退院した患者の約半数に「コロナ後遺症」の症状が見られた――。11月5日、和歌山県から衝撃のデータが公表され、にわかに注目され始めたコロナ後遺症。検査で異常は見つからず、医師から見放されてしまう人々の実態とは?
コロナ後遺症外来を掲げ、これまで500人以上の患者の治療に当たる医師と、後遺症に悩む患者の声を聞いた。
■患者の多くは軽症や無症状の人
「新型コロナウイルスは相当数の人に深刻な後遺症を残す。時間の経過とともに症状が変動し、あらゆる器官に影響を及ぼす可能性がある」
10月30日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長がこんなショッキングな警告を発した。
患者への調査で明らかになった症状は、倦怠感(けんたいかん)、せき、息切れ、味覚や嗅覚の異常、頭痛、体の痛みなどで、コロナ感染症自体は軽い症状でもこうした後遺症が数ヵ月にわたって続き、心臓、肺、脳、筋骨格、精神の機能に異常を来す恐れもあると指摘している。
日本でも11月5日、和歌山県が「コロナ後遺症」に関する独自の調査結果を公表。新型コロナに感染し、退院後2週間以上が経過した県民216人に調査したところ、回答した163人のうち退院後もなんらかの症状を訴える人が46%に上った。
年代別では30代の77%が最も多く、40代から60代でも半数以上が後遺症を訴え、嗅覚・味覚障害、倦怠感、呼吸困難感、頭痛、脱毛、胸の痛みといった症状が寄せられるなど、国内でもコロナ後遺症の実態が浮かび上がりつつある。
これまでコロナ後遺症とみられる患者500人以上を診療し、今年10月から「コロナ後遺症外来」を掲げるヒラハタクリニック(東京都渋谷区)の平畑光一医師が話す。
「主にツイッターを使ってコロナ後遺症について情報発信をしているからかもしれませんが、当院に来られる患者さんは働き盛りの20代から40代の世代が多く、女性が男性の1.5倍です」
最も多く見られる症状は、やはり倦怠感だという。
「9割以上の方が強い倦怠感を訴えていて、なかには『トイレに行くのがやっと』『食事を食べるのが精いっぱい』といった仕事や生活にまで支障を来す、重い症状の方も少なくありません。それに加えて、微熱、食欲不振、体のあちこちに痛みやしびれが見られる患者さんもいます」
平畑医師が続ける。
「新型コロナで重症化し、肺や心臓にダメージがあるといった重いコロナ後遺症の患者さんは当院には来ません。検査で異常が見つかれば、ちゃんとした治療が受けられるからです。当院の患者さんの多くは軽症や無症状だった人です。
感染後に回復、また陰性になっても、長期にわたってコロナ後遺症のさまざまな症状に悩まされていて、検査を受けても異常は見つかりません。診断がつかず、たいていの医者から『気の持ちよう』『精神的なもの』などと相手にされなかったといいます。
こうしたコロナ後遺症に苦しむ患者さんは、当院では7月、8月頃から急激に増えました。今ではオンライン診療を含め、多いときには一日に60人を診ています。
知見を積み重ねるにつれて、その人たちの半数ほどが『慢性疲労症候群』という病名に当てはまるということがわかってきました。原因はウイルスの感染が大きなウエイトを占めているといわれますが、そのメカニズムはよくわかっていません。
感染が拡大する以前は、先ほどのような症状を訴える患者さんはいなかったことから、新型コロナウイルスに起因するものだと考えられます」
■症状は深刻でも、検査で異常は出ない
神奈川県に住むAさん(48歳女性)は、今年3月に新型コロナの陽性判定が出た。症状は軽く、風邪の延長ぐらいにしか感じなかったという。しかし、回復後......。
「いつ頃から後遺症の症状が出始めたのかはっきり覚えてないのですが、最初は体がほてるような微熱が出て、それが続きました。体がだるく喉が痛くて寝込んでしまうことも何度かあったり、背中からお尻にかけて強い痛みもありました。
検査をしてもどこにも異常は見当たらず、病名はつきませんでした。ずっと倦怠感が抜けないため、もしかしてうつ病ではないかと心配になって心療内科を受診したこともありましたが、問題ないと言われてしまいます。
原因のわからない不調がダラダラと続いていて治療もできず、もんもんとする状態が今も続いています。9月頃からは症状がひどくなり、今では日常生活に差し支えるほど症状が重くなることもあります」
また今年の3月と4月、PCR検査を受けたくても受けられず、その後、コロナ後遺症とみられる症状に見舞われている人はより深刻だ。
当初、PCR検査を受けるには、37.5℃以上の発熱が4日以上続くことが条件だった。そのため感染が疑われる症状が出ても、検査や治療を満足に受けられなかった人が相当数いるといわれている。その人たちはコロナ後遺症の症状に見舞われても、コロナに感染した証明はなく、周囲から理解されないのだ。
都内在住のBさん(40歳女性)は、3月に38.4℃の熱とともにせきや胸の痛みなどが出た。コロナを疑って、あちこちの病院に行くも診療拒否に遭い、保健所でもPCR検査を断られた。
しばらくすると、胸の痛み、手足のしびれ、片目の見えづらさや片頬の麻痺(まひ)、心臓を蹴られたような動悸(どうき)、歩けないぐらいの足と膝の痛み、筋肉の痙攣(けいれん)などが時期を前後して次々と襲ってきた。
「あまりの足の痛さに泣いてしまったことや、近所を散歩しただけで体が鉛のように重くなり、家で寝込んだこともあります。トイレに行くにも15分ぐらいかけて這(は)っていくほどです」
症状は深刻だが、病院で検査をしても異常は出ない。医師にも冷たくあしらわれた。
「今まで30人の医師に診てもらい、脳や脊椎のMRI検査もやりましたが異常は出ませんでした。このまま死んでしまうのではないかと不安になり懸命に症状を訴えても、気のせいだと片づけられてしまう。
精神疾患を疑われて精神科へ行きなさいと言われたこともあります。コロナ後遺症に理解を示す医師はほんのわずかしかいないのが現状です」(Bさん)
愛知県の会社に勤務するCさん(46歳男性)の場合も、4月に嗅覚や味覚の異常を感じてコロナを疑った。そのときにはPCR検査を受けられず、後に受けたが陰性。その後、微熱、重い頭痛、動悸、胸の痛みなどの症状が出て、体重も10㎏減った。
しかし、病院で検査を受けても異常は見つからない。不安で仕事が手につかず勤務中に泣きだしてしまうなど、ついには会社から長期休養をするよう言い渡された。
「それまで年に一度風邪をひくかどうかの健康体でしたから、症状がひどくなるのが怖くて外出もできません。誰かにうつさないよう家でもマスクは外せず、食事も家族とは別々。完全に引きこもり状態です。いろんな病院に40回ほど通いましたが、治療法は見つかりませんでした」
身内にも、「気のせい」だと言われたという。
「妻からは『PCR検査が陰性だったのにいつまで気にしているのか』と言われ、体のつらさを信じてもらえない。一時は将来を悲観して死のうと思い、近所の公園で首を吊る寸前までいきました。
コロナ後遺症のことが少しずつ報道され、周りの人たちが理解を示してくれるようになったのはつい最近です。症状が出た人以外、この気持ちはわかりません」(Cさん)
■無理をすれば一生残る。早めの対処が必要
BさんとCさんは、前出の平畑医師にたどり着いたことで治療に取り組むことができ、症状は少しずつ改善に向かっているという。
「慢性疲労症候群を根本から取り除く治療法というのはありません。その人に合った漢方薬とビタミン剤のほか、アミノ酸や亜鉛などの市販のサプリを使って治療しています。ただし治療の前提として、運動をしないことが非常に大切です。慢性疲労症候群は神経系のダメージからくるものだと考えられていて、運動をすると神経が刺激されて症状が悪化します。
後遺症の出始めの症状は軽くても、運動をした翌日、翌々日に悪化する人がとても多いんです。ジョギングはもちろん、散歩で悪くなる人もいる。症状が改善しても、半年は動かないことが大事で、無理をすると一生残ることもある実は恐ろしい病気なんです」(前出・平畑医師)
一方、東京女子医科大学で20年にわたり治療に関わり、日本で数少ない慢性疲労症候群の専門医のひとりである青山・まだらめクリニックの班目健夫(まだらめ・たけお)医師は、新型コロナに感染した後、慢性疲労症候群の症状が出てくることは十分考えられると話す。
「この症候群にかかる原因はよくわかっていませんが、ウイルス感染後に症状が出てくることはよくあります。おそらく新型コロナウイルスに感染後、陰性化しても身体機能が低下したためにいろいろな症状が出てくるのでしょう。ダラダラと続いてひどくなるパターンが多いので、早めの対処が必要です」
班目医師は、薬に頼らない治療が大切だと説く。
「大切なのは体を温めることと、筋肉の異常なコリをほぐすことです。そうして副交感神経の働きが高まれば血の巡りが良くなり、内臓機能が回復します。私が治療した慢性疲労症候群の患者の8割は症状が改善し、6割が完治しています。早い人なら3、4ヵ月で治るメドがつきます」
厚生労働省もコロナ後遺症の実態把握のために、回復者2000人を対象とした調査を開始。来年3月まで研究が行なわれるが、結果が出るのはまだ当分先だ。コロナが軽症や無症状だったとしても、働き盛りの世代を中心に多く見られるコロナ後遺症をなめてはいけない。そして何よりの対策は「コロナにかからないこと」だ。