対談を行なった斎藤幸平氏(左)といとうせいこう氏(右)
あらゆる人々が必要とする水や電気、自然などの<コモン>を囲い込み、地球環境を壊してまで利潤を追求する「資本主義」から降りたほうが、僕らは豊かになれるのではないか?

16万部のベストセラーとなっている近著人新世の『資本論』(集英社新書)の著者であり大阪市立大学大学院准教授の斎藤幸平氏が、メディアを横断して活躍するクリエイター・いとうせいこう氏と語り合った"未来を取り戻す"ためのポジティブな方法とは? 好評の前編に引き続き、その対談記事の後編を配信!

■小さな成功例を積み重ねる

斎藤 今の日本社会では、環境問題にしても、やはり声をあげて変えていくという人は少数派。なかなか人が集まらなくて、こんなことをして意味があるのか、と感じてしまう人も多いと思います。

いとう 社会や政治を変えていくためには、小さな成功例を積み上げていくことが大事なんですね。大きな成功は求めなくてもいい。小さくてもいいからできることをやっていく。そうすると、ある日突然、社会や政治は変化します。

たとえば、世田谷区や渋谷区には同性カップルをパートナーシップとして公認する仕組みがあります。最初の一歩は2015年のことですが、世田谷区と渋谷区がこの仕組みを編み出すとすごい速さで広まって、いまでは全国でたくさんの自治体が採り入れている。国会ではお堅い議員たちが「夫婦別姓反対」などといまだに言っているけども、実は目立たないところで大きな変化が起こっているのです。

斎藤 ひとつ成功モデルがあれば、みんなそれを<コモン>(=共有財産)にして、真似できるわけですね。

いとう このことはすごく僕は重要だと思っていて。見えない変化というものが、実はもう起こっているはずだと思ってよく見直すと、ここにもあるでしょう、ここにもあるでしょう、って気づくんです。日本は生きづらいと言われるけれど、もっと楽になる方法がこんなにある。自由や多様性って一生懸命言うけど、実はもう始まっていることがある。

斎藤 そう、それがこの本の後半で言いたかったことです。いろんな試みや運動はすでにたくさん始まっていて、しかも本当はすべてつながっている。

たとえば、水道の民営化に反対するのも、種苗法の改正に反対するのも、いままでバラバラの運動だったけど、<コモン>という言葉を通じてみると、じつは地続きの問題なんですよね。前半でも話したように、<コモン>とは社会的に共有され、管理されるべき富のことですが、水も種子も電気も<コモン>だと気づくことで、いろんな運動がつながっていけるはずです。

■村(ソン)とワーカーズコープ

いとう 成功例は小さくてもいいからあると、途端に社会が変わる。まず成功例をつくって、それがつながっていることがわかる、あるいはネットワークして見せるということが多分、大きな変化の実現に向けて大事なことだと思います

最近私が注目しているのは、「スノーピーク」というアウトドア用品の企業です。いまの社長は創業家3代目の32歳の女性で、「今後スノーピークはどういうことをしていくつもりですか」と聞いたところ、彼女はスノーピークの商品などで生活できる「村」を作りたいと言っていました。これはすごく面白いと思った。

普段は会社に勤めながら、週末だけ「村」に来て畑を耕したり、食物を育てたりする。これは斎藤君が『人新世の「資本論」』で強調している〈コモン〉に近いと思う。かつて武者小路実篤が「新しい村」を作ろうとしていたけれども、いまはアウトドア会社がこうした挑戦をしているのです。斎藤君は何か注目しているムーブメントはありますか?

斎藤 私が着目しているのはワーカーズ・コープ(労働者協同組合)です。ワーカーズ・コープとは、資本家や株主なしに、労働者たちが共同出資し、生産手段を共同所有し、共同管理することを目指した団体です。どのような仕事を行ない、どのような方針で実施するかも、労働者たちが話し合いを通じて主体的に決定します。

私は以前、ワーカーズ・コープとして林業に取り組む人たちに取材しましたが、彼らはみんな話し合いながら、短期的な儲けではなく、地域にとって役立つ仕事は何かを考えながら、主体的に仕事に取り組んでいました。別のところで働いていた頃は、振り分けられた仕事をすることが当たり前だと思っていたけれど、自分たちで仕事を仕立てるところから始めるのは大変だが、やりがいがあると言っていたのが印象的でした。

また、市民の人たちが協力して出資を募り、自分たちで太陽光パネルを設置する奈良県の市民電力の取り組みも面白かったですね。これなら環境に優しいだけでなく、電気代は関電(関西電力)に持っていかれずに地元にとどまる。そのお金が雇用を生むし、企業の利潤は、再び街のために使われる。環境、経済、社会の相互作用が加速していきます。

いとう 自然エネルギーには様々な試みがありますね。「みんな電力」という企業が、津波の被害にあった土地を活かした発電所や、最先端の技術を駆使した海の上の発電所など、日本各地の様々な自然エネルギーの発電所と契約し、それを細かく拾って利用者に供給するという仕事をしています。

彼らは「ソーラーシェアリング」にも取り組んでいます。ソーラーシェアリングとは、農地を潰して太陽光パネルを設置するのではなく、農地の上に幅の狭いソーラーパネルを置き、下の土地にも日光を届かせる方法です。農業を行いながら太陽光発電を行なう。

僕は先日も、彼らが千葉でやっているソーラーシェアリングを見せてもらったのですが、そこでは農業自体に関しても面白い実験をしていました。いま彼らがやっているのは「不耕起栽培」です。これは、畑を耕さず、土の中にいる微生物を増やして収量を上げるという栽培方法です。彼らはみんな本当に楽しそうに畑仕事をしている。と同時に太陽光発電をしている。こうしたネットワークがどんどん広がっていけばいいなと思っています。

■人々をエンパワーする一冊の本の力

いとう 今後、僕が盛り上げていくべきだと考えているムーブメントのひとつは、読書会です。みんながそれぞれ自分が読んだ本を持ち寄り、「自分はこの本をこう読んだ」「自分たちにはこういうことができるのではないか」といった話をする。SNSも大きな影響力があるけども、やはり実際に集まって読書会をすることが重要です。SNSは読書会を呼びかけるためのツールとして使用すればいい。読書会を開くのにはそれほど手間がかかりません。2人集まれば読書会になりますから。

斎藤 それも〈コモン〉ですね。

いとう そうそう。知の〈コモン〉です。斎藤君の本についても読書会をどんどん作っていけばいいんですよ。そうした動きを全国に広げていく。たとえば、読書会で議論したことは、ちょっとした走り書きでもいいから、SNSにあげてもらう。そうすれば、読書会をした人たちも「こういうことを考えているのは私たちだけじゃないんだ」とわかります。いまは人々が分断されてしまっているから、自分たちの動きはつながっているということを可視化していくことが大切です。

斎藤君が『人新世の「資本論」』を新書という形で出したのも、社会運動を起こしたいからでしょう。この本はすごく内容がきっちりしていて、後に翻訳して世界に向けて発信していこうとしているのがわかります。斎藤君が世界の中で勝負していることがよくわかる。

しかも、この本にはマルクスに関する大発見が記されています。だから普通だったらハードカバーにするはずなのに、あえて新書にしている。そこには斎藤君の判断があったに違いないんですよ。

斎藤 そうです。私はこの本でマルクスの晩年のノートに基づいて新しい解釈を打ち出しましたが、単にマルクスの話をして終わりという本にはしたくなかった。なぜ私がマルクスを研究しているかというと、世界を変えたいからです。マルクス自身がそう願っていると思います。

グレタさんをはじめ若い人たちが一生懸命運動に取り組んでいるのだから、それに応えるようなビジョンを打ち出さなければならないという思いもありました。また、日本では気候変動への関心が驚くほど低いので、そうした状況を変えたかった。

そのためには、書店で気軽に手にとってもらえる本にしなければなりません。新書にしたのはそういう理由からです。新書にしたおかげで若い人たちにも手にとってもらえているようです。

いとう 私も物書きとして、学者の人たちが新書を書くことが大変だというのはよくわかります。特にマルクスがテーマとなれば、一般向けに書き下ろすのは相当大変だと思います。専門用語ばかりで難しすぎると、読者は手にとってくれませんからね。しかも、新書が書店に配本されるときは、とんでもない本と一緒に並べられる可能性だってあります。

斎藤 橋下徹の新書の横に置かれているかもしれない(笑)。

いとう そうそう。学者なら「人文科学」の棚に置かれる前提で、マルクスの読み方だけ書いていたほうが、本当は気分がいい。だけど、斎藤君が新書を出して、そうじゃないところで勝負をしようとしたこと、その腹のくくり方が、第一に感動的なことだと思っていて。

斎藤 ありがとうございます。

いとう 実際、あっという間に16万部も刷られ、この本を読んで動き出したくなった人がまだ読んでない人に熱く勧めたり。そういう現象があちこちで起きているでしょ。

斎藤 そうなんです。

いとう 斎藤君のこの本そのものが一つのムーブメントになっているし、なるべきなんですよ。

●斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。
Karl Marx's Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初歴代最年少で受賞。編著に『未来への大分岐』など。

●いとうせいこう
1961年生まれ。編集者を経て、作家、クリエイターとして、活字・映像・音楽・テレビ・舞台など、様々な分野で活躍。1988年、小説『ノーライフキング』(河出文庫)で作家デビュー。『ボタニカル・ライフ―植物生活―』(新潮文庫)で第15回講談社エッセイ賞受賞。『想像ラジオ』(河出文庫)で第35回野間文芸新人賞を受賞。近著に『「国境なき医師団」になろう! 』(講談社現代新書)など。

■斎藤幸平「人新世の『資本論』」(集英社新書刊・本体1,020円+税)