相次ぐ高齢ドライバーの事故で「75歳以上限定免許」を政府が検討開始。一方、欧米では......? *写真はイメージです 相次ぐ高齢ドライバーの事故で「75歳以上限定免許」を政府が検討開始。一方、欧米では......? *写真はイメージです

日本の社会に深刻な影を落とす"暴走老人"の自動車事故。政府は高齢ドライバー向け免許制度の創設も検討し始めた。では、欧米の運転免許制度はどうなっているのか? 自動車ジャーナリストの竹花寿実(たけはな・としみ)氏に解説してもらった。

■14歳、17歳でクルマが運転できる欧米

──高齢ドライバーによる悲惨な事故が続いています。

竹花 日本は急激に高齢化が進んでいますからね。高齢ドライバーの絶対数が増えれば、事故件数が増えるのも当然です。ただ、「高齢ドライバーは危険」と決めつけるのはどうかと。

──というと?

竹花 確かに認知機能の低下などで運転に不適格なドライバーもいるでしょうが、高齢者には経験豊富なドライバーも多い。安全運転は肉体的な能力だけではなく、経験に裏打ちされた正しい判断ができるかどうかも重要なのです。

──ただ、相次ぐ事故で「高齢者は運転免許証を返納せよ!」という風潮もあります。

竹花 自ら「俺の運転は危ないなぁ」と思った人が返納するのはいいと思います。ただ、社会が高齢者に対して「返納すべき!」と圧力をかけるのは問題です。高齢者にも移動の自由があり、クルマが足として欠かせない地域もあるからです。

最近も俳優の杉良太郎さん(74歳)や、教育評論家の尾木直樹さん(72歳)が返納したことが美談のように報じられましたが、返納はあくまでも個人の自由意思で行なわれるべきものです。

──実際、どのくらいのドライバーが返納しているんですか?

竹花 昨年は約42万人で、2年連続で40万人を超えました。このうち75歳以上が返納者の7割近くを占めていますが、75歳以上の免許保有者全体の5%弱です。

──高齢者の免許更新はどうなってるんですか?

竹花 70歳から74歳のドライバーは、高齢者講習受講のほかに、動体視力や夜間視力および視野の測定、ドライブレコーダー等で運転状況を記録しながら運転して指導員から助言を受けなければ更新ができません。

75歳以上になると、これに認知機能検査が加わります。ココで認知症と判断されると、免許の停止または取り消しとなります。信号無視や通行禁止違反など一定の違反行為があった75歳以上のドライバーは、その時点で臨時認知機能検査を受けることになっています。

──欧米でも高齢者の免許制度って同じような感じ?

竹花 先進国の多くで高齢者ドライバーに医師の診断が義務づけられている点が日本と異なります。最も厳しいのはスイスで、70歳以上のドライバーは、交通医療専門医による検査が2年ごとに課せられ、医師の診断をもとに当局が免許を取り消すこともできる。また、初期の認知症のドライバーには、通常より短期の診断が義務づけられますね。

──交通医療専門医なんているんですか。

竹花 スイスは特別です。ただ、ヨーロッパはほとんどの国で70歳以上または75歳以上のドライバーに、医師の診断が義務づけられていて、その結果により免許取り消し、または免許返納勧告などの措置が取られます。

──それ以外に日本と制度的な違いは?

竹花 日本と大きく異なる点は「限定免許制度」があること。ドイツやスイス、アイルランド、アメリカ合衆国の一部の州、ニュージーランドなどは、医師の診断結果により、運転免許に時間・場所・速度などの制限をつけることができます。

──具体的には?

竹花 例えば、「朝8時から夕方5時の間、自宅から5km以内を時速50キロ以下でのみ運転してもよい」という制限がつく。こうすれば、走り慣れた道をゆっくり走るだけなので、認知機能がやや衰えた高齢者ドライバーでも、事故の危険性を抑えることができます。同時に、高齢者の移動の自由も担保できる。

──なるほど!

竹花 高齢になるほど病院に行く機会も増えるでしょうし、自力で外出できれば自宅に引きこもることもなく、健康面でもメリットがあります。何より「自由な移動は個人の基本的な権利」という欧米人の考え方にフィットしている。

──そもそも海外の免許制度は日本とけっこう違う?

竹花 外国の免許制度は「ジュネーブ交通条約」(日本は1964年に批准)や、1968年に締結された「ウィーン交通条約」(日本は未批准)に基づいているので、日本と大枠は大きく変わりませんが、それぞれの国や地域に独自の制度はあります。特にヨーロッパやアメリカには、若者向けの一風変わった免許制度があるんです。

──若者向け?

竹花 例えばドイツでは、通常は18歳から普通自動車免許が取得できますが、事前に申請した、免許取得から5年以上または30歳以上の免許保有者が同乗することを条件に、17歳から運転を許可する「ベグライテッテス・ファーレン(通称BF17)」という制度があります。

──目的は何?

竹花 若いドライバーの交通事故低減です。日本もそうですが、ドイツでも最も事故率が高いのは運転免許取得から間もない若いドライバーです。そこで経験豊富なドライバーを同乗させることを条件に、運転免許を1年早く取得可能とすることで、早い段階で的確な判断の仕方や交通マナーを身につけさせようと、この制度を導入したワケです。

──成果は?

竹花 効果てきめんです。ドイツではBF17の免許制度導入(2011年)以降、それ以前と比較して若年ドライバーの事故件数が30%減少し、交通違反も20%減少。ちなみに飲酒運転は50%も減少したそうです。

──そんなに変わったんだ!

竹花 ちなみにこの制度を利用する場合は、自動車保険も安くなるなど経済的メリットも用意されています。あおり運転が社会問題化するなど、運転マナーが良いとは言えない日本も導入すべきかと。

──同様の制度は他国にも?

竹花 あります。アメリカのモンタナ州やサウスダコタ州、ワイオミング州など一部の州では、運転免許を持つ保護者または21歳以上の家族、もしくは25歳以上で保護者から許可を受けた免許保有者の同乗を条件に、14歳または14歳6ヵ月から運転可能になります。

──日本だと中2ですよ?

竹花 15歳になると、保護者の同乗義務はなくなり、ひとりで自宅と学校の往復のみ運転が許可され、16歳になれば晴れて正式な免許証が取得できるのです。

日本やヨーロッパ以上にクルマが移動に欠かせないアメリカならではの制度といえるでしょうが、ニッポンも時代に即した運転免許制度の見直しが必要かと私は思います。

●竹花寿実(たけはな・としみ)
1973年生まれ。東京造形大学デザイン学科卒業。自動車雑誌や自動車情報サイトのスタッフを経てドイツへ渡る。昨年まで8年間、ドイツ語を駆使して、現地でモータージャーナリストとして活躍。輸入車のスペシャリスト