「日本には『休暇を取ること』に対する抵抗感、罪悪感のようなものがあると感じる」と話すマクニール氏 「日本には『休暇を取ること』に対する抵抗感、罪悪感のようなものがあると感じる」と話すマクニール氏

大手化学メーカーに勤務する男性社員が、育児休業明け2日目に転勤を命じられ、結果的に退職を余儀なくされたという、男性の妻によるSNS投稿が話題を呼び、「男性の育休」に注目が集まっている。そんな中、国連児童基金(ユニセフ)は6月13日、世界41ヵ国の育児政策に関する報告書を発表し、日本は父親の育休制度は世界トップ水準だが、取得率は非常に低い、と指摘した。この「男性の育休問題」、日本に長く住んでいる外国人記者の目にはどう映るか? アイルランド出身で、現在、日本で子育て奮闘中のジャーナリスト、デイヴィッド・マクニール氏に聞いた――。

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──日本でも「男性社員の育休制度」を採り入れる企業は増えてきていますが、現実には「取りにくい」という声があり、この制度を活用する人はごく一部に過ぎません。こうした状況をマクニールさんはどう見ていますか?

マクニール 育休の話をする前に、日本にはそもそも「休暇を取ること」に対する抵抗感、罪悪感のようなものがある、と私は感じます。例えば、日本では企業が従業員に対して年間で最大20日間の有給休暇を与えることが「義務」として法律で定められていますが、日本人の平均的な有給取得日数は1週間程度に過ぎない。私の母国、アイルランドを含めて、ヨーロッパ諸国の労働者なら、有給休暇は法的に認められた「権利」であると考えて、最大限に近い形で休暇を取るはずです。

こうした日本の特徴は、今回のテーマである男性の育休の取得率にも顕著な形で表れています。ユニセフが6月13日に発表した報告書は、「日本は、父親に6ヵ月以上の(全額支給換算)有給育児休業期間を設けた制度を整備している唯一の国だが、2017年に取得した父親はわずか20人に1人」と指摘しています。6月4日に厚生労働省が公表した調査結果では、2018年の取得率は6.16%(速報値)。統計を開始した96年と比べれば50倍になっていますが、それでも極めて低い。この数字は「制度はあっても利用しづらい」という現状を表していると思います。

──ヨーロッパでも男性の育休は一般化しているのですか?

マクニール 2018年からEUに加盟するすべての国で男性の育児休業制度が法的に義務化されています。ただし、制度の具体的な中身については国によって異なっており、例えば、フィンランドだと男性の育児休暇は最大9週間、イギリスは最大2週間ですが、EU加盟国中、17ヵ国が男性にも2週間以上の育児休業取得を保証しています。取得率については、スウェーデンやノルウェーが約80%と高く、ドイツやオランダでも伸びているようです。

──日本でも男性の育休制度は整ってきているのに、取得率がいまだ低い理由はなんだと思いますか?

マクニール 日本の社会は今、人口減少や労働力不足という非常に大きな問題に直面していますよね。政府や、経団連に代表される経済界も、いわゆる「子育て支援」や「働き方改革」によってそうした課題に対処しようとしています。その意味で、日本の労働環境は旧来のシステムから変化してゆく過渡期にある。ただし、そうした制度面での改革を進めても、長年続いてきた日本ならではの「企業文化」は簡単には変わらない。そのため、現実の変化は非常にゆっくりですし、制度の変革と従来の企業文化の間で、さまざまな摩擦が起きているのだと思います。

──日本独自の企業文化とは具体的にどのようなものでしょう?

マクニール まず、日本の企業では、仕事そのものよりも「オフィスにいる時間」で労働者が評価されるような雰囲気がありますよね。長時間働くことで会社への忠誠心をアピールすることが大事だったり、その日の自分の仕事が終わっていても上司や他の同僚が働いていると「なんとなく帰りにくい」と感じたりする人は少なくない。

また、その必然性がなくても「みんなが同じ時間に働くこと」を良しとする雰囲気があるため、みんなが同じように朝早くから家を出て、ラッシュアワーの満員電車に揺られ、遅くまで残業して夜遅く家に帰る。僕の子供の同級生の親たち、主に30代から40代のサラリーマンたちの多くがそういう生活をしています。

労働生産性の見地から見れば、こうした働き方は合理的ではありません。単純な労働時間ではなく、もっと仕事の内容で評価する方向になれば、柔軟な働き方が可能になり、労働生産性は上がります。例えば、今では多くのオフィスワークがコンピュータとネットワークがあれば、オンライン上で可能ですから、働く時間や場所の自由度は広がっているはずです。

そうすれば、全員がラッシュアワーのピークに満員電車で通勤をしなくても、オフィスでの勤務時間をよりフレキシブルにすることが可能ですし、当然、在宅勤務でできることも増える。日本の古い企業文化から抜け出した「新しい働き方」が広がれば、労働生産性が上がり、職場にも「誰かが休暇を取っても柔軟に対応できる」という余裕が生まれるのではないかと思います。

──そうした、旧来の企業文化を変えるヒントや、その具体的な手段があるにもかかわらず、日本人の働き方はなかなか変わっていかないですね。

マクニール これまで「古いシステム」で働いてきた管理職たちの意識を変える必要があるでしょうね。「自分が若いときはこうやって頑張ってきたんだから、同じようにするのが当たり前。それができないのは怠け者」といったような意識を捨てないと、職場の雰囲気は変わりません。

もうひとつ、働き方が変わらない背景にあるのは、子育て支援や働き方改革を進める日本政府や経団連の主な動機が、人口減少と少子高齢化や、それに伴う深刻な労働力不足という「現実的な問題への対処」であって、「国民が安心して子供を育てられる環境を整備したい」とか「働く人たちの暮らしに余裕をもたらしたい」という、「社会正義的なモチベーション」ではないという点です。しかし、私はこうした子育て支援や働き方改革を、人々の「幸福の問題」として捉えることが、非常に重要だと考えています。

国際的にみれば、日本は今でも十分に豊かな国ですし、安全で、食べ物もおいしくて、住みやすい国のはずなのに、国際的な調査を見ると、日本人が感じる幸福度は決して高くありません。その一方で、かつてのような経済成長が期待できなくなった今、日本人の幸せの定義や価値観は少しずつ変化しているように感じます。

近年は「大金持ちになって、大きな家に住んで、立派なクルマに乗って」という、わかりやすい豊かさではなく、あまりガツガツとせず、家族との暮らしに「幸せ」を求める人も増えている。そうした人たちの小さな幸せを実現できる社会を作るためにも、働く人たちが「安心して子育てができる社会環境」の整備は欠かせません。

そのための手段のひとつとして、男性の育休取得が当然の「権利」として認められ、多くの人たちがそれを活用できるようにするためにも、日本の企業や、そこで働く人たちの意識を変えていく必要があると思います。

●デイヴィッド・マクニール
アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している。著書に『雨ニモマケズ 外国人記者が伝えた東日本大震災』(えにし書房刊 ルーシー・バーミンガムとの共著)がある

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