1億円以上を受け取った豊松前副社長。過去には「原発はテポドンが来ても大丈夫」との発言も

関西電力の役員ら20人が、高浜原発のある福井県高浜町の森山栄治元助役(今年3月に90歳で死去)から多額の金品を受け取っていた事実が発覚した。東京電力福島第一原発事故が起き、全国の原発が停止された2011年から18年までに、小判や金の延べ棒などさまざまな形で合計3億2000万円分が授受されたという。

不可解なのが、関電側の「返そうとすると激高されることもあり、過度に怯(おび)えていた」(八木誠会長)といった言い訳だ。まるで無理やり押しつけられたかのような言いぐさだが、では、それらの金品を渡していた森山元助役とはどんな人物だったのか?

森山氏は1969年に高浜町の職員となり、収入役や助役などを歴任。87年に退職してからも関電プラントの顧問を務めるなど、原発行政に深く関与した。助役時代には各方面の利害を調整し、高浜3号機、4号機(85年に運転開始)の誘致を実現させ町に大きな利益をもたらした――という地元の評価もある。

だが、高浜町の渡邊孝町議(共産党)は「元助役から恫喝(どうかつ)されたことがある」と話す。

「元助役が町役場を退職する前の話ですが、町が工事した擁壁(ようへき)が半年ほどで大雨で壊れてしまったことがありました。施工したのは元助役がよく知っている会社だったので、『手抜き工事だ』と抗議したら、すごい剣幕で『建設のシロウトのおまえに何がわかるんだ!』と逆にすごまれました。歯向かうと何をされるかわからないという恐怖は多くの人が持っていたと思います」

こうした強面(こわもて)ぶりで、原発行政に関しても強権を振るっていたという。

「3号機、4号機の稼働を実現させた大功労者だけに、関電でさえ元助役には逆らえない。それをいいことに、元助役は原発関連企業を設立し、顧問や役員として入り込んだ。

そうして得た利益の一部を、今回発覚したような形で関電経営陣に還流させていたのだと思います。関電経営陣はその後ろ暗さから、さらに元助役の要求を断れなくなる。そんなズブズブの関係が続いてきたのでしょう」(渡邊町議)

関電は、ほかの電力会社なら廃炉にしているような、稼働から40年以上の高浜1号機、2号機を再稼働させようとしている。株主として関電に脱原発を求める「関電株主行動の会」メンバーが言う。

「関電管内ではすでに大飯(おおい)3号機、4号機など4基の原発が再稼働し、黒字経営に転じている。それなのに、老朽化で安全コストがかさむ高浜1号機、2号機の再稼働になぜこだわるのかよくわかりませんでしたが、莫大(ばくだい)な金品授受がその背景にあったと考えれば、すんなり納得できます。

1億円以上の金品を受け取っていたとされる豊松秀己(ひでき)前副社長は、いつなんどきでも強気を崩さないイケイケドンドンの原発推進路線継承者で、高浜1号機、2号機の再稼働にも積極的でした。

ところが、今年6月の株主総会では見違えたようにシュンとしていて、直後に退任が発表され、関連会社への天下りもなかった。なぜなのかと不思議に思っていたのですが、今にして思えば当時、すでに社内調査が進んでいたんですね」

"毒まんじゅう"を食らってしまったのは前副社長だけでなく、現経営陣の中にも大勢いる。この不信感を取り除くことはもうできないだろう。