フランス「ル・モンド」特派員、フィリップ・メスメール氏(左)とイギリス「ガーディアン」特派員、ジャスティン・マッカリー氏

平時は母国で新年を迎える海外紙特派員たちも、この年末年始は里帰りができなかった。彼らの目に、母国と日本の現状はどう映っているのか? イギリス、フランス、アメリカの記者たちと語り合った。

(この記事は、1月18日発売の『週刊プレイボーイ5号』に掲載されたものです)

■「変異種」急拡大でイギリスは「制御不能」

「イギリスにいる両親や妹にはもう1年以上会えていません。それどころか、単身赴任で大阪に残してきた自分の妻や子供たちにも会えず、クリスマスもお正月もずっとひとりで、東京の小さなアパートで過ごしていました。

仕事もほとんどがオンライン取材になったので人と会う機会はほぼないし、今やスーパーに食料を買いに出かけるのが一日で最大のイベントです」

苦笑交じりにそう語るのは英紙「ガーディアン」特派員、ジャスティン・マッカリー氏。イギリスの累計感染者数はヨーロッパ最多の約322万人、死者数は8万人を超えている(1月14日時点)。

「イギリスの現状は本当に深刻です。感染力を増した『変異種』の登場で感染が爆発的に広がり続けていて、12月初旬に1万人台だった一日当たりの新規感染者数は年明けには6万人を超え、一日当たりの死者は1000人を超える勢いです。

医療機関はキャパシティの限界に直面しており、ロンドンのサディク・カーン市長も『変異種はもはや制御不能な状態にある』と警告しています。1月5日、英政府はついに3度目のロックダウンに踏み切りました」

生活必需品を扱う店舗以外は原則閉店。外出も厳しく制限され、家族以外と公共の場で会うのも原則禁止。違反者には200~6400ポンド(約2万8000~89万円)の罰金が科されるという。

「しかし、ボリス・ジョンソン首相の決断はハッキリ言って遅すぎました。昨年秋の時点で専門家たちは警鐘を鳴らしていたのに、政府が経済への影響を恐れて厳しい措置をためらった結果、こんなことになってしまった。これ、今の日本の状況とそっくりでしょう?

また、イギリスでは『コロナ疲れ』から、マスクやソーシャルディスタンスといった基本的な感染予防を怠る人が増えており、若い人たちの中には『自分は重症化しないから大丈夫』と考えて、ルールを守らない人も増えています。そこに変異種が登場したのだから、感染が急拡大しないはずがありません」

変異種の急拡大で、イギリスは1月5日からロンドンを含むイングランド全域で3度目のロックダウンに入っている

■フランスは罰金付きの夜間外出禁止令

イギリスよりも早く、昨年10月末の段階で2度目のロックダウンに踏み切ったのがフランスだ。第2波のピーク、11月初旬には5万人を超えていた新規感染者数(*前後7日の平均)を、約1ヵ月後には1万人程度まで抑え込んだが、12月の規制緩和後、感染がじわじわと拡大傾向に転じている。

「イギリスから流入した変異種が国内で広がり始めたこともあり、新規感染者数は今や一日約2万人前後まで増加。3度目のロックダウンを懸念する声も出ています」

そう語るのは、フランス紙「ル・モンド」特派員、フィリップ・メスメール氏だ。

「現在の規制は地域ごとの状況に合わせた夜間の外出禁止令(*違反者には135ユーロ=約1万7000円の罰金)などが中心で、フランス全土で外出禁止令が出された昨年春のロックダウンほど厳しくはありません。

それでも人々の中に『コロナ疲れ』があるのは事実で、先日もフランス西部で規制を無視して2500人を超える若者たちがレイブパーティを開き、警官隊と衝突する事件がありました。

ただ、フランスでも多くの人たちはさまざまな規制を守っています。その理由は、罰金を払うのがイヤだから。日本の緊急事態宣言のような時短営業要請や外出自粛のお願いではなく、法律に基づく命令で違反すれば罰則もあるので、自由を重んずるフランス人も言うことを聞くしかないわけです。

その代わり、決して十分とはいえないかもしれませんが、政府は影響を受ける企業などに対して、雇用を維持するための補償や飲食店への援助などを通じて、経済や社会へのダメージを軽減しようとしています(*休業した事業者に最大で月約127万円か、平常時の売り上げの20%を約2500万円を上限に補償)。

日本の緊急事態宣言はあくまでも要請なので、従わない人にペナルティを科すというのは違うと思いますし、規制に強制力を持たせたいなら、『協力金』ではなく、罰則と同時に補償の仕組みもきちんと整えるべきでしょう」

■要請と信頼に頼ってきた日本の対策は転換点に

イギリスやフランスと異なる、要請をベースとする対策を、米紙「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長のモトコ・リッチ氏は「とても日本的」だと指摘する。

「日本の対策は欧米諸国と比べて、比較的うまく機能していたと思います。その背景には、日本人の多くがさまざまな自粛要請に積極的に協力したことや、もともとインフルエンザなどの感染症予防としてマスクを着ける習慣が定着していたことなどがあるでしょう。

アメリカにはその習慣がない上、『マスクを着けるか、着けないか』が政治的な対立と結びついてしまうので、徹底することが難しいのです。日本の対策が国民への『信頼』を前提に機能したことを、私はいい意味で非常に日本的だと思うのですが、一方でそれは『甘さ』にもなりえます」

どういうことか?

「例えば、私は昨年の夏、アメリカに一時帰国し、再び日本に戻ってきたとき、日本政府が求める帰国後の自主隔離期間をきちんと守りました。しかし、外国から入国した人がそれに従うかどうかは基本的に『信頼ベース』で、チェックする手段も罰則もないため、守らない人がいても防ぎようがありません。

昨年末からの『第3波』で東京などの大都市を中心に感染が急拡大し、2度目の緊急事態宣言が発出され、人々がさらなる苦境に立たされている今、これまでと同じような要請と信頼を基本とした方法で今後も対応できるのか? 日本政府は難しい判断を迫られているように見えます」

冬に感染が再拡大したニューヨークでは、飲食店の店内営業が再び禁止され、違反した店には最高1万ドル(約103万円)の罰金が科せられるという。

ちなみに、東京五輪についてはどう見ている?

「少なくとも、この状況が続くなら現実的に考えて開催は難しいでしょう。ただし、オリンピック開催に関する決断は日本政府や東京五輪組織委員会だけでなく、IOCやテレビ局など多くのステークホルダー(利害関係者)が関わるので、日本側が単独で中止を決定できるほど簡単な問題ではないことは理解しておく必要があるでしょう」

■フランスの失敗に学ばなかった日本

累計死者数がすでに38万人を超え、今も毎日20万人を超える新規感染者数が確認されているアメリカや、変異種の急拡大に直面しているイギリス、フランスと比べれば、日本の今の状況は「まだマシ」といえなくもない。

だが、遠く離れて暮らす家族や友人の身を案じながら、母国と日本の「コロナとの戦い」を注視してきた外国人記者たちは、日本政府の対応をわれわれ日本人以上にシビアに見ているようだ。

「菅政権は基本的に何もしていないに等しいと思う」と、フランスのメスメール氏は手厳しい言葉で批判する。

「菅政権の対応をひと言で表現するなら『今のところはまだ大丈夫』でしょう。菅首相は経済のことしか考えず、感染拡大阻止については大した手を打たないまま、そんな態度を取り続けてきた。それどころか、秋に入り再び感染者が増え始めていたのにGo Toキャンペーンで旅行や外食を推奨し、税金を投じて人の移動や接触の機会を増やしたのですから驚きです。

実はフランス政府も、昨年の夏にこれと同じような失敗を犯しています。春のロックダウンで感染者を大幅に抑え込んだ後(*6月には一日の新規感染者を500人程度まで抑制)、政府は経済を活性化させようと、バカンスに出かけることを国民に推奨した。

これが結果的に秋以降の『第2波』を引き起こした原因だといわれています。そうしたフランスの失敗から日本政府が何も学ばなかったのは非常に残念でした」

一方、イギリスのマッカリー氏は「日本はワクチン接種が遅すぎる」と憤る。

「ヨーロッパでいち早く開始したイギリスをはじめ、多くの国で接種が始まっているのに、日本政府がいまだに『できれば2月末頃から』などと言っているのが理解できない。

ファイザーやモデルナ、アストラゼネカのワクチンは高い有効性が確認されています。日本も今の段階でしっかり抑え込まないと、国民の命を守り、経済を正常に戻すのはさらに難しくなりますよ。

僕はこれまで日本政府の要請にマジメに従って3密を避け、不要不急の外出を控え、クリスマスもお正月もひとりで寂しく頑張ってきたんですから、今すぐワクチンを打てるようにしてほしい!」

●イギリス「ガーディアン」特派員、ジャスティン・マッカリー
英ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めている

●フランス「ル・モンド」特派員、フィリップ・メスメール
フランス・パリ出身。2002年に来日し、仏「ル・モンド」のほか、雑誌『レクスプレス』の東京特派員として活動している

●アメリカ「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長、モトコ・リッチ
米ニュージャージー州、東京、カリフォルニア州で育ち、米イェール大学、英ケンブリッジ大学を卒業。英「フィナンシャル・タイムズ」、米「ウォールストリート・ジャーナル」を経て、2003年から「ニューヨーク・タイムズ」記者