「資料として購入した女子高生の制服が経費で認められなかった」(40代男性・マンガ家)

■脱税、所得隠し、申告漏れの違い

お笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実が、総額1億円を超える申告漏れ、所得隠しを東京国税局に指摘され、大きな騒動になった。

報道によると、徳井は2009年に株式会社チューリップを設立。所属する吉本興業から支払われるギャラを受け取っていたが、設立以来、期限内に税務申告したことは一度もなく、16年5月には銀行預金を差し押さえられ、ここ3年は税務申告を何もしていなかったという。

その結果、法人税約3700万円、消費税と源泉所得税合わせて約6500万円、合計1億円以上もの追徴課税を受けることとなった。

徳井は不祥事の原因を「想像を絶するだらしなさ、ルーズさ」にあると記者会見で語って話題になったが、税に関する教育が十分に行なわれていない日本では、納税意識が低い人も決して少なくはない。なかには徳井のように失敗してしまう人もいるのだ。

そこで、意図せず申告漏れをしてしまい、痛い目を見てしまった人たちの体験談を紹介していきたい。

具体的なエピソードの前に、そもそも脱税、所得隠し、申告漏れはどう違うのかを確認しておこう。税理士事務所「スバル合同会計」の秋田谷紘平税理士が説明する。

「まず、申告漏れと所得隠しは大きく違い、前者はミスによるもの、後者は意図してわざとやったもの。そして脱税は所得隠しが一定規模を超え、確定申告をやり直す『修正申告』では済まなくなるケースが多く、その悪質さを税務署が証明できるかがポイントになります。

例えば、健康食品会社「メディアハーツ(現・ファビウス)」の元社長、"青汁王子"こと三崎優太さんの場合、架空の広告費やコンサル料を計上し、経費を水増ししたため逮捕に至りました。

一方、徳井さんの場合は悪意や工作が証明できなかったため指摘にとどまりました。とはいえ、金額的にはギリギリのラインなので、もうひと息で逮捕もありえたでしょう」

■税の知識が皆無! そもそも無申告な人たち

納税は「国民の三大義務」のひとつ。自営業者やフリーランスで所得が年38万円超、会社員の副業もその所得が20万円を超えれば確定申告の義務が生じる。

しかし、実際にはそのような感覚がまったく養われないまま、社会人として生活している人も珍しくない。

「美容師業界は最近、フリーランスや個人事業主の人が増えていますが、実は確定申告していない人がかなり多い。僕もそうです。『しなきゃいけない』とわかってはいるけど面倒でしない人もいれば、お勉強は苦手な人の多い業界でもあるので、『確定申告って何?』という人もたくさんいますね」(20代男性・美容師)

この男性の場合、幸か不幸か、税務調査(税務署の職員が納税者の申告内容を確認し、誤りがあれば訂正を求める調査)はまだ来ていないようだが、アポなしの税務調査を突然受けて困惑する人も。

「風俗嬢時代に未払いだった税金を数年後にまとめて支払った」(20代女性・元風俗嬢)

「3年ほど風俗店で働いていたのですが、辞めた後に税務署から指摘されました。風俗嬢時代は日払いでお給料をもらっていて、『うちはちゃんと税金払っているから、君の分も天引きしておくね』とお店から言われて信じていたんです。

でも実際はただボラれていただけで、一円も納税していなかった。約3年分、合計100万円以上をまとめて払う羽目になりました」(20代女性・元風俗嬢)

当たり前のように確定申告している人からすれば、にわかには信じ難い話だが、秋田谷税理士によるとこういう人は案外多いという。

「仕事がものすごく忙しい人のなかには、事務作業や税金面のことをないがしろにする人が一定数います。私が過去に担当したある芸能人の方は1年以上連絡が取れなくなり、2年分まとめて納税しました。

再三せっついても無反応で、『去年やってないのでさすがにヤバいですよ』と言ってやっと動いてくれた。ちなみにその方は事務所に所属せず、フリーランスで活動していました」

■ゲーム課金代はよくてイベント待機中の衣服はダメ?

「ネット情報をうのみにして、家賃をすべて経費として計上」(30代男性・カメラマン)

しかし、確定申告を行なっているにもかかわらず、結果的に所得隠しとなるケースも存在する。

「副業を始めたばかりで税金についてよくわかっていなかった頃、ネットで『家賃は経費になる』と書かれていたのを見て、全額経費に計上していました。15万円くらい確定申告で戻ってきてウハウハだったけど、友人から『全額は危ない』と言われて......。

事業と私用に分けて、適正な割合だけ経費扱いにする『案分』という考えを知らなかったんですよ。知らぬ間に脱税に近いことをしていたと知って肝を冷やしました。それ以降は部屋に占める作業スペースの割合を考慮して、家賃の2割を経費にしています」(30代男性・会社員)

個人事業主にとって、経費をレシートや領収書で管理し申告するのは節税の基本的な手段だ。そうすることで結果的に所得税が安くなる。それ自体はなんの問題もない行為だが、「どこまでを経費にするか」は税務署と見解が分かれることも多い。

「声優は事務所に所属していても自分で確定申告している人がけっこういます。私はスマホゲームの仕事が多く、演技をチェックするために自分が声を当てたキャラを入手する必要があって、その課金代を経費として計上していました。税務署の人に指摘されましたが、仕事以外でゲームはしないので認めてもらえることに。

逆に、イベント待機時に着ていた衣服は『待ち時間に着るにしては高いし、私服に転用してるよね?』ということで経費とは認められませんでした」(20代女性・声優)

税務署の指摘は細かいが、筋は通っているだろう。

だが、税務署と見解が分かれたとき、うまく言い返せず、経費として認められるべきものを認めてもらえないことも。

「マンガ家のなかには制服やメイド衣装、個人で楽しむマンガ代を経費として計上する人がたくさんいます。でも、なぜか僕は資料として購入した女子高生の制服が認められず......。僕は仕事として女子高生を研究しているだけで、本当に好きなのは熟女なのに。さすがに腹が立ちましたね」(40代男性・マンガ家)

このエピソードに対し、秋田谷税理士が税務署側の心理を解説する。

「適切に反論すれば、経費として認められた可能性が高いでしょう。そして、税務署とのやりとりのなかでは『全体のバランス』が大事になります。

税務署の指摘に反論していったとき、『ひとつだけでも修正対象になりませんか?』という交渉になることがよくあるんです。向こうも勤め人なので、すべてを受け入れると上司への体裁が悪いですが、ひとつくらいはおまけしてくれることが多いと思いますよ」

クリエイティブな職種の人は経費をめぐって税務署と意見が対立しやすい。その際、無理のある申告をしすぎると所得隠しと見なされてしまう可能性もある。さじ加減、交渉力が大事なのだ。

■税務調査は若手研修? 税務署のリアルな心理

少額納税者の元への「アポなし税務調査」は、若手調査官の現地研修の意味合いが強い

ところで、税務署の人たちはどのような心理で税金を徴収しに来るのだろうか?

「税務署の方々も勤め人ですから、税金を追加で徴収することが評価になる。そのため、徳井さんのような高額納税者を効率重視で狙っていく傾向は実際あると思います。ただ、それでは公平性に欠けるので、こぢんまりと事業を営む人の元にも一定の割合で調査に入ります。

しかし、この場合、問題点を追及するよりも、若い調査官の現地研修の意味合いが強い。言ってしまえば、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング/現任訓練)ですね」(秋田谷税理士)

つまり、まじめに申告さえしていれば、もし調査が来ても恐れることはないのだ。最後に、今回の徳井騒動について秋田谷税理士が私見を述べる。

「個人事業主やフリーランスの方は将来がものすごく不安なんです。もちろん大企業だっていつ倒産するかわかりませんが、退職金制度などがあってサラリーマンが守られているのも事実。そうでない人々があの手この手で少しでもお金を残そうとするのは当然ですよね。

徳井さんも、今回の行動は決して褒められたものではありませんが、追徴課税を支払った上で、現在は活動を休止しています。最悪の場合、今後復帰できない可能性もある。この報道を通じてわれわれが考えるべきことは、徳井さんへの制裁の余地ではなく、自分の税の意識を振り返ることだと思います」

悪意があろうが、想像を絶するほどルーズであろうが、国民の義務である納税を怠れば、必ずどこかで痛い目を見るのは間違いなさそうだ。