著者である神谷悠一氏(左)と松岡宗嗣氏(右)
最近いわゆる「パワハラ防止法」が施行されたことにより、全企業にハラスメント対策が義務づけられることになりましたが、その中に「LGBT」に関するものも含まれていることをご存じでしょうか?

近刊『LGBTとハラスメント』(集英社新書/神谷悠一、松岡宗嗣著)では当事者を困らせてしまいがちな、よくあるハラスメントのパターンを22個ピックアップし、解説しています。

政策や法制度などのLGBT関連情報を発信する一般社団法人fair代表理事であり、共著者の一人である松岡宗嗣さんに、本書の見どころを紹介してもらいました。

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2020年6月に施行された「パワハラ防止法」、企業は職場のパワーハラスメントを防止しなければいけないということが法律で義務付けられています(中小企業は2022年4月から)。

実はこの「パワーハラスメント」には、例えば「お前ホモみたいだな」「あの人は元男なんだよ」といった、性のあり方に関するハラスメントも含まれていることをご存知でしょうか。

例えば「ホモ」や「オカマ」「おとこおんな」などの差別的な意味合いを含む言葉による嘲笑をはじめ、「性的指向(Sexual Orientation):自分の恋愛や性愛の感情がどの性別に向くか向かないか」や「性自認(Gender Identity):自分の性別をどのように認識しているか」に関する侮蔑的な言動を「SOGIハラ」といいます。

また、本人の性的指向や性自認を、同意なく第三者に暴露することを「アウティング」といい、どちらも今回の法制化で「パワーハラスメント」に含まれることになりました。

筆者はゲイの当事者で、普段はライターとしてLGBTに関する情報を発信しています。「SOGIハラ」や「アウティング」についても取材を重ねており、今回集英社新書より『LGBTとハラスメント』という本を出版しました。

本書では、共著者の神谷悠一さん(LGBT関連団体の全国組織『LGBT法連合会』事務局長)とともに、こうしたハラスメントに繋がりやすいLGBTに関する「よくある勘違い」を22のパターンに分けて解説しています。

あなたも、以下のような"勘違い"、していませんか?

■「カミングアウトされたら襲われる?」

例えば、典型的なものとして「LGBTは自然に反する」「カミングアウトされたら襲われる」「LGBTではない=普通」といった偏見や思い込みについて取り上げています。

「LGBTは自然の摂理に反するのでは」。これは私も実際に講演会などで何度も問いかけられてきた質問の一つです。ここで言う"自然"とは、きっと「動物は子孫を残すことが本能として備わっている」ということを指しているのでしょう。

しかし、ペンギンやカクレクマノミなど、数多くの動物でも同性愛行為や性別の移行は確認されていたり、人間の世界でも(今で言う"LGBT"かどうかは断定できませんが)はるか昔から存在しているのです。とはいえ、こうした根強い「自然/不自然」や「普通/異常」という考え方によって、歴史的にも同性愛やトランスジェンダーは精神疾患だと捉えられてきました。当事者は社会からさまざまなスティグマ(負の烙印)を貼られ、差別的な取り扱いを受けてしまっている現状が今でも続いています。

「カミングアウトされたら襲われる」というものも、LGBTは「普通じゃない」という考えや、「趣味嗜好」として捉えられ、過度に性的なものとして位置付けられてきたことが大きく影響しているでしょう。しかし、当然ながら同性愛者にも好きなタイプはありますし、恋愛や性的な関心が高い人もいれば低い人もいる、"人それぞれ"でしかありません。

こうした思い込みや偏見がはびこってしまっている現状の背景には、そもそも「ウチの職場にLGBTはいない」と思われていることが要因の一つとして挙げられるでしょう。

LGBTの人口はさまざまな調査から、約3~8%程度と言われています。2010年代後半から飛躍的にLGBTという言葉の認知は進み、厚労省の調査では、非当事者のうちLGBTという人たちが世の中にいることを認識している人は9割に上りました。

一方で、約7割の人が「ウチの職場にLGBTはいない」と思っている現状。それも当然で、実は職場におけるLGBTのカミングアウト率もたった1割前後なのです。なぜならカミングアウトすると、上述したようなハラスメントを受ける可能性が少なくないため、当事者は自分の性的指向や性自認を打ち明けることが依然として難しい現状があります。

こうした現状を打破するためには、"無意識"で"悪気のない"ハラスメントをなくすこと。そのためには上述したような「思い込み」を一つ一つ解消していくことが重要ではないでしょうか。

■「私は気にしない」が差別しない証明?

「さすがにカミングアウトされて"襲われる"とは思わない」とか、「LGBTの人がいても別にいいし、自分は気にしない」と思う人も多いかもしれません。しかし、ここにも注意すべき落とし穴があることを本書では取り上げています。

例えば「『自分は特に気にしないから』と暴露してしまう」や「『私は気にしない』が『差別しない』だと思ってしまう」「私はLGBTの友人がいるから理解がある」というパターンについても解説しています。

「自分は特に気にしないから」と暴露してしまうケースは、例えば「あの人、実はレズビアンなんだよ」と悪意でアウティングすることは言語道断ですが、"善意"のアウティングにも注意が必要だというのがポイントです。たとえ自分は理解していても、アウティングした先の人が100%理解があるとは言い切れません。当事者にとってアウティングされることによる危険性はどれほどのものなのかを認識することと同時に、勝手に「大したことはない」(または、反対に「かわいそうな弱者」)とジャッジせず、本人の捉え方を尊重し確認することが重要でしょう。

「私は気にしない」が「差別しない」だと思ってしまうという件も同様で、気にしていなくても、無意識に差別的な言動をしてしまうことは往々にしてあり得ます。むしろ「気にしない」という考えや、または「みんな違っていい」と問題を矮小化してしまうことは、かえって当事者の抱える困難を温存してしまう可能性があるのです。

「私はLGBTの友人がいるから理解がある」というパターンは、確かに友人がいることでより認識が深まるということはありますが、だからといって理解している/偏見がないと言い切ることには注意が必要です。筆者にも"女性"の友人や"外国人"の友人がいますが、女性のすべて、外国人のすべてを理解しているわけではないように、LGBTの友人がいるからといって、LGBTのすべてを理解できるわけではないからです。

■性に関する認識をアップデート

上述したパターンは、本書で取り上げた解説をさらにギュッとまとめたものになります。本書ではこの他にもLGBTに関するよくある勘違いをパターン分けし、実際に起きたSOGIハラ・アウティング事例を交えながら紹介しています。後半は今回の「パワハラ防止法」について、SOGIハラ・アウティングを防止するために企業に求められる具体的な取り組みを解説しています。

「ウチにLGBTはいないから」は通用しないフェーズに突入しています。この機会にぜひ本書をお手にとっていただき、性に関する認識をアップデートするお手伝いができれば幸いです。


■『LGBTとハラスメント』(集英社新書 定価:本体820円+税) 

著者:神谷悠一 松岡宗嗣