10月20日から、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が本格的に開始。都内病院でカードの利用を実演する牧島かれんデジタル相 10月20日から、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が本格的に開始。都内病院でカードの利用を実演する牧島かれんデジタル相

交付開始から6年目、マイナンバーカードの普及率がコロナを機に倍増しているという。さらに、先の衆院選では公明党が「一律3万円分のマイナポイント付与」を公約に。

申請するのは面倒くさそうだが、それを上回るメリットはあるのか? デジタル庁の担当者らを直撃した。

■カードの利便性を感じにくい理由

「そろそろ、あなたもマイナンバーカード!」

黒柳徹子さんがそう叫ぶCMが盛んに放映されるなど、政府はマイナンバーカードの普及に躍起になっている。

それもそのはず。政府は2023年度末までに"ほぼ全国民"へのカード配布を目指しているが、今年10月末時点の交付枚数は4952万枚で、普及率はまだ39.1%。その理由をITジャーナリストの三上洋氏はこう見ている。

「個人情報漏洩(ろうえい)への不安感、申請が面倒などいろいろありますが、総じてカードを持つメリットがよくわからないということだと思います」

だが実は、現在の交付枚数は昨年4月時点(2033万枚)に比べると約2.5倍に激増しているのだ。

デジタル庁のマイナンバーカード担当官、向上啓(こうじょう・けい)氏によると、その要因は「マイナポイント」だという。昨年9月、政府がコロナ禍で沈んだ消費を喚起するために開始した事業で、交通系ICカードなどのキャッシュレス決済で買い物をすると最大5000円分のポイントが付与されるというもの。同庁はこれが「カードの普及を後押しした」とみている。

その申請はすでに今年4月末で締め切られているが、先の衆院選では公明党が「ひとり3万円相当」を付与する追加のマイナポイントを重点政策に掲げた。「与党の衆院選勝利を受け、生活困窮者向けの給付金として実行されるかもしれません」(三上氏)

さらに、大きな動きがふたつ。三上氏が続ける。

「今年10月から、マイナンバーカードを健康保険証として使えるようになりました。病院の受付に設置されているカードリーダーにかざし、カードの顔写真を機器が認証することで本人確認が完了。待合室での待機時間が大幅に短縮できるなどの効果が期待されています」

もうひとつは、デジタル版「ワクチン接種証明書」だ。

「現在、デジタル庁は12月中の導入を目指し、飲食店の入店時や旅行サイトでの予約時などにスマホで提示できるコロナワクチンの接種証明書アプリを構築していますが、デジタル庁は、『その申請にはカードを必須とする』という見解を示しています」

カードがなければデジタル版接種証明書を取得できないとなれば、普及率は劇的に上がるかもしれない。

ところで、そもそもマイナンバーカードとはどんなものでしたっけ? 三上氏が解説。

「マイナンバーは国民全員に割り振られていますが、カードは希望者だけに交付されます。カードの申請はスマホからでも可能で、専用サイトで必要事項を入力し、顔写真を添付して送信すれば、おおむね1ヵ月程度で自宅に届きます。

カードの表面には氏名、住所、生年月日、性別の基本4情報や顔写真、臓器提供意思のチェック項目などが掲載されており、住民票や戸籍証明書の交付申請からネットカフェの入会に至るまで、公的な身分証として使える点は運転免許証と同じです。

裏面にはマイナンバーが記載され、ICチップが埋め込まれている。ICチップには(前出の)4情報と顔写真などのデータが保存され、カードをスマホやカードリーダーにかざし、それらのデータを読み取ることで、デジタル空間での公的な個人認証が可能となります」

マイナンバーカードは街中にある証明写真機からも直接申請できる。郵送で届いた「マイナンバーカード交付申請書」の2次元バーコードをバーコードリーダーにかざし、ガイダンスに沿って操作すればOKだ マイナンバーカードは街中にある証明写真機からも直接申請できる。郵送で届いた「マイナンバーカード交付申請書」の2次元バーコードをバーコードリーダーにかざし、ガイダンスに沿って操作すればOKだ

カードに搭載される個人認証システムの構築に携わった、東京工業大学の小尾(おび)高史准教授は、「デジタル空間で本人確認ができる公的個人認証機能こそ、マイナンバーカードの肝」だという。では現在、カードを使って何ができるのか?

「役所に行かずとも、オンライン上でさまざまな行政サービスを受けられます。例えば、コンビニのマルチコピー機で住民票や印鑑証明書などの公的書類を受け取ったり、これは自治体によって異なりますが、図書館で本を借りられたり。

マイナポータル(後述)上では、就労証明書の入手や児童手当の受給申請のほか、昨年にはひとり10万円の特別定額給付金の申請にも使われた。カードを使って受けられるサービスはどんどん拡充されています」(小尾氏)

カードの公的個人認証機能は、総務大臣が認定した民間企業でも活用できる。三菱UFJ銀行はカードのみで自宅のPCから住宅ローンの契約手続きが可能になるサービスを始め、NTTコミュニケーションズは全社員向けにカードの社員証利用を開始、本社ビルの入退館認証や業務用PCのログイン認証などにカードを利用する取り組みを進めている。が、カードを利活用する企業はまだまだ少ない。

三上氏も「現状はカードで受けられるサービスが少なく、内容も地味。利用者メリットが高いとはいえない」と指摘する。実際、前述のように健康保険証利用が開始されたものの、肝心のカードを読み取る装置を導入している医療機関は約9%にとどまる(10月20日時点)。

また、カード保有者は「マイナポータル」という個人サイトを開設し、行政機関などが保有する自分の情報を閲覧したり、オンラインでさまざまな手続きができ、例えば今年8月、国は海外渡航者がコロナワクチン接種証明書を電子申請できる機能をマイナポータルに付け加えた。しかしこれを申請可能な状態になっている市区町村は20自治体(全体の1%)にとどまっている(9月22日時点)。

「国がそれなりにいい仕組みを構築しても自治体がついてこない。その点にも、国民がカードの利便性を感じにくい原因があります。カードの普及に向けては、国が自治体をいかに説得できるかが課題になっています」(三上氏)

■緊急時の給付金受け取りが迅速に

だが今後、カードの魅力は格段に増すかもしれない。三上氏が注目するのは、早ければ来年度に運用が始まる「公金受取口座の登録制度」だ。

「昨年、政府は国民からの特定給付金の申請をマイナポータル経由でも受け付けました。ところが、申請者はカードを使ってマイナポータルにアクセス後、氏名、住所、口座情報などを手入力する必要があったため、入力ミスが続出。

その結果、各自治体が申請者の入力情報をすべてプリントアウトし、住民基本台帳と照合して目視確認するという、超アナログな手法を取らざるをえなくなった。これにより自治体の現場は混乱し、給付が遅れてしまったのです」

だが、公金受取口座が登録してあれば問題は解消されるという。

「これは、マイナポータルに給付金などの公金を受け取る口座情報を登録しておくという制度で、緊急時には国が迅速にお金を給付できるというメリットがあります。

今後もコロナ関連の給付金が支給される可能性がありますが、登録口座があれば、マイナポータルを立ち上げ、スマホでカードを読み取ることで簡単に給付金が受け取れる。

口座登録はあくまで任意ですが、政府は緊急時の給付金だけでなく、児童手当や年金、所得税の還付金など、さまざまな公金受取口座として活用する方針です」(三上氏)

また小尾氏は、医療機関でカードを利用するメリットが今後どんどん高まるという。とはいえ前述のとおり、健康保険証としてのカード利用は進んでいない。ここから何がどう変わるというのか?

「カードリーダーの購入には国から補助金が出るので医療機関はほぼ無償で導入できますが、それで得た患者の情報を処理するための院内システムへの助成は一部にとどまっており、そこへの投資がなかなか進んでないというのが実情です。

ただ、医療機関では通常、数年に一度システム更新を行なうので、次の更新期にはカードに対応したシステムを入れるという流れになるはず。だから健康保険証としてカードを使える医療機関は今後、間違いなく増えていきます」

利用者のメリットとしてはこんなことも。

「患者の同意を前提に、医師や薬剤師らが患者の過去5年分の特定健診結果や既往(きおう)歴、また過去3年分の薬剤情報を閲覧できるようになっています。

これらのデータから医師は診療前に患者の健康状態を確認できるので、より適切な医療につながる。従来は医療機関の間で情報共有がなされていなかったために起きていた『重複投薬』(同じ薬を複数の病院から処方され服薬すること)も未然に防げます」

■全国が注目する"三条市モデル"

来年度には「引越しワンストップサービス」の開始も予定されている。

現在、引っ越しの際には住んでいた自治体の窓口に転出届を提出する必要があるが、「カードを持っていればマイナポータルから転出届を出せるようになるので、役所に行かなくても済むようになります」(前出・向上氏)

「これまで引っ越し時には、銀行やクレジット会社、保険会社、通信会社、NHKなど、契約する事業者ごとに住所変更の手続きを行なう必要がありました。

非常に煩雑な作業なので、事業者への住所変更の申し出をつい忘れてしまう人も少なくなかったと思います。そのため事業者側にとっても、請求書などの郵送物が宛先不明で返送されてくるなど、よけいな労力とコストがかかっていました。

しかし来年度からは、本人の同意があれば、カードの発行状況などを管理する『地方公共団体情報システム機構』から、民間事業者が契約者の転居先の情報を取得できるようになるので、引っ越した人が事業者に住所変更を申し出る必要はなくなります」

さらに今、全国の自治体から問い合わせが殺到している先進的な事例がある。新潟県三条市が取り組む「避難所の入退所認証」だ。同市の担当者が説明する。

「当市では、災害時の避難所の受付で被災者がカードをカードリーダーにかざすと、世帯全員の情報がPC上に表示され、家族の誰がどの避難所にいるか、逆に誰が避難所にたどり着けていないかが、ひと目でわかるシステムを構築しました。家族の安否確認や行方不明者のリスト作成を迅速に行なえるのが利点です」

同市では2011年に起きた水害を教訓に、このシステムを構築したという。

「当時の避難所では、手書きで避難者名簿の台帳を作成していました。各避難所からその名簿を本庁の担当課にFAXで送り、PCに入力していたのですが、その入力作業は徹夜でも追いつかないほど大変で、しかもFAXだと文字が潰(つぶ)れて判別できず、確認作業にも手間取りました。しかしカードを利用することで数秒で避難者登録が完了し、同時に本庁のシステムにも共有されます」

カードを災害時にフル活用する"三条市モデル"は今後、全国に波及するかもしれない。

自治体による先進事例はほかにもある。前出・小尾氏が注目するのは、カードの交付率が全国1位(約70%)の石川県加賀市の取り組みだ。

「同市では『e-加賀市民』という制度を今年度中に開始する方針。これは、カードによる公的個人認証を使って加賀市に『電子市民』として登録した市外居住者に、市内で受けられるさまざまなサービスを提供するというものです」

提供サービスには、市内での宿泊費の支援、コワーキングスペースや会議室の無償貸出、移住体験プログラムの優先提供、移住手続きのワンストップ支援などがある。「獲得した電子市民を移住・定住へと誘導し、同市が抱える人口減という課題の解決につなげるのがこの制度の目的」(小尾氏)なのだという。

「カードを使った電子市民の取り組みには発展性があり、今後、ほかの自治体にも広がる可能性があります。例えば、ふるさと納税で寄付してくれた人に返礼品にプラスして、わが町の電子市民になる特典を付与するとか。

電子市民が参加できる"バーチャル市議会"を作る、というのも面白い試みかもしれません。市外在住の多様な人材が集まりますから、現実の世界とはまったく異なるユニークな条例案や政策案が生まれるはずです」

このほか、茨城県つくば市は3年後の市長選・市議会選で、カードを使った「ネット投票」を導入することを目指している。その実証実験として今年、市内の中高一貫校の生徒会役員選挙でスマホ操作による「ネット投票」を実施するなど、新たな試みは各地で始まっている。

さらに、運転免許証とカードの一体化など、今後、その利便性はさまざまな分野で大きく向上しそうだ。"俺もそろそろマイナンバーカード"の時期は来ているのかもしれない。