「本来、『商品』として市場に委ねるべきではないものを、〈コモン〉として自分たちの手に取り戻す」と語る斎藤幸平氏

数十年に一度、100年に一度といわれる自然災害が世界各地で毎年のように発生し、地球温暖化を懸念する声が上がる一方で、各国の思惑の違いや経済優先の声に押されて、気候変動解決への取り組みはなかなか進まない。

こうした問題を解決するには、資本主義そのものの見直しが必要だと訴えるのが、大阪市立大学大学院准教授で経済思想家の斎藤幸平氏だ。新著『人新世の「資本論」』で提唱する「脱成長コミュニズム」とは何か。

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――本のタイトルにもある「人新世(じんしんせい)」ってなんですか?

斎藤 「人類の経済活動の痕跡が地球全体を覆った時代」という意味で提唱されている、地質年代の最新区分です。地質年代といえば恐竜のいた「ジュラ紀」などが有名ですが、いきすぎた資本主義が地球を破壊していることへの警鐘として、この「人新世」という言葉が今、注目されています。

実際、ビル、農地、ダムだけでなく、海洋のプラスチックゴミから大気中の二酸化炭素まで、地球環境に壊滅的打撃を与えています。

その結果、現代社会はふたつの危機に直面しています。ひとつ目は、「人新世」を生み出した資本主義の危機です。際限なく利潤獲得を求める資本主義は世界中を覆い尽くした結果行き詰まり、長期停滞に苦しんでいる。

もはや、その延命のためには、労働者からの搾取を強めるしかない。日本でも「上級国民」という言葉がはやるほどで、格差の拡大が続いているのは日々実感していますよね。

もうひとつが気候変動をはじめとする環境危機です。資本主義は労働者だけでなく、自然環境をも搾取しながら、発展していく。二酸化炭素排出量の増加が、経済成長と並行していることからもわかるように、気候変動の原因は、無限の経済成長を目指す資本主義なのです。

――でも一方で、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)のように気候変動の解決に取り組む動きもあるし、個人も行動を始めていますよね?

斎藤 エコバッグやマイボトルを持ち歩くといった程度の変革では意味がないんですよ。SDGsも百害あって一利なし。「自分は温暖化対策につながることをしている」という自己満足に陥り、現実から目を背ける免罪符になるだけだからです。

私が本書で「SDGsは大衆のアヘンである」と書いたのはそのためです。今、本当に必要なのは、資本主義というシステムに大胆に挑むことなのです。

――「エコな資本主義」を探る道はないのでしょうか?

斎藤 多くの人が望むのは、資本主義のもとでテクノロジーを発展させ、二酸化炭素排出量の削減を実行することですよね。それで気候変動が止まれば、万々歳だという思考です。

しかし、現実にはそうならない。無限の経済成長を追い求めながら、二酸化炭素排出量を十分に減らすことはできません。けれども、資本主義には自ら成長を止めることなどとうていできない。

常に新しい何かに投資をして、絶えず資本を増やしていくためには、新しい市場をつくり出して、ますます多くのモノを売らなければならないから。「拡大と成長」が大前提で、止まったら死んでしまうのが資本主義なんです。

だから、資本主義の加速に断固として歯止めをかける以外に、この危機に対する解決策はないというのが私の考えです。その知恵をマルクスのコミュニズム(共産主義)思想に求めたのが、私がこの本で示す「脱成長コミュニズム」という考え方なのです。

――「脱成長」というのは、なんとなく理解できても、「コミュニズム」(共産主義)には抵抗がある人も多い気がします。

斎藤 一般的にはソ連のイメージですよねえ。けれども、古いタイプのマルクス主義者たちがいう共産主義とはまったく違う、21世紀のコミュニズムをこの本では提唱しています。

現在の「人新世」の状態は、あらゆるものを資本主義が商品化し、儲けの手段にしてしまった結果です。人々が生活する上で絶対的に必要なものまでが「単なる商品」と化してしまった。

例えば、それは水や電気や土地などです。現代的なものでいえばインターネット。新型コロナウイルスの文脈でいえばマスクもそうです。感染拡大前は「儲からない」といってマスクの国内生産は減らされていました。

本当に必要なものまで商品化された結果、私たちの生活は不安定になり、貧しくなっている。本来、生きていくために必要なものは「商品」ではなくて、誰もがアクセスできる「共有財産」にしていかないといけない。これを私の本では〈コモン〉と呼んでいます。

この本でいうコミュニズムは、共産主義革命を起こそうという話ではないし、ソ連や中国のような国家統制を目指すものでもありません。本来、「商品」として市場に委ねるべきではないものを、〈コモン〉として自分たちの手に取り戻していこうという話なんです。

――でも、現実にそんなことが可能でしょうか?

斎藤 世界を見渡すと、すでに〈コモン〉を取り戻す試みはいろいろな形で存在します。例えば「市民電力」です。東京電力に依存しなくても、自分たちで太陽光パネルを共同出資して地域で電気を管理すればいい。

ウーバーのようなシェアリングエコノミーもそう。今は企業によって独占されて、高い手数料を取られていますが、アプリのユーザーたちが自分たちで管理する〈コモン〉にすることは可能です。実際、ヨーロッパでは今、Airbnbに対抗してFairbnbといって、地域による地域のための民泊をやろうという動きが出てきています。

〈コモン〉を広げていった先に待っているのが、新しい21世紀のコミュニズムです。資本の無限の膨張に歯止めをかけて、経済をスローダウンし、庶民の生活と自然環境を優先する社会に大転換する。資本が生み出す欠乏や破壊から脱却すれば、私たちの生活はより豊かなものになるのです。豊かさと経済のスローダウンは両立します。

逆にそれを求めなければ、気候変動などの環境危機は悪化し、不平等や経済格差が深刻化し、社会秩序も乱れ、社会は野蛮化していきます。

「目先のエコ」にとらわれるのではなく、世界はもっと大きな変革の必要性に直面しているのだという視点を多くの人と共有したいのです。

●斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。『Karl Marx's Ecosocialism: Capital,Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy』(邦訳『大洪水の前に』)で権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初歴代最年少で受賞。同書は世界5ヵ国で刊行。編著に『未来への大分岐』(集英社新書)など

■『人新世の「資本論」』
(集英社新書 1020円+税)*9月17日(木)発売
世界各地で数十年に一度、100年に一度といった異常気象が頻発している。人類が直面する気候変動の問題を解決するには資本主義そのものを見直すほかない――。気鋭の経済思想家が、カール・マルクスが晩年にたどり着いた「脱成長の共産主義」に着想を得て、資本主義に代わる新しい21世紀のコミュニズムのあり方を提唱する

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