ドイツでは信号のない横断歩道に歩行者がいるとクルマは停止。日本は8割が止まらない ドイツでは信号のない横断歩道に歩行者がいるとクルマは停止。日本は8割が止まらない

10月8日、「池袋暴走事故」の公判が始まり高齢ドライバーによる事故を防ぐ機運が再び高まっている。日本同様高齢化が進むクルマ大国の対策とは?

欧州に詳しい自動車ジャーナリスト・竹花寿実(たけはな・としみ)氏が解説する。

■ドイツもMT比率は年々下がっていた

――高齢者の交通事故対策として、今年6月に道路交通法が改正されました。一定の交通違反歴のある75歳以上の人が免許を更新する際は運転技能検査(実車試験)を義務づけ、それに合格しないと免許を更新させないわけですが、ほかに対策はないのかなと。

そこでクルマ大国ドイツの事情を知りたいのですが、そもそもドイツで高齢ドライバーの事故が社会問題になったことはあるんですか?

竹花 ドイツも日本と同様に急速な高齢化が進んでいる国ですが、高齢者の運転は特に社会問題化していません。事故もそれなりに発生してはいますが、高齢者の運転を問題視したような報道はない。

――警察庁のまとめでは、昨年75歳以上が起こした死亡事故は401件。事故の要因で目立つのはブレーキとアクセルの踏み間違いです。それを踏まえて「日本はAT車ばかりだから踏み間違えが起きる」という意見があります。

竹花 ドイツは日本と比べればAT車は少なく、今も半分弱がMT車です。一方で日本はMT車の販売比率は2%程度。ドイツでは、特にコンパクトカーはMTが主流です。

――コンパクトカー以外は?

竹花 メルセデス・ベンツCクラスやBMW3シリーズ、アウディA4にはMTが用意されていますが、現在はミドルクラス以上のAT比率は7割以上で、MT比率は年々下がっています。メルセデス・ベンツEクラスも先代まではMTがありましたが、先日登場した新型では消滅しました。

――ドイツでもAT比率が徐々に高くなっているとすれば、今後は踏み間違いによる事故が増えるのでは?

竹花 ありえるとは思いますが、ドイツはやはり日本とはあらゆる面で交通事情が違うなと。

市街地では50キロや30キロの速度規制を守り、無理な割り込みもほとんどないドイツ 市街地では50キロや30キロの速度規制を守り、無理な割り込みもほとんどないドイツ

――具体的には?

竹花 まず「限定免許制度」ですね。高齢者は医師の診断結果に応じて、運転していい時間、範囲、最高速度などの制限を運転免許につけられるんです。

限定免許では、例えば自宅近くの走り慣れた道だけをクルマでゆっくり走ることだけが許可されるわけですが、高齢者は自分の力で病院に行けるし、最低限の行動の自由も担保できます。

――ほかに日本と違う部分は?

竹花 あとはドライバーの意識ですね。ドイツの運転免許は有効期間が15年と日本に比べて長く、その期間は更新の必要もない。しかしドイツ人は「自分の責任は自分で取る」という意識が非常に強いので、年齢を重ねて運転能力が落ちてくると、有効期間が残っていても運転免許を自主的に返納する人が以前から多いんです。

――日本でも運転免許証の自主返納が進み、昨年は60万件を超えて過去最多を更新。その内訳は75歳以上が約6割でしたが、ドイツにも運転免許の返納制度があるわけですね。

竹花 あります。返納を考える人が多いので、自動車教習所やADAC(ドイツ自動車連盟。日本のJAFのような団体)は、定期的に運転技能をチェックするためのイベントを開催しています。

また、ドイツにはIDカードの制度があるので、日本とは異なり運転免許証が身分証明書としては使われていないので返納を躊躇する理由が少ない。

――でも、運転できなくなると生活に支障が出ませんか?

竹花 そこもドイツはサポートしています。日本も70歳以上の人がシルバーパスを使えるように、ドイツにも町ごとに「ゼニオーレンティケット」という高齢者向けの格安周遊チケットがある。

これは町にもよりますが、だいたい年間365ユーロ(約4万5000円)で、電車や地下鉄、バス、トラムといった公共交通機関が乗り放題になります。

――日本の感覚だと正直、お高い価格だなと思いますが。

竹花 ドイツは日本より物価が高く、でも年金制度は充実しているので、ドイツ人の感覚ではかなりお得感がある。

――都市部はそれでいいですけど、地方はそれで大丈夫?

竹花 問題ありません。ドイツは鉄道網もバス路線も充実しています。鉄道が赤字で廃線になることもありますが、その場合でも行政が責任を持ってバスを運行しています。

――行政が全部やっている?

竹花 民間に委託するケースも増えていますが、行政が補助金を出すことで「一日1往復」のような状態にはさせず、利便性を確保しています。

――日本もクルマがライフライン、という地域があります。公共交通機関が充実していないため毎日の買い物や通院に支障が出る。そのため免許証を手放せないと。高齢ドライバー問題を考える上では、交通インフラの整備は大きなポイントですね。

竹花 躊躇なく運転免許を返納してもらうには、やはりそれをしっかりサポートする体制は必要かと思います。

――でも、ドイツはなぜそんなにいろいろ充実している?

竹花 ドイツ人の根底には「移動の自由はとても大切」という強い意識がある。だからドイツでは仮に高齢者が事故を起こしても、ここぞとばかりに糾弾したりすることはありません。

「高齢者なんだから事故率がある程度高いのは当然だ」という考えで、どうすれば移動の自由と安全を両立した交通社会を構築できるかを考えます。

――ちなみにドイツの道は日本と比較してどうですか?

竹花 ドイツで20万㎞以上運転した印象では、日本より確実に安全です。特に街中はクルマの走行速度が明らかに低く、道幅も広い。歩車分離がしっかりしています。

あとオービスが基本的に街中に設置されていますし、中心部に大型車が進入できない街も。ドイツがすべて正しいとはいいませんが、見習うべきところはあると思いますよ。

●竹花寿実(たけはな・としみ)
1973年生まれ。東京造形大学デザイン学科卒業。自動車雑誌や自動車情報サイトの編集者を経てドイツへ渡る。8年間、ドイツ語を駆使して現地で自動車ジャーナリストとして活躍