高橋祥子(たかはし・しょうこ) 
1988年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に、ゲノム解析サービス会社「ジーンクエスト」を設立。2015年、博士課程修了。現在、注目の生命科学者