日本の新型コロナウイルス対応はお粗末だ――。そう思っている人は多いのではないだろうか。

PCR検査は十分に行なわれず、自分が感染したと思っても病院ではなかなか診察してもらえない。日本は、人口当たりの病床数が世界で最も多いのに、感染が拡大した大阪府や兵庫県などでは医療が崩壊し、重い症状を訴える患者が入院できないケースも相次いだ。なぜこうした状況になってしまったのか?

『日本の医療崩壊をくい止める コロナ禍の医療現からの警鐘と提言』(泉町書房)を上梓したNPO法人医療制度研究会副理事長の本田宏医師に、新型コロナで崩壊の危機に直面した日本の医療が抱える問題点について聞いた。

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――昨年4月に最初の緊急事態宣言が発出され、「医療崩壊」が叫ばれました。あれから1年以上が過ぎた今、3度目の緊急事態宣言が出され、大阪や兵庫の医療は厳しい状況に置かれました。なぜこの間に医療体制を立て直すことはできなかったのでしょうか。

本田 日本の医療は、実は新型コロナの感染拡大以前から崩壊寸前の状態にありました。私は勤務医として約20年間にわたって、そのことをずっと訴えてきましたが状況はいっこうに良くならないまま今に至っています。新型コロナによる「医療崩壊」は、起きるべくして起きたものだと思っています。

――それはどういうことでしょう。

本田 まず、日本は高齢者の総人口に占める割合である「高齢化率」が世界で最も高いのに、医師の絶対数が足りていません。欧米諸国などから成るOECD(経済協力開発機構)加盟各国の医師の平均の数は45万8000人(2018年)。人口1000人当たり3.5人です。ところが、日本を見てみると医師の数は32万7000人で、人口1000人当たり2.4人でOECD平均より13万人も足りないのです。

つまり、日本はもともと医療従事者が、欧米諸国と比較して圧倒的に少なかった。そこに新型コロナウイルスという「敵」がやってきたのです。肝心の兵隊がいなければ、戦いたくても戦えません。

――なぜ、日本は医師が少ないのでしょう。

本田 それには日本の医療が置かれてきた歴史を知る必要があります。1960年当時、日本の人口当たりの医師数は、先進国の平均とほぼ同じでした。しかし、70年代にオイルショックが起きて経済が低迷すると状況が変わります。

83年、行政の適正・合理化を調べるための政府の諮問機関、第二次臨時行政調査会(土光臨調)で日本経済の足を引っ張る「張本人」として、コメ、国鉄と並んで健康保険(医療)がやり玉に挙げられたのです。保険医療にカネがかかりすぎるから国の財政が圧迫される。医師の数を減らすことで、結果的に無駄に使われていると考えられていた医療保険による診療費が減れば、結果的に国の赤字が少なくなる。そういう理屈です。当時の厚生労働省の保険局長は、大蔵省(現在の財務省)に迎合するように「医療費亡国論」を唱えていたのです。

――具体的にどんな政策が行なわれたのでしょう。

本田 1981年の琉球大学医学部の新設を最後に、全国の大学医学部は定員が減らされ、年2回行なわれていた医師国家試験も年1回になりました。97年にも医学部の整理合理化を視野に入れた定員削減が閣議決定され、2004年には医学部を卒業した医師を2年間、大学や地域病院などで研修させる卒後臨床研修制度が始まりました。医師国家資格をパスした毎年約8000人の医師が、研修医として見習いのような形で2年間働くことになり、その分、医療費は減ります。

こうした方法で日本が医師の数を抑えようとしている間に、逆に海外では医師の数を増やしていました。例えば2000年から16年の間に、日本と同じように医師不足で困っていたイギリスは医学部卒業生数を1.5倍に増やしましたが日本は約1.16倍、それが現在の、日本と諸外国の医師数の差につながっています。

――医師の削減によって、何か問題は起こらなかったのでしょうか?

本田 医師が足りないため、2000年代には第一次医療崩壊ともいうべき現象が起きました。07年には奈良県吉野郡大淀町にあった町立大淀病院、08年には東京都立墨東病院で、具合の悪くなった妊婦の受け入れ先がなかなか見つからずに死亡する事件が立て続けに起きたのです。

その後、当時の舛添要一厚労相が都立墨東病院へ視察に行き、医師不足が深刻なことがわかり、ようやく医学部定員増が決まりました。それでも人口当たりの医師数は、今でもOECD平均より13万人も足りないため、そのしわ寄せは現場の医師に来ます。

厚労省が2019年の「医師の働き方改革に関する検討会」でまとめた調査では、勤務医20万人のうち過労死ラインといわれる時間外労働が月平均80時間より多い医師が約4割(8万人)。このうち1割(2万人)は過労死ラインの2倍以上も働いていることが明らかになりました。実際、過労死している医師もたくさんいます。

日本の医療体制はもともと限界を超えていました。新型コロナで医療が危機的状況に陥るのは十分に予測できたことです。そして驚くことにこの状況を無視して、厚労省は医師不足が近く解消すると試算して、23年度からの医学部定員削減を決定したのです。

――日本医師会が今年1月にまとめた病床数の国際比較では、日本は人口1000人当たり13.0床で、世界トップです。ならば新型コロナの患者が増えても入院することはできそうですが、伝わってくるのは病床数が足りないということばかりです。これはどういうことなのでしょうか。

本田 それに答えるためには「医師の専門」と「ベッド(病床)の種類」を説明する必要があります。まず、新型コロナにきちんと対応するには感染症の専門医が必要です。日本感染症学会は、ベッドが300床以上の医療機関には感染症医が常勤すべきとしていて、それを考慮すると4000人ほどの専門医が必要と提言しています。

しかし現在、日本に感染症医は1500人しかいません。また、全国には400ヵ所あまりの感染症指定医療機関がありますが、昨年7月時点で専門医が常駐しているのは144ヵ所しかないのです。つまり、多くの病院では感染症の専門医以外が新型コロナの対応をしているのです。これではうまくいくはずがありません。

――感染症の専門医以外が対応していては、的確な診断や治療にも限界がありますね。

本田 次に入院用のベッドですが、確かに日本は人口当たりのベッド数は多いのです。しかし、肝心の重症者用のベッドが少ない。さらに、重症者を診る集中治療専門医がまったく足りていません。新型コロナの重症者に使うECMO(体外式膜型人工肺)を用いた治療がありますが、この装置を使うには非常に高度な技術が必要です。日本集中治療学会によると、日本の重症ベッド数1万7000床をカバーするには、最低でも4500人の集中治療専門医が必要としていますが、その数は昨年7月時点で1850人しかいません。例えばドイツには、人口8000万人に対して8000人の集中治療専門医がいます。アメリカ、イタリア、フランス、韓国なども重症ベッド数が日本より多いのです。

このように医師不足などが影響して日本は重症ベッドが少ないにもかかわらず、厚労省は新型コロナ患者の受け入れに不可欠だった全国の公立公的病院の再編統合を検討しているのです。病気になっても入院を断られるほど重症ベッドが足りないし、運よく入院できたとしても専門の医師がいないのだから、新型コロナで重症になったら助かる命も助からないと考えたほうがいい。政府はこういうことをはっきりと説明すべきです。そうでないと国民も危機意識を持てません。

――新型コロナの「医療崩壊」が、医師不足に端を発する構造的な問題なら、医師会はなぜ声を上げないのでしょうか。

本田 医師会は、病院や診療所などで雇用されている勤務医より開業医の利益を守ろうとしがちです。開業医は競争相手を増やしたくない。だから、医学部定員削減には賛成です。日本医師会の中川俊男会長も北海道の私立病院の理事長を務める開業医に近い立場で、医学部定員削減は熱心に訴えますが、医師不足のことは一切発言しません。医師会で「医者が足りない」と発言することは禁句なのです。

厚労省は医療費を減らしたい張本人なので当然、医師不足とは言わず「医師の地域偏在」としか言いません。私は10年以上前に日本医師会の勤務医委員会の委員に選ばれましたが、医師不足の改善を声高に語っていたせいか、1年でお役御免になりました。もっとも、医師たちが率先して声を上げない理由はほかにもあります。「大切な物」を国に握られているからです。

――それはなんでしょう?

本田 保険診療の際に医療保険から医療機関に支払われる診療報酬です。どんな治療をしたら、いくら治療費がかかるかは厚労省が決めることになっています。それを下げられたら病院経営に直結するので、医師会は国の方針に逆らうことはしないのです。

ちなみに日本は、外来診察料の平均がOECD平均の4割にしかなりません。例えば、胃の内視鏡検査をした場合の診療報酬は1万1400円です。しかし、ドイツは3万8000円、アメリカは8万5000円と大きく違います。日本の外来、診察、検査、手術の報酬は、世界平均と比べて半分から3分の1程度しかないため、病院の収入は諸外国と比較して少ないのです。診療報酬が低いと、病院は利益を出すためにひとりの患者さんの診察回数を増やす薄利多売方式にならざるを得ません。

――では、日本の病院の経営状態はやはり厳しいのでしょうか。

本田 病院の経営実態調査を見ると、私立病院と国立病院はギリギリかわずかに黒字、公立病院などは完全に赤字です。収入にしても、勤務医が開業医より安いのは日本ぐらいだと思います。

例えばアメリカの勤務医で、心臓外科医などは年収5000万円ぐらい稼ぎますが、日本の勤務医はその3分の1にも届きません。製薬メーカーと医療機器メーカーは厚労省が価格を世界最高レベルに設定しており大きな利益を確保していますが、日本の大病院は決して儲かっていないのです。昨年7月に、東京女子医大病院で400人の看護師が退職しました。経営が苦しくてボーナスが払えなくなったからです。

――新型コロナのワクチン接種が進められていますが、コロナ禍はまだ続きそうです。ここに挙げた日本の医療の問題を改善していくためにはどうすればいいのでしょうか。

本田 新型コロナの感染対策において日本は依然としてPCR検査数は少ないままで、死者数は東アジアでトップクラスになってしまいました。こうなった大きな原因は、とにかく医療費を削ることに重きを置いて、肝心の医療体制をきちんと整備してこなかった政策の誤りにあると思います。

ワクチン接種はスタートしましたが、新型コロナの収束にはまだまだ時間がかかります。今までの対策をきちんと検証することはもちろんですが、少子高齢化が進む日本で、果たして今のような医療体制で本当に大丈夫なのか? 新型コロナをきっかけに、われわれひとりひとりがこの問題に目を向けて感染症のパンデミックにも対応できる医療の形を作っていく議論を本気でやるべきです。そうしないと同じ失敗を将来も繰り返すと思います。

本田 宏 Hiroshi HONDA
1954年生まれ、福島県郡山市出身。医師(外科医)。東京女子医科大学腎臓病総合医療センター外科を経て、埼玉県済生会栗橋病院で外科部長、副院長、院長補佐を歴任。現在はNPO法人医療制度研究会副理事長、日本医学会連合労働環境検討委員会委員を務める。著書に『本当の医療崩壊はこれからやってくる!』(洋泉社)、『高齢期社会保障改革を読み解く』(共著、自治体研究社)、『Dr.本田の社会保障切り捨て日本への処方せん』(自治体研究社刊)などがある。


『日本の医療崩壊をくい止める「コロナ禍の医療現場」からの警鐘と提言』
本田 宏 和田秀子/著 泉町書房 2090円

*3月24日、衆議院厚生労働委員会で参考人答弁を行なった本田宏氏の映像を【医療制度研究会ホームページ】からご覧になれます。https://bit.ly/3dbjbm0