配達に向かうヴァン。滞在資格の関係で週に28時間しか就労できないため、短時間に効率よく配達を行なう

■フードデリバリーと不法就労

コロナ禍以降、私たちの暮らしを大きく変えたのがフードデリバリーサービスの流行だ。最大手の「ウーバーイーツ」のほか、「出前館」「menu(メニュー)」「ウォルト」などの各社がしのぎを削る。いまや食事どきに保温カバンを背負って自転車をこぐ配達員たちの姿は、都市部ではすっかりおなじみの光景になった。

ところが今年6月22日、流行に冷や水を浴びせるような不祥事が報じられた。ウーバーイーツ日本法人と同社の代表社員だった47歳女性と、コンプライアンス担当の36歳女性が、入管難民法違反(不法就労助長)の疑いで、警視庁により東京地検に書類送検されたのだ。

直接の理由は、昨年6月~8月に不法滞在者のベトナム人男女ふたりを「配達パートナー」(配達員)として雇い不法就労を助長したとされること。警視庁は過去3回にわたり、ウーバーイーツ側に外国人配達員の在留カードの真贋(しんがん)のチェックや本人確認の徹底を申し入れてきたが、一向に改善される様子がなかったため、悪質とみなして強行措置に踏み切った模様だ。

しかし、運営側の問題点に関する報道は多いものの、現場の外国人ワーカーたちの素顔はあまり知られていない。そこで今回、筆者(安田)は近年特に問題が多く報じられている、在日ベトナム人配達員たちに事情を聞いてみることにした――。

(注.この記事は今年7月19日発売『週刊プレイボーイ』(No.31‐32)に掲載されたものをウェブ向けに再編集しています)

■ウーバーイーツは日本語能力の審査が緩かった

「これまでに働いたのは、ファミレスとコンビニと工場と居酒屋と......。ヤクザのところで廃品回収をやったこともある。でも、オレにはフードデリバリーが一番向いていると思うんだ。サボりたい日はサボれるし、うるさい日本人の上司もいない。週払いだからカネはすぐにもらえるし、いいことばかりさ」

今年6月下旬、在日ベトナム人のヴァン(男性、21歳)はそう話した。私が通訳を同席させてウーバーイーツを何度も呼びまくり、やってきたベトナム人配達員に片っ端から取材依頼をおこなった結果、応じてくれたのが彼だった。

「稼ぎは1週間で3万~4万円。よく働く日は、1日に20件くらい配達している。僕の在留資格だと(留学生と同じく)週に28時間しか就労が許可されないのが悩みどころだね」

彼はベトナムの首都ハノイ出身だ。もとは2018年に来日した留学生だったが、出席日数が足りずに日本語学校をドロップアウト。現在はコロナ禍による帰国困難を理由に、「特定活動」という在留資格を得てバイト生活を送る。配達員になったのは今年3月ごろからだ。

「報酬を増やすコツはあまり意識していない。ただ、近場への配達を繰り返すほうが儲けやすいから、基本的には2km圏内で動いている。1日30kmぐらい自転車で走っているかな」

ウーバーイーツの配達員は、アルバイトではなく個人事業主として業務委託契約を結んで働く。配達1件あたりの報酬は、今年5月からの算出方法の変更があり不明確になったのだが、おおむね300円程度という場合も多い。

インセンティブも加わるとはいえ、例えば競合他社の出前館では配達1軒あたりで700円以上(関東圏)の報酬を得られるのと比べるとかなり安い。だが、ベトナム人労働者たちは、もっぱらウーバーイーツで働いている。

なぜかというと、ウーバーイーツのほうが就労のハードルが低いからだ。出前館は配達員になる前に面接があり、高い日本語能力が求められる。ヴァンは日本語がかなり流暢なのだが、それでも出前館の面接ではハネられたという。

「それに比べてウーバーイーツはネットの手続きだけで始められて、審査がめちゃくちゃユルい(注:取材当時)。働くのに日本語能力はほぼいらない」

■「儲けたら日本のソープに行きたい」

もっと彼らの実態を知りたい。そこで今度は、フェイスブックの在日ベトナム人向けウーバーイーツ配達員コミュニティで知り合った男性3人に、彼らの自宅で夕食を共にしながら、自由にしゃべってもらうことにした。

今年6月末、取材に応じたのは以下の顔ぶれだ。いずれも東京23区内在住である。
    
A:25歳、元留学生、配達歴1カ月、デリバリー専業
B:22歳、留学生、配達歴4カ月、キャバクラのボーイと兼業
C:20歳、留学生、配達歴半年、居酒屋バイトと兼業
    
――まず、ウーバーイーツで働くことになった経緯や動機は?

A サービス自体は3年前から知っていたけど、コロナの流行後、「儲かるらしい」と先輩に聞いて、実際に働くことにしたんだ。1日の稼ぎは4000円~8000円。月収だと10万円ちょっとかな。都内の家賃10万円の部屋に、同じベトナム人のルームメイトと4人で住んで、家賃や光熱費を浮かせて暮らしてる。

B 僕はいま20歳なんだけど、家族に仕送りしてあげなきゃいけない。配達員は副業でやってるから、月の稼ぎは5万円くらいだね。

C 大都市圏じゃないと稼ぎにくい。あと、日本語ができない知り合いは1週間で数千円しか稼げなくてやめた。そういう人も意外と多い。

――自転車はどういうのを使ってるんですか?

A 普通のママチャリ。俺、配達品を受け取ったり届けたりするときに、急ぐために鍵をかけないことが多いんだよね。だからこの前、自転車を盗まれた。警察に届けたら数日後に連絡が来て、10kmも離れた場所で川に放り込まれた状態で見つかった。自転車がない間は商売上がったりだったよ。俺はクレジットカードを持ってないから、シェア自転車も借りられないし......。

C 俺もママチャリ。自転車も保温バッグももらいもので、初期投資はゼロだった。ルームメイトも配達員だから、みんなでバッグを共有してる。

宴席を囲みながら事情を話す配達員C君。ドンブリ鉢にありったけの氷をぶちこみ、そこにビールを注いで飲み干すのがベトナム式の飲み方だ

――働いて大変だったことも教えて下さい。

C ムカつく客かな。クレカ決済じゃなく配達員に現金を払う形だったんだけど、俺は小銭を持っていなかったから、43円のお釣りに50円玉を渡したんだ。そうしたら、後でアプリで「Dislike」(悪い)評価を付けられた。相手が7円得するのに、おかしいじゃん? しかもアプリの注意書きにも、「配達員がお釣りを持っていないことがあるので客側が小銭を準備してください」って書いてあるのに。

A 移動中に警官の職質を受けて、在留カードをチェックされたことで配達が遅れて、客に怒られた。なんで日本人のオッサンはいつも怒鳴るんだろうな。

B ウーバーイーツは配達距離が長くてもあまり報酬が増えない仕組み(当時)なんだけど、最初はそれを理解していなくて、自分が荒川区に住んでいるのに羽田空港までのデリバリーを受注したことがあった。往復で3時間以上かかったよ。

――逆にウーバーイーツをやってよかったことは?

A 1500円の弁当を届けたら「チップだ」と言って、ポンと1000円札をくれた人がいたこと。

B 近所なので、吉原のソープ街からよく注文が入るんだ。女のコに会ったりプレイルームに入ったりはできなくて、裏口でボーイに配達品を渡すだけなんだけど、いつもドキドキしてる。もっと儲けたら日本のソープに行きたいよ。

C 東日暮里のマンションに届けたとき、部屋のドアを開けたら、裸にバスタオル1枚だけ巻いた25歳くらいの女のコが出てきた。髪がまだ濡れてて、後ろで縛ってた。入浴中だったみたいなんだ。かわいかったし、おっぱい大きかったから、マジで超サイコーだった(笑)。

■「何度も自転車で首都高に入ったよ」

ウーバーイーツの注文が入るというマクドナルドの近所には、1時間の滞在費用がわずか120円のベトナム人専用ネットカフェがある。

店長は日本語を話せず、店内言語はベトナム語のみ。たばこをくゆらせてカップ麺をかきこみ、時には数日間ぶっ通しでオンラインゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』をプレイしながら、スマホが鳴ればフードデリバリーをに出て日銭を稼ぐ......。そんな退廃的でサイバーパンクな毎日を生きる、ベトナム人ギグワーカーたちの溜まり場となっている。

なお、気さくで人懐っこい見た目のAは、シャツで隠れた腹と背中にびっしりとタトゥーを入れていた。そのうち背中の部分は日本で入れたという和彫だ。BとCもそれぞれ、身体に「スミ」が入っている。彼らの仕事事情についても、根気よく尋ね続けるとシャレにならない話がどんどん飛び出してきた。

ベトナム人ウーバーイーツ配達員たちがたむろするネットカフェ。店内ではベトナム語しか通じず、室内にはたばこの煙が充満している

――去年の5月、ウーバーイーツ配達員が自転車で首都高に侵入した事件が報道されていたけど、あれはベトナム人じゃないの?

C そうだと思うよ。だって、俺自身も間違えて何度も首都高に侵入したことがあるもん。配達中はグーグルマップだけを見ているから、今いる道がどういう道なのかわかってないんだよね。まあ、俺は体力があるから、そういうときは自動車並みの速度で自転車をこぐ! これで問題ない。

B 僕も3週間ほど前に、南千住から上野に向かう途中で首都高に入ってしまった。周囲の車が猛スピードで走ってるし、すげえクラクション鳴らしてくるからムカつくな?と不思議に思っていたら、サイレンを鳴らしたパトカーがやってきて拡声器で怒られた。でも、なんとか撒いたから捕まらずに済んだよ。後で知ったことだけど、日本の高速道路って自転車で入っちゃダメだったんだな。

――ベトナムでもダメなのでは?

A まあそうだけど、首都高侵入は俺もやったな。本線に入っているときはまったく気づかなくて、出るときにずっと下り坂で風が気持ちいいなあと思っていたら、一般道と合流する場所に警官がいて、大声で呼び止められた。全力でペダルをこいで逃げ切ったよ(笑)。

――ほかにヤバい話を教えて。

A シャブ(覚せい剤)を鼻から吸引してから働くやつがいる。キメるとシャキーンとして、やたらに「仕事クダサーイ!」を連呼しはじめるから、すぐわかる。

B 悪いベトナム人留学生は、飲み会みたいなノリで仲間で集まってシャブパーティーをやってるよね。シャブは1グラム3万円くらいで安くはないから、あまり頻繁にはできないけど、それでも月に1、2回はやってる。身近に参加者がいるよ。

C 薬物をキメた状態で配達中に事故ったら、身体から薬物の陽性反応が出て逮捕されてしまうだろ? 俺たち、日本にカネを稼ぎにきたはずなのに、ずっと牢屋(ろうや)に入れられたんじゃシャレにならないよな。

話を聞いた3人は、ウーバーイーツの配達員として働くベトナム人のなかでも、特に〝ワル〟なほうかもしれない。ただ、フードデリバリー界隈に闇深い話が多いことは確かである。

相次いだ不祥事を受けて、日系資本のサービスである出前館やmenuは今年6月に外国人のアカウント登録をいったん停止した。一方、ウーバーイーツは今年に入って在留カードやパスポートといった本人確認書類の目視チェックをようやくはじめた。

そのことについて同社に問い合わせてみると「Uberはプラットフォームのいかなる不正利用も大変深刻に受け止めており、配達パートナーの登録手続きを強化すべく、措置を講じてまいりました。本件捜査に関し、捜査機関に全面的に協力しております」との回答があった。

今年9月、ウーバーイーツは外国人留学生や、コロナ禍による帰国困難者も多い「特定活動」資格で在留する外国人の新規登録の停止を発表したが、8月24日以前に登録を済ませている外国人配達員はそのまま働ける、としている。

■39℃の熱が出ても配達は休まなかった

後日談もすこし紹介しておこう。記事中に登場するA・B・Cのやんちゃな配達員3人組とは、その後もメッセンジャーソフトで連絡を取っていた。

取材時に通訳をつとめてくれていた、日本人女子大生のL嬢のもとに、配達員Cからメッセージがあったのは、日本人の社会では緊急事態宣言が出ていた8月25日のことだ。外飲みを誘ってきたCは、こんなことをいい出した。

「コロナになった」「みんな」

ベトナムで普及しているメッセンジャーアプリ『ザロ』で送られてきたメッセージ。真偽を厳密に確かめることはほぼ不可能なのだが......

上の3人は、あと1人のベトナム人の友人とともに部屋をシェアして4人暮らしをしている。どうやら彼らの間で体調不良者が続出したらしい。そこで私も、自分といちばん仲がいい配達員Aに、フェイスブックのメッセンジャーソフトで状況を聞いてみた。

「PCR検査を受けていないけれど、7月下旬ごろにみんな39度の熱が出た。仕事? カネかせぎたいし、休まずにちゃんとやったよ。熱くらいたいしたことがないさ」

彼らは費用への懸念からか日本の病院を好まず、ゆえに病名について正確な診断結果も出ていない。だが、同居する複数人が同時に高熱を出したことと、体調が悪くても配達を続けていたことは、どうやら確かなようだ。

もちろん、これは彼ら数人に限った話だ。とはいえ、日本人会社員の間でも発熱を隠して出勤した事例が伝えられている昨今、より「自由」に働けるフードデリバリーの従事者に、同じような事例があったとしても不思議ではない。

本来、スキマ時間を活用して手軽に小遣いを稼げる自由な働き方として脚光を浴びていたはずのギグワーク。だが、日本語でのルールの理解が難しい外国人労働者の参入と、従来のおおらかすぎたプラットフォーム側の姿勢によって、大きな岐路に立ちつつある。

○安田峰俊
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇や日本の外国人問題といったハードなものから、恐竜研究や中国の風俗事情などの趣味的なものまで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』のほか、『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)、『中国vs-世界 呑まれる国、抗う国』(PHP新書)など著書多数