コロナ禍で浮き彫りになったのが、SNSの持つ負の側面だ。トイレットペーパーの買い占めやワクチンに関する不正確な情報など、コロナ関連のデマは枚挙にいとまがなく、社会に混乱や分断を生み出し続けている。
こうした現象を計算機科学の手法で分析するスペシャリストに、今後も向き合うことになるであろうSNS上のデマ、そして炎上の構造について聞いた!
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■デマの起点はごく少数の人
「コロナのワクチンで不妊になる」
「ワクチンにはマイクロチップが仕込まれている」
SNS上では新型コロナウイルスのワクチンに関する不確かな情報が今日も拡散され続けている。
では、デマはどのように拡散するのか? 計算社会科学の手法でSNSを分析する、東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫(とりうみ・ふじお)教授に聞いた。
――SNSを見ていると、いわゆるワクチンデマをしばしば見かけます。
鳥海 大きな社会問題ですよね。ただ、まず大事なのは、社会にはいろいろな意見があるべきですし、ワクチンに批判的な投稿=すべてデマ、というわけではない点です。とはいえ、ワクチンのような健康に関わる出来事に関しては、被害者が出てしまいますから科学的に誤った情報が出回るのはまずいですよね。そういう意味では、そのようなデマは問題です。
私はもともとコンピューターサイエンスの手法で社会を分析する研究をしていたんですが、2011年の東日本大震災以降、SNS上のデマの分析をするようになりました。大量のデータを扱い、例えば特定のデマがいつ、どのように広まったのか、どういう人が広めたのかを可視化できるんです。
――11年は「SNS元年」といわれる年ですが、10年前と比べたらデマはやっぱり増えているんですか?
鳥海 当時と比べればSNSのユーザーが増えたので当然総数は増えているのですが、それでも実はデマは全体の中ではごく少数なんです。Twitter上の反ワクチンに関する投稿を分析すると、リツイートをして広めている人の数はせいぜい3万人くらい。日本にはTwitterのアカウントが4500万あるといわれていますから、本当に微々たるものです。
――意外と少ないですね。
鳥海 ところが、だからといって問題がないわけではありません。まず、反ワクチンツイートを目にする人の数は投稿のざっと100倍くらいいるとすれば、300万人近くがその投稿を見ることになる。これだけでもちょっとした数ですよね。それに、Twitterで目にした情報をリアルの場で広める人もいるでしょう。
――3万人がリツイートしたデマが一気に100倍以上に拡散すると。
鳥海 ええ。デマ拡散を含めた情報の爆発的拡散は同時多発的に広まる「山火事モデル」と、特定の発信者による「インフルエンサーモデル」に大別できるんですが、反ワクチンは前者のようです。ただ、同時多発といっても情報源自体は極めて少ないのが特徴。
米国でワクチンに関するデマ情報を熱心に発信している人たちのことを「ディスインフォメーション・ダズン」と呼びますが、これは「偽情報を発信する12人(Dozen)」という意味です。たった12人が発信するデマが数百万人にまで広まるんですね。
日本にも似た構造はあって、今年1月から7月に投稿されたワクチンに関するツイート約6300万件を分析した私の研究では、日本でワクチンと不妊を結びつける不確かな情報を継続的に発信している人たちは29名に絞り込めることがわかっています。
――想像以上に少ないですね。
鳥海 一方で、少数の人々が発信した情報が一気に広がるのは対抗する側も同じ。反ワクチン投稿を否定するツイートは約13万件と反ワクチン情報以上に拡散されているんですが、こちらの出どころはたった4つのアカウントです。
■社会貢献をした気になるデマ拡散者たち
――最初にデマを発信してしまうアカウントはどんな人たちなんでしょうか?
鳥海 いろいろです。悪意なくデマを発信してしまう人もいますし、なかにはビジネス的な動機を持つ人がいる可能性も否定できません。ただ、デマに限らず主流ではない情報を発信する人たちにおおむね共通しているのは熱心なことですね。情報を繰り返し発信し続けるんです。
日本の場合、先ほどの29アカウントだけで計473回ツイートをしていて、多いアカウントは66回もツイートしたことを確認できた。たくさん情報を発信しているからこそ発信源になれる面もあるんですね。
――なぜそんなに熱心に?
鳥海 理由のひとつは、SNSには「いいね」やリツイートなどのご褒美があることでしょう。要は承認欲求です。そういうフィードバックがあるからますます情報を発信し、たくさん情報を発信するからフォロワーが増える......というループを繰り返すことでいわゆるインフルエンサーが誕生します。
もうひとつは、正義感。デマは当然否定されるわけですが、デマを信じる人の立場に立つとそれは迫害に思える。だからますます「真実を広めないと」と熱心になり、ずっと投稿を続けるんでしょうね。
――彼らはいわばデマの一次発信者ですが、それを拡散した数万アカウントはどういう人たちなんでしょう?
鳥海 少なくとも3パターンに分かれます。ひとつはその情報を真剣に信じている人たち。もうひとつは、それを信じてはいなくとも単純に面白がっている人たち。「ソーシャルポルノ」と呼ぶのですが、楽しい、気持ちいい情報として消費している人たちです。そして最後の1パターンが、「社会貢献」をしたつもりの人たちです。
――どういうことですか。
鳥海 デマを本気で信じている人ほどの熱量はないけれど、正しい情報を広めて良いことをしていると考えている人たちです。これを英語で「スラックティビズム」(怠け者の社会貢献)と呼ぶんですが、それはワンクリックで手軽に社会貢献しているつもりになれるからですね。
昨年あった「トイレットペーパーが買えなくなる」というデマの拡散では、こういう人たちが重要な役割を果たしたと考えられます。
■高市氏支持者の投稿が7割超
――炎上も目立ちます。特に東京五輪の開会式前なんかは頻発していました。
鳥海 そうですね。少数のアカウントの投稿が一気に広がる点では基本的構造はデマと同じです。ただ、ひと言で炎上といってもいくつか種類があります。
個人や芸能人がインスタグラムのコメント欄などローカルな場所で炎上する「個人的炎上」と、企業や著名人などが社会的に広く批判にさらされる「社会的炎上」のふたつに大別できるんですが、私が計算社会科学の手法で研究するのは、主に構造的にデマに近い後者です。
東京五輪開会式の作曲担当だったものの、過去のいじめに関する発言が発掘された小山田圭吾氏の炎上も、ごく少ない投稿から始まったという構造においてはデマと似ています。
なおこのほかにも、そもそも批判が2、3件しかないのに「タレントの○○が炎上!」とWebメディアなどが書きたてるパターンも多くて、私はこれを「非実在型炎上」と呼んでいます。
――「個人的炎上」には、投稿内容がどんどん過激になっていって、自ら燃えていくようなアカウントも多いですが。
鳥海 その点はデマと似ていて、フォロワーが求める情報を発信する傾向を強めていった結果、過激化していくことがある。つまり、ある種のサービス精神ですね。
デマとは少し違いますが、「ホームレスに存在価値はない」とYouTubeで言って炎上したメンタリストのDaiGo氏もサービス精神旺盛な方なのかもしれません。もちろん、彼の場合は経済的なインセンティブもあったでしょうし、理由がなんであれ差別的な発言は許されないのですが。
――前の話に戻りますが、つまりデマも炎上も、社会全体でじわっと広がるというより、偏った場所から始まるんですね。
鳥海 それは結局、SNSというメディアには偏りがつきものだからです。
例えば自民党の総裁選がTwitterで話題でしたが、9月1日~22日の総裁選に関する投稿を分析してみました。
その結果、リツイート数上位1000位までの投稿のうち、7割以上が高市早苗氏の支持者によるものだったんです。だから、Twitterだけを見ているとなんだか高市氏が当選するようなムードが感じられましたが、実際はそんなことなかったですよね。
逆に、当時から優勢が伝えられていた河野太郎氏や岸田文雄氏の支持層はTwitterではまったく存在感がありませんでした。
――それはなぜ?
鳥海 サイレントマジョリティとノイジーマイノリティという考え方があります。少数派ほど声が大きい場合があり、逆に多数派は沈黙するので見えないことがあるんです。今回の総裁選では、河野氏や岸田氏の支持層は大声で応援しなくても勝つ可能性が高いことを知っていたから沈黙していたのかもしれません。昨年の都知事選で小池百合子氏の支持層が静かだったのも同じでしょう。
だから、Twitterのみでニュースや知識を得るのは危険なんです。実際に情報が拡散される動きを見ても、特に党派性の強い話題はどうしても偏った広がり方をしますから。
――では、どうやってSNSで情報を得ていけばよい?
鳥海 大きく分けてふたつです。だまされることは誰だってありますよね。もちろん私もデマを信じてしまって後で恥ずかしくなることがあります。つい「アホだからだまされる」と思ってしまいがちですが、「いつ自分がそのアホになるかわからない」と自覚することが大事でしょう。
そしてもうひとつは、偏りの自覚です。SNSはあなたの好みに合った情報が流れやすいようになっている。これはどんな人にも当てはまるSNSの根本的な構造です。見ることのできる情報は全体のごく一部しかないと意識したほうがいいでしょう。このふたつさえ忘れなければ、SNSは便利なツールであり続けるはずです。
●鳥海不二夫(とりうみ・ふじお)
計算社会科学者。1976年生まれ、長野県出身。東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム専攻博士課程修了。2021年より東京大学大学院工学系研究科教授。専門は計算社会科学で、SNSや炎上の定量分析研究で知られる