この夏、連日のように報じられ日本列島に衝撃を与えた「BMWあおり殴打事件」。ああした予測不能な事態にドライブレコーダーが非常に有効なツールなのは100%疑いようもない。ただ一方で、ほんの一部のドラレコ装着車が、交通の「円滑な流れ」を妨げている事実も......。
■爆発的に伸びているドラレコ装着率
一家4人が死傷した2017年の「東名高速夫婦死亡事故」から世間の耳目を集め始めた「あおり運転」問題。
今年8月10日に茨城県内の常磐自動車道で起きた「BMWあおり殴打事件」に至っては、もはやあおり運転の域を超え、事態は行くところまで行き着いてしまった感がある。今の日本は「自分もあんな目に遭ったら」と不安や恐怖を感じながら、日々の運転をする時代になってしまった。
そんな危険から身を守るための基本となるのは、やはりドライブレコーダー(以下、ドラレコ)だ。
自動車評論家の国沢光宏氏も、こうアドバイスする。
「何よりもまずドラレコを装着することです。僕もクルマの前方と後方が録画できるドラレコを装着しています。他車に追突されたり、あおられたときの自衛のためですね」
こうした認識は数字にも表れている。ソニー損保が実施する「全国カーライフ実態調査2018」によると、昨年末時点でのドラレコ装着率は31.7%。あおり運転の社会問題化に伴って、前年の15.3%から実に2倍以上という爆発的な伸びを見せた。今回のあおり殴打事件の報道で、ドラレコ人気がますます加速していることは間違いない。
ドラレコはクルマに取りつけることで映像や音声を記録する装置。もしもの交通事故で、自分に過失がないことを証明するのに有効だ。一般的に交通事故の大半は前進走行中のものだから、前方を映すドラレコがあれば事足りる。しかし、あおり運転が社会問題化している昨今では、後方や周囲360度、また車内を録画するドラレコも急増中だ。
あおり殴打事件でも、被害者が前方だけでなく車内を録画していたからこそ、容疑者のイカレた所業の証拠を残すことができたわけだ。
また、近頃のドラレコ装着車について自動車ライターの佐野弘宗氏はこう話す。
「ルームミラー横に小型カメラをぶら下げたドラレコ装着車が、目に見えて増えています。さらに後方の窓にもドラレコをつけていて、車両の目立つところに『ドラレコ録画中』といったステッカーを貼るのもはやり始めています」
このように自衛の策を取るドライバーはどんどん増えている。前出のソニー損保の調査では「車社会で恐怖を感じること」という質問もあり、18年の回答数では「あおり運転による事故」が前年の11位から急上昇、「飲酒運転による事故」と「ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故」に続く3位となっている。
■わざとゆっくり走る"あおらせ屋"が出現
ただ、前出の国沢氏は「あおり運転問題はふたつに分けなければいけない」と語る。
「先日のあおり殴打事件はあくまで暴行・傷害の刑法犯であって、その犯罪に使われたのがたまたまクルマだっただけです。一方で、車間距離を詰めたりする、あおり運転は道路交通法(道交法)で取り締まるべきですが、あおり運転の定義もあいまいで取り締まりのラインは決まっていないのが現状です」
あおり運転の車間を詰める行為は「車間距離不保持」という交通違反にあたる。だが、そもそも車間距離は「○m以下なら違反」などと厳密に定められているわけではない。
また、安全な車間距離も速度や天候、交通状況によって大きく変わるし、前走車の減速で瞬間的に車間距離が詰まったケースなどは取り締まりの対象にならない。度を越した脅迫行為にまで発展すれば話は別だが、単なるあおり運転を取り締まるのは、現行の道交法では困難なのだ。
そんな現状を受けて、最近は「あおり運転投稿サイト」なるものも登場している。なかでも有名なのは『Number Data』(*)で、同サイトでは悪質運転車両のナンバーや車種、実際に行なわれたあおり運転行為などが、場合によっては動画や画像とともに投稿されて、それがデータベース化されている。
しかし、動画サイトやSNSに投稿されている悪質な運転動画を分析している、日本自動車研究所・主任研究員の北島創氏が次のように話す。
「この種の動画を観察していると『わざとあおらせているな』と思われるものも見受けられます。前後をカットして、挑発した相手があおっている部分だけを都合よく編集している動画もあると思います」
前出の国沢氏もこう話す。
「最近は、わざとゆっくり走って、相手を怒らせて録画してさらす"あおらせ屋"も出現してきました。今後はそういう行為にもタガをはめる必要があります。そのためにも、『どこまでがあおり運転なのか』を定義して、みんなで共有しなければなりません」
ドラレコ装着車が増えて交通マナーに厳しい監視の目が向けられるなか、一部には動画の投稿を目的にした"愉快犯"もいるというわけだ。
■極力相手にせず、うまく抜いて走り去る
さらに佐野氏は"あおらせ屋"以外にも厄介者が増えていると語る。
「後方にドラレコをつけて、追い越し車線をマイペースで走り続けるドライバーも最近よく見ます。後続車もカメラを向けられているものだから、さらされるのが不安で何もアピールできず、結局は延々と後続車がつながってしまう。多くの場合、追い越し車線に居座っている当人は悪気がないどころか、スピード厳守という正義感すら抱いているようで始末が悪い」
んー、制限速度は守っているのだから、それを追い越そうとする後続車が悪いという理屈か。ここまで来ちゃうと、これはドラレコを盾に周囲のドライバーを恐怖に陥れ、ひいては交通状況を悪化させてしまう、いわば"ドラレコモンスター"ではないか!?
「誤解されがちですが、道交法の基本的な概念では『安全』と『円滑な流れ』は同列で、どっちが優先というわけではありません。例えば、横断歩道に歩行者が立っていたら、安全のためにクルマが止まるのが基本ですが、歩行者に横断する意思がないのが明らかなら、円滑な流れのために、そのまま走り抜けるのが正しい。
同じように、走行車線が空いているのに追い越し車線に居座って、円滑な流れを妨げる行為は、制限速度に関係なく『車両通行帯違反』という違反です」(国沢氏)
では、そんなドラレコモンスターへのまっとうな対処法は......?と聞くと、国沢氏、佐野氏共に「今はない!」と断言する。トホホ。
「通行帯違反だけでは、その場にパトカーや白バイが居合わせないと取り締まれないでしょう。あおり運転対策と同じように極力相手にせず、『いかにうまく抜いて、走り去るか』を考えましょう。
そっと走行車線に移って、追い越し車線に居座る車両を自然にやり過ごし、十分な距離を保った状態で再び追い越し車線に戻るのは違反ではありません」(佐野氏)
「さらされても問題にならないグレーゾーンを攻めるしかない。動画でも判断がつかない程度に車間距離を"ちょっとだけ"詰める(笑)。あとは、ハイビームのまま走る、あるいは右ウインカーをつけっぱなしであれば、『消し忘れていました』と逃げられます。ただ、しつこくやるのは威嚇行為になりますから気をつけましょう」(国沢氏)
あおり運転にあおられ屋、ドラレコモンスター......。あおられる恐怖とあおり認定される疑心暗鬼で、運転が楽しくなくなる一方のニッポンの道路。これでいいのか!?
「先ほどのあおり運転投稿サイトも、『私刑』を目的とするのではなく、要注意車両をデータベース化して、ドラレコなどと連携させて健全なドライバーに注意喚起できるといいと思います」(前出・北島氏)
「ドラレコがもっと普及すると同時に悪質運転の定義が浸透してくれば、どこかで落ち着くでしょう。それまではとにかく自衛です」(国沢氏)
いやホント、マジでなんとかしてくれ~!
*『Number Date』のURLは、【https://ja.numberdata.com/】