「最初は『刺殺』が多かったのに、途中から『撲殺』が増えてきた。詳しく調べると、恨みつらみではなく、一時的な感情による殺人が増えていたんです」と語るさやわか氏

1994年(平成6年)に連載が始まった『名探偵コナン』(青山剛昌[ごうしょう]・作、小学館)に、ここ数年、再ブームが訪れている。

4月12日に公開された映画『名探偵コナン 紺青(こんじょう)の拳(フィスト)』は5月4、5日の2日間の興行収入で『アベンジャーズ/エンドゲーム』を抜いて1位を奪取。『アベンジャーズ』は世界興行収入が歴代第1位になることが確実視されている超大作だけに、日本における『コナン』人気のすごさがうかがえる。

だが、昔から『コナン』を知る人の中には「なぜ今?」と内心思っている人も多いのでは?

そんな疑問を"平成論"の観点から分析したのが『名探偵コナンと平成』だ。物語評論家のさやわか氏に『コナン』再ブームの理由と、平成との深い関係性を聞いた。

* * *

──すごい人気ですよね、『コナン』。特に映画は、オタクではない、普通の女のコが見に行ってるイメージです。

さやわか 昨年公開された『ゼロの執行人』は『シン・ゴジラ』より、興行収入は上でしたからね。でも実際に見てみると、最近の劇場版『コナン』って正直よくわからないんですよね。

──ストーリーが複雑ですよね。例えば『ゼロの執行人』は「公安には3つの種類がある」なんてことをサラッと説明するだけだったり......。正直、大人でも難しい。

さやわか 「これ、人死ぬ必要あった?」というシーンがあったり、ラブコメやアクション要素も強かったりしますからね。そもそも、『万引き家族』のような映画と違って、『コナン』がなぜ人気なのかを解き明かすのってすごく難しいんですよ。

とはいえ、現実としてこれだけ多くの人に受け入れられている作品なわけで、そこには日本人の、なんらかの精神性が表れているに違いないと思ったんです。

一方で、僕は評論を生業(なりわい)としているので、『コナン』を通じて平成を解き明かしたいという気持ちもありました。実際にやってみると、これがすごくしっくりきて、『コナン』がなぜ人気なのか納得できたんです。

──しっくりきた? 

さやわか 大前提として、『コナン』って「主人公が年をとれない話」なんです。黒の組織に薬を飲まされて、高校2年生の工藤新一が小学1年生の江戸川コナンになるところから物語が始まるので。頭脳は大人なのに、体が子供で年をとることができない......。これって、平成の日本が世界の中で置かれていた状況に符合しているんです。

──といいますと?

さやわか 日本の経済って平成に入った直後から不況に入り、その後は「失われた30年」と言われていますよね。つまり、平成は「成長したくてもできない」時代だったわけですよ。

──なるほど。本書では作中で起こった殺人事件をデータベース化することで、そこから平成を読み取ろうとしていますよね。

例えば、「被害者の7割は男性で、現実世界と比較すると1割ほど多い」「トータルの殺害方法は刺殺がもっとも多い(24%)が、平成11年から20年にかけては3位へと後退し、撲殺が1位に浮上している」など、調べ上げたデータがそれぞれおもしろいです。

さやわか 平成を通じて続いてきたマンガなので、データを抽出すれば必ず何かが見えてくると思って、(原作コミックスの)95巻分やったんです。

その結果、最初は単純に「刺殺が多いな」という印象を受けたんですが、なぜか途中から撲殺が増えてきた。そこで詳しく調べてみると、恨みつらみではなく、一時的な感情で殺めてしまうケースが増えていることがわかったんです。

それがすごく時代の空気を反映してて。今の時代って、多くの人が熱しやすく冷めやすいというか、感情が簡単に噴き上がるじゃないですか。

──ネットを開けば、毎日炎上騒ぎがありますもんね。一方、平成を語る上で外せないのが東日本大震災だと思います。多くの創作者が意識的にも無意識的にも影響されたと思いますが。

さやわか 震災以降、『コナン』では一時的に「復讐(ふくしゅう)」の話が増えるんです。「死んでしまった恋人の復讐」とか「社長を殺害されて復讐」とか。

──死者への強い思いを感じますね。

さやわか でも、2、3年たつと風向きが変わって、「記事を捏造(ねつぞう)した人への復讐」「閉所恐怖症でパニックになる」みたいな題材が出てくる。それ単体で見ると取るに足らない事件ですが、震災以前にこの手のものが描かれたことはなかった。

──平成の空気感が反映されたという意味では、題材だけでなく、キャラにも目を向ける必要がありますよね。例えば、安室透。ある時は喫茶店で働く私立探偵、ある時は黒ずくめの組織の一員・バーボン、ある時は公安警察ゼロ所属の降谷零......という、てんこ盛りな男です。

さやわか そもそもの話として、青山先生のキャラクター作りって、ものすごく古典的なんです。その最たるものが安室透で、王道のルックスにイケメンの性格で、金髪で色黒。しかも、3つの顔を持っている。よくやるね、という感じですが、青山先生の場合は、そこに「今っぽさ」が乗っかってくるんです。

──サンドイッチを持ってきたり、スーパーに買い出しに行ったりするみたいな?

さやわか そうそう。サンドイッチ作って持ってくるという妙な日常感が......(笑)。

──社会人目線で言えば、安室ってフリーランサー的というか、今の時代っぽい働き方をしていますよね。

さやわか 女性にとっての理想像なんでしょうね。女性はまだまだ社会における自由さが少ないからこそ、あちこち渡り歩いて、自由に生きているキャラに魅力を感じるんだと思います。

──そんなふうに平成を反映し、時に予知してきた『コナン』ですが、令和も連載は続きます。どんな展開を期待しますか?

さやわか コナンが新一に戻るだけだと、それはただ平成6年に逆戻りするだけで意味がないので、子供の姿だったことをいい経験にしていかないといけない。それって、「自分目線ではなく、相手の目線の高さに合わせられる」ということなのではないかと。

読者であるわれわれがそういう視点を持つことができれば、作中で平成後期に描かれていたような刹那的な殺人もなくなっていくはずです。もし『コナン』が平成だけでなく、令和を反映・予知していくのであれば、令和はそういう時代になってほしいなと思います。

●さやわか
1974年生まれ、北海道出身。ライター、物語評論家。音楽・出版業界での勤務を経て執筆活動に入る。著書に『僕たちのゲーム史』『一〇年代文化論』(いずれも星海社新書)、『AKB商法とは何だったのか』(大洋図書)、『文学としてのドラゴンクエスト』(コア新書)など

■『名探偵コナンと平成』
(コア新書 1250円+税)
「なりたいんだ!! 平成のシャーロック・ホームズにな!!」。主人公・工藤新一のそんな宣言で幕を開けた『名探偵コナン』も今年で連載25周年。平成が終わり、令和の新時代に突入した今、『コナン』は何度目かのブームを迎えているという。なぜ、この作品はこんなにも日本人の心をとらえて離さないのか──。『コナン』を通じて、異色の物語評論家が「平成という時代の真実」を"推理"する、意欲的かつ斬新な一冊だ!

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