ネット上で毎日のように起こっている『炎上』。巻き込まれた人が命を絶つ痛ましい事件も起こっており、もはや社会問題となっている。ちょっとしたきっかけで炎上してしまう人も多く、ネット上での発信に恐怖感を持っている人も多いだろう。
炎上騒ぎで見ず知らずの他人を攻撃する人々は、いったい何者なのか? ネット言論はどの程度社会の意見を反映しているのか? そんな疑問に計量経済学の手法で答えるのが、『正義を振りかざす「極端な人」の正体』の著者で、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授だ。
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――炎上を目にすることが多くなっている気がします。
山口 今年についてはまだデータが出そろっていないですが、昨年に続き多いです。2019年の炎上件数は1200件ほどなのですが、20年は1415件(*)。新型コロナの影響で増えたと考えられます。だから今年も、炎上件数は「高止まり」のままではないでしょうか。
(*)シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所の集計。「炎上」というキーワードを含むTwitter上の投稿を抽出した上で、特定の団体や個人に起因しない事象は除外してカウントしている
――去年は平均して一日に3回以上も炎上が起こっているんですね。しかし、なぜ?
山口 コロナによって社会がピリピリしていたのに加え、自粛などの影響でSNSの利用時間が増えたからでしょう。実際、東日本大震災(11年)や熊本地震(16年)のときも「不謹慎狩り」や「自粛警察」は増えました。災害下では悪者を探して叩く傾向が強まるんですね。残念ながらこれを止めるのは非常に難しいので、次の災害でも同じことが起こると思います。
あと、新型コロナに関しては、感染症であることが炎上を後押ししたかもしれません。少数の感染者からクラスターが生まれるなど、ひとりの行動が周囲に大きく影響するからです。
――社会がどんどん不寛容になっていっている気がします。
山口 いや、一概にそうとは言えません。海外のものを含むさまざまな研究を見ると、ネットは極端な考えを持つ人を集めやすく、しかもそういう人ほど熱心に、繰り返し情報を発信することがわかっています。
例えばツイッター上での政治的な投稿について調べた南カリフォルニア大学の調査では、極右と極左の人ほど投稿頻度が高いことがわかっています。
さらに、ネット上だと人は攻撃的になりがちですし、攻撃的な意見ほど拡散される傾向もある。つまり、ネットやSNSは世論を正確に反映したものではまったくなくて、「極端な人」ばかりが目立つ空間といえます。
――少し安心しました。今年の炎上に何か傾向はありますか?
山口 ここ数年、ジェンダー関連が圧倒的に燃えやすくなっています。東京五輪大会組織委の森喜朗会長(当時)による「女性が入る会議は時間がかかる」発言(2月)は偏見が批判された典型例ですが、温泉地を萌(も)えキャラ化した「温泉むすめ」の設定内に「夜這(よばい)」「スカートめくり」といった内容が含まれ炎上したケース(11月)など、性的表現が問題になるケースもあります。こちらは線引きが難しいですね。
それから、オリンピック関連の炎上も多かった。開催直前の7月に、過去に障がい者のいじめ発言をしていた小山田圭吾さんが五輪作曲陣から辞任したのはその代表例でしょう。
しかし、今年最大規模の炎上は小室圭さんをめぐるものでした。というのも、テレビが熱心に報じたからです。実証研究によると、6割近い人はネットの炎上をテレビを通して知るので、テレビでネガティブな報道がなされることにはすごく大きなインパクトがある。SNSと既存マスメディアが相乗効果を生み出してしまった例ですね。
――長期にわたった事例でいうと、無免許運転や議会の長期欠席で注目された木下富美子元都議の炎上も長かったですよね。
山口 彼女は炎上の初期対応を失敗した例です。明らかに自分に非がある炎上の場合は素早く謝罪することが鉄則なんです。もちろん彼女がやった行為は許されませんが、素早く謝罪して辞職などすれば、政界復帰もありえたかもしれません。でも、ずるすると逃げ続けた結果今の事態に。ここから巻き返すのは至難の業でしょう。
――YouTube関連も多かったですね。6月には人気YouTuber30名以上が深夜まで飲み会をしていたと報じられたほか、8月にはメンタリストDaiGoさんによるホームレスへの差別発言もありました。
山口 近年増えていますね。DaiGoさんの件は明確な差別なので擁護のしようがないのですが、名古屋市の河村市長が選手のメダルを噛(か)んだ(8月)のも同じで、これらは社会規範に反して炎上した例です。
ただ難しいのは、明らかにNGとは言い切れない表現が炎上する例。日本では、こうしたものも批判を受けたらとりあえず取り下げてしまう例が目立ちます。しかし同じくネットでの炎上と長く付き合ってきた"炎上先進国"の韓国では、自分の考えを堂々と説明して取り下げないほうが称賛されるとも聞きます。このあたりでは韓国に後れを取っていると思いますね。
昨年12月に、日本にも人種差別があることを指摘するナイキのCMが炎上したことを覚えていますか? 3人の若い少女たちがサッカーを通じて差別を乗り越えていくという内容で、かなり批判されたのですがナイキは取り下げませんでしたよね。つまり、あれは信念を持ってやったわけです。
――信念?
山口 「こういう批判が来るかもしれないが、われわれは理由があってやっているので取り下げない」という姿勢ですね。つまり批判を事前に想定する作業が必要だということです。
私の専門である経済学には「社会的コスト」という概念があるのですが、炎上を恐れるあまり人々が情報の発信をしなくなるのは社会的コスト、つまり損失です。その考えが、私の研究の根底にあります。
――炎上を恐れて萎縮すべきではないということですね。
山口 はい。ネット上の言論自体には明らかに意義がありますから。あと、ネットの情報には先にお伝えしたような偏りがあることも知ってほしいですね。
炎上が消えることはないと思いますが、ネット上の言論には偏りがあることを自覚しつつ、ネットリテラシーを持てば炎上と共生する社会は実現可能だと思います。今年もたくさんの炎上がありましたが、それでも私はネットの未来は決して暗くないと思っていますよ。
●山口真一(やまぐち・しんいち)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。1986年生まれ。博士(経済学)。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、プラットフォーム戦略など。『あさイチ』『クローズアップ現代+』(共にNHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。主な著作に『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)などがある
■『正義を振りかざす「極端な人」の正体』
光文社新書 836円(税込)
「ネット炎上」を研究する学問ジャンルがあることをご存じだろうか? 計量経済学の知見を用いて、ネット上の極端な人々の属性や傾向、ネット言論のいびつさを可視化する。「炎上参加者はネットユーザーの0.0015%。7割が男性で、主任・係長クラス以上が有意に増える」「最も拡散されやすい感情は怒り」「ネットを実名化しても攻撃的な書き込みの量は変わらない」など、データに基づいた衝撃の事実が次々と提示される