自然災害に強く、街の美化という観点からも注目される「無電柱化」。その実現率は、ロンドン、パリ、香港、シンガポールで100%、台北96%、ソウル49%、ジャカルタ35%に対し、日本は最も高い東京都でも5%弱だ。都市単位で見ても東京23区8%、大阪市6%、名古屋市5%(17年末時点)と大きな差をつけられている上に、電柱は減るどころか増えているという。
そんななか、380ha(東京ドーム80個分)ものエリアで電線をすべて地下に埋めてしまった自治体があった。それが茨城県つくば市だ。
無電柱化が日本でなかなか進まない理由について解説した前編に続き、無電柱化の成功事例のなかでも最先端を走っているつくば市を取材した。
■電柱は"特例扱い"で規制できない
つくばエクスプレスの車窓からは、つくば市に位置するつくば駅や研究学園駅の周辺など、各所で"電線のない街並み"が見える。つくば市無電柱化条例では、市の特定エリアに電柱の設置を禁止する「無電柱化エリア」を指定した。その広さは380ha(東京ドーム80個分)にも及ぶ。
終点のつくば駅に到着すると、その人、小林遼平さん(36歳)が待っていた。大学卒業後、07年につくば市に入庁。以来12年間、一貫して市中心部の町づくりを担当している。彼が日本初の「つくば市無電柱化条例」を作った張本人だ。
つくば市は科学技術立国を牽引(けんいん)する研究学園都市として、1960年代から国策によって整備されてきた町。山林を切り開いた2700haもの広大な土地に、43の研究機関や教育機関を移転させ、そこで働く研究者のために計8000戸もの国家公務員宿舎を建設。
その国策のなかでは無電柱化も同時に進められた。つまり、つくば市はもともと無電柱化の先進都市で、小林さんも「電柱がないのが当たり前」の環境のなかで育った。
だが、入庁して6年目(12年)、当時の政権が国家公務員宿舎の大幅削減計画を発表すると、市内の宿舎の多くが売却され、その跡地に大手ディベロッパーが宅地を開発。そこに続々と電柱が設置された。
「公務員宿舎の一斉売却で人口が大幅に減り、市の経済、地域のコミュニティ、景観が壊されていく。どうにかしなきゃと......」(小林さん)
同時に、防災面でも強い危機感を持った。12年5月、つくば市で竜巻が発生し、死者1名のほか、多くの家屋に甚大な被害をもたらした。
「倒れた電柱が道を遮り、緊急車両が街に入れず、救助活動が遅れてしまった。電柱は防災面でも良くないとあらためて感じさせられました」
そして小林さんは動きだした。まず、都市計画法に基づく地区計画を策定し、公務員宿舎跡地の宅地開発にこんな規制をかけた。
「開発の際は緑化率を10~15%以上に保つこと。各住戸の壁面は道路の中心線から2~10m後退させることなど。こうすれば緑が豊かでゆとりある街並みを保つことができます」
次に、電柱の新規設置を認めないとする規定も盛り込もうと考えたが、ここで最初の壁にぶち当たった。
「電柱は電気事業法などによって"特例扱い"され、都市計画法では設置に制限をかけることができませんでした」
ほかの法制度も探したが、結果は同じ。小林さんは「電柱は既存の法制度では規制のかけようがない」ことを思い知らされた。そこで、次の手段に打って出た。
「無電柱化に協力してもらえるよう、開発を担うディベロッパーに一軒一軒、頭を下げに回ったんです」
だが、大半の開発業者の返事は「ノー」だった。「これは担当者レベルではダメだと思い、市長や副市長に同席してもらって要請したこともあった」が、それでも首を縦に振る業者は少数であった。
「電線を地中化する場合、住宅1戸当たり150万円程度が開発費にのしかかる。業者にとっては、このコストがネックになっていました」
だが、ここでひとつ疑問が浮かぶ。電線を管理する電力会社もコストを負担する立場にあるのでは? NPO法人「電線のない街づくり支援ネットワーク」の事務局長、井上利一(としかず)さんがこう解説する。
「電力会社が負担するのは架空配線した場合の建設コストのみ。地中化すると、架空配線に比べて1戸当たり80万~150万円の費用がプラスでかかりますが、その差額はすべて開発事業者が負担するようにとのルールが各電力会社の規約で定められています」
しかも、その規約は「経産大臣の認可を受けたもの。自治体レベルではどうにもできない」(小林さん)ものだった。
■東京電力とのハードな交渉
もはや八方塞(ふさ)がり。だが、一縷(いちる)の望みは残されていた。
「開発業者が無電柱化に協力できない理由は、『開発が動いた段階でそれを言われると当初の想定よりもコストがかかり採算が取れなくなる』ということでした。でも、『最初からルール化されていたら、やりくりのしようはあった』とも言っていた。
つまり、地中化コストがかかると事前にわかっていたら、それを見込んで土地を取得したり、売価に転嫁したり、開発計画を無電柱化のルールに合わせることができると」(小林さん)
それならと、つくば市独自の"法律"、「条例を作ろう!」と決めた。その内容についてはどう考えていたか。
「近年の無電柱化の流れは、既存の電柱を抜く(その後、電線類を埋設する)というスタンスがほとんど。でも、それよりも圧倒的に速い"年間7万本"というペースで電柱が増え続けているので、それを抑えるほうが先決。だから"抜く"よりも"新たに立てさせない"、そこに強い実効力を持たせる条例が必要だと考えました」
この案を庁内で打ち出すと、市長と副市長は賛同してくれたが、「市がそんな縛りを民間にかけていいのか」「前例がない」などの課題も多く示された。だが、その多くは日本初の条例化に尻込みするような内容だった。小林さんは関係者への説得工作に当たりながら、市の法務担当や関係部署と顔を突き合わせ、条文の作成に取りかかった。
ここでは「性悪説の視点で条例の抜け穴を探し、それを塞ぐ作業」に苦戦し、朝10時から夜中2時まで会議室に缶詰めになる日も多かった。そして約半年後、8つの条文で構成される無電柱化条例が産声を上げ、その後、市議会での議決を経て16年9月に公布されることになった。
こうして、前出の指定エリア内で新規開発を行なう際は、電線類を地下に埋設することが義務づけられた。違反者には是正勧告の上、氏名や住所、勧告内容が公表される。
無電柱化に要する費用については基本、開発事業者に支払いを課す規定とし、そこに市の持ち出しはなく、電力会社にも負担は求めなかった。これは「市の財政にそこまでの余裕がないことと、(前出の)電力会社の"規約"に配慮した」(小林さん)格好だ。
条例を作る過程で「一番苦労した」というのは、やはり電力会社との交渉だった。
「条例化を容認してもらうため、東京電力と面談の場を持ちましたが、先方は最初から『認められない』という姿勢でした」
東電からすれば埋設コストの負担はゼロだが、その後の維持管理費が負担となる。加えて、地震などで被災した場合、道路を掘り返さないと復旧できない。そんな手間とコストを電力会社に強いる条例ができてしまえば、その動きが全国に広がる恐れもある。東電としては、この点がネックになっていたようだ。
小林さんはいったい、どうやって説得したのだろうか。
「電力会社の反応は事前に予測できていました。だから最初から、条例を作るか否かじゃなく、『ウチは絶対にこの条例を作る! あとはお互いがウィンウィンになれるところを探りましょう!』というスタンスで交渉に臨み、相当のペースで何度も話し合いの場を持ちました。
すると『これはもう逃げられない』と思っていただけなのだと思うのですが、だんだん前向きな議論をしてしてもらえるようになり、条例の中身の話に持っていくことができたんです」
だが、無電柱化エリアの範囲をめぐってはつくば市側が譲歩。東電の強い意向により、当初の小林案からは大幅に縮小せざるをえなかったという。
無電柱化には、電力会社の抵抗が最後までつきまとう。前出の井上さんがこう話す。
「つくば市は粘り強い交渉で押し通しましたが、電力会社から『ほかは架空線なのに、お宅の町だけ地中線にするのは不公平でしょ?』などと屁理屈をつけられ、計画が頓挫した案件はゴマンとあります」
このように、無電柱化の実現にはいくつもの分厚い壁があるが、つくば市の小林さんを突き動かしたものは何か?
「街を良くしたい。その思いだけです」
"数十年に一度"レベルの自然災害に毎年のように見舞われる日本。脱"電柱大国"へ、国、自治体、そして電力会社の本気度が試されている。