ベトナムの場合、技能実習生は来日前に送り出し機関へ60万~80万円の手数料を支払う。同国の平均月収が2万円台であることを考えると相当な金額だ。多くは借金を背負った状態で来日する

日本の農業や製造業の現場で、必要不可欠な労働力となっている「外国人技能実習生」。この制度の実態が、当初の想定とはもはやかけ離れたものになっていることはしばしば報じられているが、問題はそれだけではなかった。前編に続き、日本側の仲介業者が不当に手にしていた"甘すぎる果実"の正体を明かす!

■「自分のこと、恥だと思いませんか?」

黒縁眼鏡をかけた若いベトナム人男性が、日本の小旗を手でひらひらとはためかせている。監理団体の幹部を待つ実習生を演じているようだが、その表情はふてくされ、ベトナム語でこうぼやいた。

「毎回お客さんが来たら、どうしていつも王様を迎えるようにしなきゃいけないの?」

動画の場面が切り替わり、その男性が今度は送り出し機関の社員を演じる。へこへこしながら、監理団体の幹部に甘い誘いの言葉をかける。

「会議が終わってから、一緒にマッサージに行きましょう。今日はとてもかわいい女のコを用意しましたよ」

すると、今度はにやけ顔で手を左右に振り、こう返した。

「そんなお気遣いをしていただかなくていいんですよ」

ひとりで実習生、送り出し機関、監理団体の3役をこなした寸劇が終わると、男性は「こんにちは。サムライちゃんです!」と日本語で自己紹介を始めた。

「さっき紹介した例は、現実です。日本の組合(監理団体の俗称)の皆さん、自分のこと、恥だと思いませんか?」

寸劇の役に合わせた表情からは一変、険しい顔つきで訴えかける。

「実習生はすごく大きいお金を払って仕事を求める。家族は貧乏だから借金して送り出し機関に払う。だからお互いさま。なのになんで俺たちはお偉いさまをお迎えするように振る舞わなきゃいけないのか?」

ベトナムの技能実習生送り出し機関で働くズンさん(仮名)によれば、日本の監理団体や受け入れ企業の担当者は高級外車で送迎され、研修センターではレッドカーペットが敷かれるのだという

この主張はまったくの正論だ。だが、それが通用しない実習制度のあり方に、問題の根深さが現れている。

7分間にわたるこの動画は、接待問題がコメディタッチで描かれ、『Samuraichan』というユーチューブチャンネルhttps://youtu.be/DI9cU2hVU4kで配信されている。昨年8月に公開されて以来、再生回数は4万6000回超。チャンネルは日越間でちょっとした話題になっており、登録者数は約6万8000人に上る。

この「サムライちゃん」こと、グエン・カック・ギアーさん(29歳)はかつて、送り出し機関の社員として、日越を行き来していた。その経験を基に動画を作成したという。

「ベトナムでは監理団体の接待もやりました。視察の後の定番は、マッサージに連れていくこと。必ず行く。マッサージはタイプがふたつあって、純粋な肩もみと、ブラックなマッサージ。ブラックはオプションがあって、女のコとエッチします」

監理団体の幹部らとそんな付き合いを続けるうち、ギアーさんは日本に対する嫌悪感を募らせたという。

「組合の人は乱暴。それで日本人と日本のことがいやになってしまいました。実習生も皆、日本に行く前はすごくいいイメージを持っている。でも実際に行ってひどい目に遭ってショックを受ける。ほかのベトナム人にはそういう思いをさせたくないんです」

■常態化している日本側へのキックバック

監理団体と送り出し機関の歪な関係は、過剰接待だけにとどまらない。

私の手元にある文書には、日本語で次のように箇条書きされている。

・入国済みの実習生が失踪した場合、入国1年以内、2年以内、3年以内の場合、乙は甲へ(それぞれ)30万円、20万円、15万円の支払いを行うものとする。

・実習生が日本入国後、1週間以内に、乙は甲に礼金をお支払いすることとする。この礼金は、入国実習生3名以下の場合、(各)1000米ドルで、3名以上の場合(各)1200米ドルとする。

「乙」は送り出し機関、「甲」は監理団体のことを指す。文書は実習生を送り出す際、双方が交わす「覚書」だ。箇条書きのひとつ目は、実習生が失踪した際に送り出し機関が支払う賠償額について、ふたつ目は送り出し機関が監理団体に支払うキックバックについて定めたものだ。いずれも非営利の監理団体が手数料や報酬の受け取りを禁じる技能実習法に違反しているが、こうした違法行為が、水面下で横行しているのである。

ある送り出し機関と監理団体の間で交わされた「覚書」。上は来日後に実習生が失踪した際の賠償金。下は実習生を採用した際の「礼金」、つまりキックバックに関する取り決めだ

「送り出し機関」で働く前出のベトナム人男性・ズンさん(仮名)が語る。

「送り出し機関や監理団体によって覚書の内容は少し違いますが、だいたい同じです。最近は覚書を使わず、口約束が多い。悪い監理団体は、礼金をひとり当たり2000~2500ドル(約21万~27万円)も取ります」

監理団体の業務は、技能実習の実施状況や実習生の生活環境などの確認で、定期的に行なうことが義務づけられている。いわば監査役だ。この業務と引き替えに、受け入れ企業からは実習生ひとり当たり月々平均3万円の「監理費」を徴収している。例えば、ある団体が紹介した実習生が企業に1000人雇用されていれば、監理費だけで月々3000万円が入る。実にうまみのある商売と言えるだろう。

ズンさんとは別の送り出し機関で働くベトナム人男性が実情を明かす。

「キックバックを払わないと次は実習生を取ってもらえない。もう付き合わないと監理団体から言われる。だから絶対に払う。お金は手渡し。実習生が日本に入国した後、その次の面接時に払う。領収書もありません」

このベトナム人男性が働く送り出し機関はこれまで、4つの監理団体に500人以上を派遣してきた。キックバックの額は団体によっても異なるが、総額で7000万円弱を支払っているという。そしてこのキックバックも、原資となっているのは実習生の手数料なのだ。

前述の外国人技能実習機構によると、監理団体は5月中旬現在、日本全国に約2950団体ある。機構は監理団体に対して年1回、受け入れ企業に対しては3年に1回、技能実習が適正に実施されているかを確認する実地検査を行なっている。17年1月の創設以来、約30の監理団体と企業が不適切として受け入れ資格を取り消された。処分を受けると5年間、実習生の受け入れができない。

だが、ズンさんら複数の送り出し機関社員が証言するように、認定取り消しの対象となるはずのキックバックや失踪時の違約金は水面下では依然として常態化している。この点について同機構企画・広報課に尋ねると、

「実地検査という形で監理団体や受け入れ企業に日々、確認を取っている」

と、型どおりの回答が返ってきただけだった。機構の対応は後手に回っていると言わざるをえず、次のようなケースも含めて監理団体による違法行為は事実上、野放しにされている。

■「帰国か、中絶か」の二択を迫られる

「ベトナムへ帰っておいでって言ったでしょ?」

「はい」

「ベトナムへ帰ってベトナムで産むでしょ? 赤ちゃん産むの。ダメなことしたんだよ」

「はい」

「まだ1年お仕事しなきゃいけないから。なのに今、赤ちゃんができたってことは、ダメなことなんだよ。わかる? 全然わかってないよ(笑)」

日本人の中年女性があきれた声で、一方的にベトナム人女性に説教をたれている。

今年1月下旬、三重県にあるパン工場での一幕。実習生のベトナム人女性、ホアンさん(仮名、20歳)が、妊娠の事実を工場の日本人女性担当者に打ち明けたところ、ベトナムに帰国するよう命じられた。

ホアンさんは来日から2年もたっておらず、在留期間はまだ1年以上も残っていた。にもかかわらず会社は、

「妊娠したやつは使えないから本国へ帰れ」

と帰国を迫ったのだ。

先述のやりとりは、その状況をホアンさんがスマホで録音した音声データである。

ホアンさんはその後、SNSを通じ、実習生を支援する全統一労働組合(東京都台東区)に相談し、岐阜県羽島市にある外国人支援団体のシェルターへ駆け込んだ。

男女雇用機会均等法第9条は、妊娠を退職理由とすることを禁じており、これは外国人労働者にも適用される。

技能実習制度を管轄する法務省、厚生労働省、外国人技能実習機構は19年3月、婚姻や妊娠、出産等を理由とする実習生の解雇その他不利益な取扱いを認めないとする行政通達を出した。しかし、ホアンさんのように実習生に妊娠が発覚すると、「帰国か、中絶か」の二者択一を迫られるケースは後を絶たない。

シェルターで私の取材に応じたホアンさんは、会社の対応にこう不満をぶつけた。

「同僚の日本人も妊娠してお腹が大きくなっていたが、仕事を辞めさせられることはなかった。なのにどうして私だけ辞めさせられるのか」

ホアンさんが来日したのは18年5月。高校卒業後、先に実習生として来日した友達に勧められたのがきっかけだった。手数料約60万円は父親が借金をして工面してくれた。

パン工場での仕事は、ベルトコンベヤーでは運ばれてくるケーキにイチゴをのせたり、段ボール箱を組み立てるなどの単純作業だった。月給は諸々引かれて手取り約11万円だが、残業すると15万円に増えた。

実習生の平均を上回る待遇に、ホアンさん自身も特に不満はなかった。だからこそ、突然の帰国を告げられ、戸惑ったのだ。ホアンさんがその胸中を吐露する。

「給料の大半を仕送りしていました。借金返済のためと、両親に少しでもいい暮らしをしてほしかった。でもまだ借金は残っているので、できれば出産のためにベトナムに一時帰国し、また日本に戻って働きたいです」

ホアンさんを支援する全統一労働組合は、岐阜一般労働組合と連携し、パン工場を経営する愛知県の本社と監理団体に対し、強制的な帰国の取りやめや出産休暇、適正な母性保護の措置など、実習生の不利益にならない対応を要請。

交渉の末、産休としてホアンさんをベトナムに一時帰国させたが、出産後の職場復帰をめぐっては話し合いが難航している。

全統一労働組合の佐々木史朗書記長はこうした強制帰国について、実習生の労働力が単に「商品」と見なされている現状を指摘する。

「安価な労働力を購入した企業で、商品に不具合が起きれば、『返品』や『新品交換』するのが手っ取り早い。強制帰国は、技能実習制度が労働者をモノ扱いするシステムであることを象徴している」

全統一労働組合の佐々木史朗書記長。同組合は技能実習生の支援を行なっており、ホアンさん(仮名)のケースでも企業側との交渉を行なった

その裏には、日本人による「アジア人蔑視(べっし)」も透けて見える。

ただ、企業からすれば、3年という期間限定のなかで妊娠を理由に働けなくなるのは「非効率」と訴えたくなる経営者の立場もあるだろう。そもそも現行の制度が、中小零細企業の人手不足を解消させるという目的にそぐわないのだ。

にもかかわらず政府は、経済格差を利用した外国人の労働力に依存し続けているから綻(ほころ)びが生じる。そうして事件が発覚したら対応するという「モグラ叩き」の状態に陥っているだけだ。

コロナの感染拡大で、会社の倒産や失業者は相次ぎ、日本の雇用環境は未曽有の危機的状況に直面している。収束後の回復にどれだけ時間がかかるのか、予測はつかない。

とはいえ日本の労働市場は少子高齢化による人手不足に歯止めがかからないため、今後も外国人の労働力に頼らざるをえないだろう。いま一度、その受け入れ体制を根底から見直す必要がある。

●水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクションライター。現在、アジアと東京・山谷を拠点に活動。2011年『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など