花粉症の治療薬が不足している薬局も。仮に市販薬に頼らざるをえなくなれば、患者の負担はバカにならない

オミクロン株の感染急拡大により再び医療崩壊が懸念される陰で、日常的に使う薬から命にかかわる薬まで、3000品目以上の処方薬が不足するという「医薬品供給崩壊」がひそかに進行している。いったいなぜ、そんな事態になったのか? (この記事は、1月24日発売の『週刊プレイボーイ6号』に掲載されたものです)

■発端はジェネリックメーカーの不祥事

厚生労働省が公定薬価を決めた医薬品リスト(薬価基準)に掲載されている医薬品(保険診療で使われる処方薬)は約1万4000品目あるが、現在、その約4分の1に当たる3000品目以上が、供給停止や出荷調整になっている。

都内在住の50代会社員は昨年夏、10年近く服用している高血圧薬が欠品と薬局で言われ、同じ効果がある別の薬への変更を余儀なくされた。

「薬剤師さんの説明で、製造が間に合っておらず、今まで服用していた薬の入荷時期はまったく未定と言われました。この日本で薬が足りないなんて信じられず、驚きました」

薬局側も四苦八苦している。仙台市内で薬局を経営する東北調剤の代表取締役で薬剤師の井筒(いづつ)隆宏氏は「私たちの薬局で特に足りていないのは、精神科の薬。ほかにも、これからシーズンを迎える花粉症などに使う抗アレルギー薬も品薄です」と話す。

また、炎症性の病気などの治療のために、骨がもろくなる副作用があるステロイドを服用中の患者には、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)治療薬のビタミンD3製剤の服用が時に必要になるが、その在庫確保にも苦労しているという。井筒氏の妻で薬剤師の井筒真喜子氏が言う。

「ビタミンD3製剤は、医薬品卸に患者さんの状況を説明して、『どうしても必要です』とお願いしてなんとか確保しています。それ以外の薬の確保も毎日が綱渡りの状態です」

薬局向けのコンサルティングを行なう実務薬学総合研究所の代表取締役で、薬剤師としても薬局に勤務する水八寿裕(みず・やすひろ)氏もこう語る。

「花粉症シーズンを前に抗アレルギー薬が足りないのは確かに困ったことですが、薬で命をつないでいる慢性心不全の患者さん向けの薬の一部が品薄で入手できないという深刻な現状もあります」

空の棚が目立つ、東京都内の薬局。高血圧の治療薬などさまざまな薬が欠品状態で、同一成分の別の薬を代用するなど、薬剤師は連日、腐心しているという

花粉症などに使う抗アレルギー薬も在庫が尽きかけていた

なぜ、医薬品がこれほど不足しているのか?

供給停止・供給調整中の3000品目以上のうち8割以上が、新薬の特許失効後に同一成分を使って製造される安価な薬「ジェネリック医薬品(以下、ジェネリック)」だ。

新薬は市場に出るまでに「10年・100億円」の時間と費用がかかるといわれるが、ジェネリックの多くはそうした新薬の成分の新製法を編み出すだけ。「開発期間は2~4年、費用は1億円以内」(ジェネリック企業役員)と低コストゆえ、安価に販売できることが医療機関や患者にとって最大のメリットである。現在、ジェネリックの販売価格は同一成分の新薬の半額以下に定められている。

世界最速の高齢化で予想される医療費増大と、それによる財政圧迫を抑える手段のひとつとして、国は2000年代半ばから本格的なジェネリックの使用促進策を推進してきた。

今では、ある新薬のジェネリックが発売されると半年以内にその新薬の売り上げの6割以上がジェネリックに置き換わることもまれではない。その結果、新薬とジェネリックが共存する医薬品の流通量の80%弱をジェネリックが占めるほどになった。

今回の問題の背景のひとつには「原薬」の不足がある。ジェネリック企業の多くは、薬の成分となる原薬を中国やインドなどから輸入していたが、コロナ禍で滞ってしまった。しかし、より大きな要因は、ジェネリック企業の相次ぐ「不祥事」である。

2020年12月、福井県のジェネリック企業・小林化工が製造・販売していた、水虫などに使う抗真菌薬を服用した人の間で意識が朦朧(もうろう)とするなどの副作用が続出。調査の結果、ヒトが通常使用する量の2倍以上の睡眠薬成分の混入が判明。健康被害を受けた人は200名以上、因果関係不明ながら死者2名も報告された。

この事件の調査過程で、厚労省から承認されたものとは異なる手順での医薬品製造が同社で常態化していたことが判明した。ほかにも、20年2月にジェネリック製造販売国内最大手の日医工、21年5月に薬局チェーン・日本調剤グループの長生堂製薬でも製造手順や品質管理などで不正が発覚。3社とも医薬品医療機器等法(薬機法)違反で業務停止命令を受け、小林化工に至っては事実上の廃業に追い込まれた。

3社の中には自社品以外に他社のジェネリックの受託製造を行なっていた企業もあったため、業務停止やその後の業務改善に向けた動きのなかで広範囲の医薬品が供給停止。

3社と取引していた医療機関や薬局が一斉に他社品へ切り替えた結果、そちらのジェネリック企業も生産が追いつかず、さらにジェネリックに市場を奪われながらほそぼそと製造を続けていた大本の新薬企業にも注文が急増。玉突き事故のように品薄が広がり、現在の状態となったのだ。

その結果、今までより価格の高い同一成分の新薬へ一時的に切り替えを余儀なくされるケースも。前出の井筒真喜子氏は「患者さんに薬剤費が高くなる事情を説明すると、多くは『仕方がないね』と言ってくれますが、私たちは内心いつも心苦しく思っています」と言う。

だが、最も窮地に立たされるのは"新規の患者"だと前出の水氏は言う。

「今、不足している薬の種類は薬局によっても異なります。これは、さまざまな薬が不足するなかで、医薬品卸が各薬局への直近の納入実績に応じて、薬の納入配分を決めざるをえない、事実上の"配給制"になっているからです。つまり、"一見(いちげん)さん"の分まで確保する余裕がないのです」

例えば、今年初めて花粉症を発症した人の場合。あるジェネリックの処方薬ならば月270円程度の負担で済むが、同一成分の市販薬に頼らざるをえなくなれば、その負担は月約4000円にもなる。

■"かかりつけ薬局"をつくっておくべし!!

今回の不正の背景について、あるジェネリック企業の元幹部は次のように説明する。

「新薬企業が製造する医薬品は多くても数十品目ですが、ジェネリック企業は1社で200~300品目はザラ。同一製造ラインで何品目も製造しているので今回のような無関係な成分の混入は起こりやすい」

3社が承認手順と異なる製造を行なっていたことは、「ジェネリック企業の構造的問題」とこの元幹部は指摘する。前述のようにジェネリック企業は多くの場合、製法だけ新たに開発する。

これは、医薬品は化学物質と製法のそれぞれに特許があり、化学物質の特許が先に切れるからだ。ジェネリック企業は一刻も早く発売にこぎつけるために、大本の新薬企業が持つ製法の特許が有効なうちから、独自に開発した製法で製造を開始する。

「本来ならば、ジェネリック企業は独自の製法で医薬品を製造した後、新薬企業の特許が切れた際に新薬の製法に切り替えます。新薬企業が苦心して編み出した製法こそ、最も効率がいいからです。そして、製法の切り替えにも厚労省の承認が必須で、都道府県の薬務担当部局などから確認が入るため、製造ラインの一時停止が必須。

ところが、事実上"自転車操業"で数百品目も製造しているジェネリック企業にとって、一時的であっても製造ラインの停止は製造・供給計画が大幅に狂う。だから、厚労省などに伝えずに現場でこっそり切り替えて、最悪の場合、混入などの事態が起きてしまう」(元幹部)

また、価格勝負の薄利多売ビジネスのため、ジェネリック企業は財務体質が脆弱(ぜいじゃく)。これが製造ライン停止や品質向上への投資の足かせにもなるのが現実だという。国のジェネリック使用推進策による急激な増産にもかかわらず、放置され続けたもろもろの負の構造が一気に噴出したというわけだ。

とはいえ、高齢化による将来の医療費増大や現状の流通実態を考えると、ジェネリックを抜きにした医薬品供給は考えがたい。水氏は「この状況は最低でも今年いっぱいは続くだろう」と見通す。

一方で、患者側にも打つ手はあると水氏は言う。

「薬を処方される人は医療機関の近くの薬局で受け取ることが多く、複数の医療機関を受診している人では、医療機関ごとに異なる薬局を使っていることも珍しくありません。ですが、これを機にオススメしたいのは、まずすべての薬の受け取りを自宅からアクセスのいい1ヵ所の薬局に集約し、可能ならばそこで話しやすい薬剤師さんと顔見知りになっておくことです」

前述のように、現在の品薄状況では過去の納入実績に応じて薬の入荷が決まってくるため、「薬局も顔見知りの患者さんの薬は最低限確保しておこうと考える」(水氏)からだ。

「また、複数の薬を飲んでいる人の場合、一度やめて様子を見たほうがいい薬を医師が出し続けているケースもあります。薬剤師に相談ができれば、場合によっては薬剤師から医師に減薬を提案してもらえることもあります」(水氏)

患者自身にできることは限られるが、"かかりつけ薬局"をつくっておくことは有効な対策かもしれない。

●村上和巳(むらかみ・かずみ)
医療、災害・防災、国際紛争をメインに執筆するフリージャーナリスト。著書に『二人に一人がガンになる 知っておきたい正しい知識と最新治療』(マイナビ新書)など