「診察時に『様子を見ましょう』と言われると不安に思うでしょう。しかし、投薬を行なうと病気の経過を正確に判断できなくなるので、何もせず見守るのも立派な治療なのです」と語る山本健人氏 「診察時に『様子を見ましょう』と言われると不安に思うでしょう。しかし、投薬を行なうと病気の経過を正確に判断できなくなるので、何もせず見守るのも立派な治療なのです」と語る山本健人氏

新型コロナウイルスに関する新情報の中には不正確なものも多く、今でもしばしば混乱が生じている。特に治療薬やワクチンについては、開発が進み日々状況が変わり続けているため、現状をキャッチアップし続けるのも一般人にとってそれほど簡単なことではない。

一方、コロナの対応に当たる医療現場では、2月中旬から次々と病院での院内感染が報じられ、受診を控える人々が急増。それを受け4月13日には時限的な措置として、初診でのオンライン診療がスタートした。

今こそわれわれは医療リテラシーを上げ、病院をうまく使う必要に迫られていると言えるだろう。医師と患者の情報格差によるすれ違いを埋めるべく、医療情報サイト『外科医の視点』で情報発信を続ける医師・山本健人(たけひと)氏に、ウィズコロナ時代にも通用する病院や医者の上手な活用方法を聞いた。

* * *

――新型コロナが拡大した際には、感染者用のベッドの確保が逼迫(ひっぱく)する一方で、コロナ患者を受け入れていない病院では外来患者が大幅に減ったと聞きます。

山本 そうですね。今回の一件を機に、これまでの受診のなかにも不要不急だったものが一定数あったことが浮き彫りになりました。その最たる例が風邪やインフルエンザ。特に風邪は、本来自宅で休んでいれば自然に治る病気ですが、多くの人は病院を訪れます。なぜこうしたことが起こるのかというと、患者さんや周囲の人が病院のかかり方を知らないからです。

――われわれは病院に行くべきかどうかも正しく判断できていないと。では、病院にかかる必要があるのはどんなときですか?

山本 その線引きは非常に難しい問題で一概には言えません。ただ、「初めて感じる不調かどうか」というのは重要な目安になります。例えば頭痛であれば、過去にも似たような痛みを経験していて数日で治まったのなら、緊急性は低いかもしれません。反対に経験したことのないような痛みであれば、すぐに受診すべきでしょう。

――不調を感じたらすぐに受診するのがよいと思っていましたが、そうとも限らないのですね。

山本 そうですね。ただ、不要不急の受診が起こるのは患者さんだけではなく医師のほうにも問題があります。病院は薬を出したり検査をしたり、行なった医療行為に対してお金が支払われる仕組みになっている。つまり、患者さんに「こういうときは受診しないで自宅療養でいいですよ」と言うだけでは報酬はわずかなのです。

もちろんそうであっても必要な説明はすべきですが、多忙ななかで患者さんに納得してもらうように説明するのはとても難しい。心身が健康なときなら受け入れやすいかもしれませんが、体調が悪いときに「家で寝ていれば治ります」と言われて納得できる患者さんは少ないのではないでしょうか。

――受診だけではなく、検査についても誤解している患者が多いと本書にありますね。

山本 患者さんの多くは、検査を受ければ白黒がはっきりすると考えているようです。しかし、検査とは病気である可能性を0から100の間でどちらかに近づけてくれるものにすぎません。病気が一定以上の段階に進み、検査で検出できるようになって初めて陽性になるわけですから、それ以前はたとえ病気が隠れていても偽陰性になります。

また、検査は受ければ受けるほど幸せになれるものでもありません。ひとたび異常が見つかれば病院では徹底的に精密検査を行ないますが、それでも原因が特定できないことはよくあります。

その場合、体には検査のダメージだけが残ることも。ですから医師は、検査を受けるメリットとデメリットを天秤(てんびん)にかけて、本当に必要な検査だけを勧めているのです。

――今回の新型コロナで、検査が必ずしも万能ではないことを知った人も多いのではと思います。このように、日常の診療のなかで患者が誤解していたり、医師の意図が伝わっていないと感じることはほかにありますか?

山本 例えば、何もしないで様子を見る「無治療経過観察」も立派な治療であることは理解されにくいですね。病気の初期で判断がつかない場合、いったん時間をおくことは重要な戦略です。ここでヘタに投薬などをしてしまうと、病気の経過を正確に判断できなくなってしまいますからね。

「様子を見ましょう」と言われると不安に感じるかもしれませんが、医師は消去法で最も恐ろしい可能性から順に消していくので過度に恐れる必要はありません。それでも不安でしたら、「次にどのようなことが起きたら、どういう対処をすべきか」をきちんと医師に聞いておきましょう。

――医療系のテレビドラマを見てできたイメージによる誤解もいろいろありそうですね。

山本 たくさんあります。例えば、手術ができるかできないかは医師の技術で変わるのではありません。治療は全国標準的なガイドラインに沿って行なわれるのが一般的です。

そのため、手術したほうが長く生きられるなら手術しますし、抗がん剤のほうが良ければ抗がん剤を選択します。つまり、ゴッドハンドと呼ばれる名医しかできない手術はめったにないということです。

――最後に、われわれは医療に関する情報の真偽をどうやって判断すればいいのでしょうか。

山本 ひとつは、メディアの情報を100パーセントうのみにしないこと。常に公的機関や学会などの情報を確認する習慣をつけるといいですね。そして、根拠の確かな医療情報にはセンセーショナルな新事実がないと知ってほしいと思います。

信頼に足るのは、人を対象に行なわれた大規模な調査研究である臨床試験で裏づけされた情報です。そうした確かな情報は学会などを通じて共有されるため、誰かひとりだけが知っている特別な情報というのはありえません。

――医療リテラシーを高めるのは大変ですね。

山本 だからこそ、専門家である医者をうまく使いこなしていただきたいのです。あまり意識していないかもしれませんが、日本は自由に病院を選べて料金も一律と、おそらく世界一医療へのアクセスが自由な国です。

その半面「何かあればすぐ病院へ」という習慣が根づきましたが、受動的に利用してなんとなく満足したり、不安や不満を抱えながら受診するのはもったいない。ぜひとも、医者から情報を最大限引き出し、医療サービスをフル活用する"手だれの患者"を目指してほしいです。

●山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科、消化管外科。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト『外科医の視点』を運営し、開設3年で1000万PVを超えるアクセスを記録。全国各地でボランティア講演を精力的に行なっている。著書に『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎新書)などがある

■『医者と病院をうまく使い倒す34の心得 人生100年時代に自分を守る上手な治療の受け方』
(KADOKAWA 1400円+税)
誰もが病院に行ったことがある一方で、病院の上手な利用法を教わった人はいない。病院にはどんな格好で行くべきか? 受けたい検査は希望してもいいのか? 医者に自分の症状をどのように伝えればいいのか? 医師である筆者が10年以上の実務のなかで蓄積した、医者や病院をうまく使い倒すための技術を「検査」「診察」「薬」「コミュニケーション」、そして医者からの「アドバイス」の5項目に分けて紹介する

★『“本”人襲撃!』は毎週火曜日更新!★