ノンフィクション愛を語る及川眠子さん ノンフィクション愛を語る及川眠子さん

25年越しの完結編が大ヒット中の『新世紀エヴァンゲリオン』だが、そのテレビシリーズ版の主題歌としてあまりに有名なあの曲(なんと平成カラオケランキング1位!)や、『魂のルフラン』などを作詞した及川眠子(おいかわ・ねこ)さんは、超・ノンフィクション愛読家でもあった。

そしてファンが高じ、一年で最も愛読したノンフィクションの著者に感謝を伝える賞を、自分でつくってしまったのだった。なんて"粋"なんだ!! 受賞作家には、週刊プレイボーイ本誌でもおなじみのライターさんのお名前も。

ということで、及川さんにノンフィクション愛を語っていただきました!!

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■「私がやっている作詞という仕事は瞬間芸みたいなものなので、そのしつこさに、まず感動するの」

――及川さんが作詞された『残酷な天使のテーゼ』は、四半世紀を経てなおカラオケの年間ベスト10の常連で、JOYSOUNDの「平成カラオケランキング」では1位です。

及川 皆さんがずっと歌ってくださるおかげで、この25年間媚(こ)びた仕事をしなくて済んでいます。ありがたく思っています。

――タイトルからして印象的ですよね。

及川 あのときは、プロデューサーの大月俊倫さんからアニメの分厚い企画書を渡されて、「難解な歌詞にしてくれ」というオファーを受けたんです。それで『じゃあ哲学的にしていい?』と許可をもらって。

タイトルは、たまたま目に入った萩尾望都(はぎお・もと)さんの『残酷な神が支配する』から"残酷"という言葉をもらったんですよ。

――そして"哲学的"ということでドイツ語の"テーゼ"を?

及川 そうです。

――そんな『エヴァンゲリオン』もついに完結して大ヒット中ですが、今日は、この取材の後に授賞式が行なわれる「及川眠子賞」についてのインタビューです。及川さんはノンフィクションが好きすぎて、その書き手に感謝する私設ノンフィクション賞を2017年に創設してしまったわけですが、そもそもいつからノンフィクションの愛読者に?

及川 私が19歳の頃(1979年)、大阪の三菱銀行北畠支店で銀行強盗事件があったの。銀行に籠城(ろうじょう)して4人を殺害し、最後は犯人が射殺されたんだけど、フィクション以上に現実はすごいなって。だから最初は犯罪ものにハマり、次に戦争ものを読むようになった。

当時はベトナム戦争の従軍記者が書いたものが多く出ていたのね。まずロバート・キャパの写真から入って、沢田教一の写真集、一ノ瀬泰造の『地雷を踏んだらサヨウナラ』。広河隆一や杉山隆男の作品も好きだった。『残酷な天使のテーゼ』を作詞した90年代半ば頃も軍事ものや戦場ものを読んでいたね。

それで2000年頃に、知り合いの出版関係者が加藤健二郎さん(軍事ジャーナリスト)を紹介してくれて、そこから(ノンフィクション作家の)縁が広がっていった。あとはブログに本の感想を書いたら著者本人からお礼を言われたり、SNSで知り合いが増えていったり。

――ノンフィクションのどこに魅力を感じていますか? 

及川 取材をして書くというのは手間暇がかかる。その手間暇を惜しまず、しつこく取材し続けているでしょ。私がやっている作詞という仕事は瞬間芸みたいなものなので、そのしつこさに、まず感動するの。

――基本的にヒットするノンフィクションって、特に最近は読後感がよいものが多いじゃないですか。でも及川さんの場合は、さっきの犯罪ものとか戦場ものにしても、そして後ほど詳しく聞きますが及川賞の歴代受賞作にしても、いわゆる「いい話」や「感動する話」じゃないですよね。

及川 読んで気持ちいいとか、感動するとか、そういうのは求めてないね。それよりは自分の引き出しの小物入れが増えるような感じ。読むもの見るもの聞くものが自分の中で血肉になる感じが好きなのかな。

――そういうのは作詞活動にも生かされていますか?

及川 生かされているといえば、そうかもしれない。でも、何を読んだからこの曲のこの歌詞にこう生かされたなんて特定はできないよね。

高級料理からジャンクフードまでありとあらゆるものを食べて、自分の体を通って、排泄物(はいせつぶつ)となって出てくるわけだけど、そのとき、その排泄物が高級料理だったかジャンクだったかなんてわからないじゃん。それと一緒。

――そして及川眠子賞を始めた理由は?

及川 小説の賞はすでにいっぱいあるけど、ノンフィクションは割と地味なイメージだし、「ノンフィクションにも面白い作品はこんなにあるよ」って言いたかったの。

あと、昔からひとりで"大宅(壮一ノンフィクション)賞トトカルチョ"というのをやっていたんだけど、だいたい外すのね。あれ、こっちのほうが面白かったのに、だったら自分が選べばいいやって。

■「その本が、取材対象を善悪で決めつけていないことは大事にしています」

――及川眠子賞は前年の1月から12月に出版された本から選ばれますが、第4回となる今回の受賞作は、常井健一さんの『地方選 無風王国の「変人」を追う』です。ちなみに、ほかにはどんな候補作が?

及川 三浦英之さんの『白い土地 ルポ 福島「帰還困難区域」とその周辺』も面白かったんだけど、『地方選』の前作『無敗の男 中村喜四郎 全告白』もすごく面白かったので合わせ技というのと、私も今一番面白いのは地方選だと思っていたので。私の地元は二階(俊博)さんの地元の和歌山なんですが、本当に面白いですよ。

――第1回受賞作、畠山理仁さんの『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』も、選挙ものでした。そのときの候補作は?

及川 横田増生さんの『ユニクロ潜入一年』と青木 理さんの『安倍三代』も候補でした。3人とも取材対象に対してすごくしつこくて素晴らしいのですが、決め手は、私が一番楽しく読めたという点です。そういうチョイスなのよ(笑)。

――第2回受賞作は鈴木智彦さんの『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』。このときは?

及川 松本 創さんの『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』、角幡唯介さんの『極夜行』、安田峰俊さんの『八九六四「天安門事件」は再び起きるか』もよかった。ただ、『八九六四』は受賞作を決めた後に読んだのよね。

『極夜行』は自身の内面描写を掘っていくスタイルなので、これはノンフィクションというよりエッセイかなと思って『サカナとヤクザ』に決めた。取材対象者との距離感もいいし、何より著者のしつこさがいい。

――第3回、安田浩一さんの『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』のときは?

及川 ほかにはブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』、春日太一さんの『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』も候補でした。

ブレイディさんのはすごく面白かったけどやっぱりエッセイかなって。『黙示録』も面白かったけど、テーマ的に『団地と移民』のほうが私の好みだった。私、和歌山の団地育ちなんだけど、田舎だし、当時は移民なんていなかったからね。ネット右翼のことも安田さんの本で知った。

――わざわざ自腹で受賞パーティの席を設けて祝う理由は? 

及川 単に、ネタのある食事会ってことだけよ。金一封を副賞と共に押しつけて、みんなで一緒に食事するという。毎年受賞者を選んで、出席してもらって、だんだん参加者が増えていったら楽しいでしょ。

――確かに、それぐらい緩いほうが長く続くかも。

及川 今のところ、皆さん割と喜んで(賞を)もらってくださる。それは、ほかの賞みたいに同業者や出版社が選んだものでないから、忖度(そんたく)なしの賞って思ってくれているのかも。あとは『え、エヴァンゲリオンの人が?』っていう意外性もあるかな。

――及川賞の受賞作は何かを糾弾したり正義を訴えたりするものではないですが、及川さん自身もそういう性格なんですか?

及川 人それぞれ違うからこそ面白い。だから、この人に関わると傷ついてしまうとか気持ち悪くなっちゃうという人以外はなんでもありです。

――昔からそういう性格なんですか?

及川 いや、そうではないわね。年を取ったからかな。18歳下のトルコ人の夫と結婚して離婚した、そのことと関係あるかもしれない。人は自分の思いどおりにできないということを学んだから。

13年過ごして、その間に3億溶かしちゃって、7000万円の借金をこさえたの。当時はしんどかったよ、カネカネカネっていつも言われて。でも、終わってみたら面白かったなって思って。

――及川さんはその経験を『破婚』という本にまとめていますが、確かに、そんな自分の人生を面白がってる感じでしたね。一方で最近の世の中って、例えばネット上の炎上を見ていても、自分の快/不快を、そのままパブリックな善悪の判断基準に落とし込んじゃう傾向が強くなっていません?

及川 法に触れるとかならわかるけど、多くの場合、正解・不正解はないよ。それって「コーヒー苦手」という人が「コーヒーは悪」って言うのと同じこと。それを悪と見なすのってすごく世界を狭めて、すごくつまらないと思う。

――及川賞には、そういう精神をすごく感じます。

及川 その本が、取材対象を善悪で決めつけていないことは大事にしています。その距離感がすごく大事。過去の4作品で「あの人は間違っている」とか、そういった記述はないもんね。『サカナとヤクザ』も「密漁が悪い」とは書いていないし『団地と移民』もヘイトやっている人を悪だと決めつけていない。あくまでも「こういう人たちもいるよ」っていう感じ。

今回受賞する常井健一さんもそうだし、第1回の畠山理仁さんなんてもっとそう。そういう、しつこい粘り腰での取材を重ねた末に出版された本にこそ、賞をあげたいの。あとは私の好き嫌い。厳密な審査によってとかじゃないから(笑)。

* * *

3月26日、緊急事態宣言が解除された初めての週末。このインタビューのすぐ後、都内のカジュアルイタリアンで授賞式を兼ねた食事会が開催された。

集まったのは歴代受賞者3人と、今回の受賞者の常井さん、そして及川さん。及川さん手製の目録と副賞の金一封、「及川眠子賞」と刻印されたペン、彼女の故郷・和歌山県の名産品である梅干し、梅酒、彼女の著作やグッズなどを受け取ると、常井さんはこう語った。

「ノンフィクションライターとは地味な仕事だし、人からホメられることも少ない。それでも善悪の境界線にひとりで立ち続ける。しょっちゅう心が折れそうになりますが、これでもう1年踏ん張れます。

昨年は大宅壮一賞などの最終候補に選ばれたんですけど、『無敗の男』というタイトルとは裏腹に3連敗でした。でも、及川眠子賞は、これまでアプローチできなかった未知なる読者層に、及川さんを介して作品をお届けできる。こんな幸せ、ほかでは味わえません」

■「及川眠子ノンフィクション賞」の歴代受賞作

★第1回受賞作 
『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』(2017) 
畠山理仁◎集英社文庫 

政党や組織の後ろ盾を受けず孤立無援の状態で選挙に立候補する人たち。泡沫候補(=無頼系独立候補)と呼ばれる彼らの真剣な政治活動に密着し、彼らの主張に耳を傾けていく。週プレ特集記事「都知事選人生激場」などでおなじみの畠山氏による、選挙制度の欠陥をあぶり出す異色のノンフィクション。

★第2回受賞作 
『サカナとヤクザ:暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(2018) 
鈴木智彦◎小学館 

暴力団の巨大な資金源となっている密漁ビジネス。その実体を突き止めるため、著者は丸5年の取材を敢行。築地市場での労働ルポをはじめ、北海道、本州、九州、香港、台湾まで。アワビやウナギ、カニの多くが密漁品ということを皆さんはご存じか。

★第3回受賞作 
『団地と移民課題最先端「空間」の闘い』(2019) 
安田浩一◎KADOKAWA 
ネット右翼の生態や、ヘイトスピーチの問題を世の中に知らしめた著者。彼が次のテーマとして選んだのは、かつて「夢と希望の地」だった団地だった。高齢者住民と新参者の外国人居住者が暮らす現代の団地。両者は共に生き続けることができるのか。

★第4回受賞作 
『地方選 無風王国の「変人」を追う』(2020) 
常井健一◎KADOKAWA 
『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(2019年、文藝春秋)が話題となった著者の最新作。マグロと原発の町、本州で最も人口が少ない飛び地の村、森進一が歌った強風の岬の町、60年間無投票の小さな島など、のどかな田舎に風を起こすべく立候補した男たち。彼らはなぜ再選率84.2%の壁に挑んだのか。選挙をめぐる紀行ノンフィクション。

●及川眠子(おいかわ・ねこ) 
作詞家。1985年、和田加奈子『パッシング・スルー』で作詞家デビュー。Wink『愛が止まらない』、『淋しい熱帯魚』(日本レコード大賞受賞)、やしきたかじん『東京』、『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌『残酷な天使のテーゼ』、『魂のルフラン』、MISIA『愛はナイフ』などヒット曲多数。アーティストのプロデュース、ミュージカルの訳詞、構成などなども手がける。著書も『破婚-18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間-』(新潮社)、『猫から目線』(写真/沖昌之、ベストセラーズ)など多数。

5月22日(土)16時より、東京都港区白金台のワインバーCanonにて「及川眠子Canonトークライブ~常井健一さんを迎えて」を開催。店内リアル席と、配信リモート席の、2種類の参加方法があります。【https://canon210522.peatix.com/?fbclid=IwAR3FI5oNvDW_BAGVSUfvhsCjufuKDbRS1U9by4O4_OQU9yFKzIc8_JtVdK8】