認知症の人たちの不可解な行動のメカニズムと、正しい接し方は前編でわかった。じゃあこれで解決かというと、とんでもない。介護をするにはとてつもない苦労があるのだ。カギを握るのは、外部サービスの上手な使い方。親がピンピンしているうちにしておくべき備えとは?

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■支援センターに早めに相談を

認知症の問題を語る際に避けて通れないのが、介護する側の負担だ。厚生労働省の雇用動向調査によると、介護を理由に離職する人の数は毎年およそ10万人にも上るが、これは結婚を理由に離職する人とほぼ同じ数だ。離職には至らなくても「仕事に大きな影響を受けた人」まで含めると、その数は膨大になるだろう。

元介護職員で、NPO法人「となりのかいご」代表理事の川内 潤さんはこう言う。

「介護のために離職すると、収入が大幅に減り経済的な負担が大きくなってしまう。重要なのは仕事を続けつつ、介護のプロを上手に頼ることです」

「となりのかいご」の調査によると、「介護で困ったら外部のサービスに頼るべき」と答えた人は9割以上。しかし興味深いのは、「家族が認知症になったら、自分がそばにいるべきだ」と答えた人も6割を超えていること。

つまり介護サービスの必要性は理解しつつも、家族の世話を他人に任せるのはなんだか冷たいと感じている人が多いのだ。

「気持ちはわかりますが、ご家族だけで介護をするのは絶対にダメです。介護のプロではない方が『家族だから』という理由で介護をしようとすると必ず無理が生じますから。むしろ、家族だからこそ介護をしてはいけない。相手の甘えを引き出してしまうから症状が悪化しかねないですし、介護者側も自分の感情を保つことが難しいんですね。特に仲のいい親子ほど危険だといわれています。

プロの介護職でさえ、自分の家族の介護はやってはいけないといわれているんですよ。介護では『家族だけで抱え込まない』が大原則なんです」

川内さんによると、よくある失敗例が、ギリギリになるまで家族だけで介護をしようとするケースだという。

「家族で介護をすると、ある日限界が来て『もうムリだ。明日からでも老人ホームに入れないと』となります。するとじっくり探す余力なんてありませんから、高額な民間の老人ホームしか選べなくなってしまう。

参考までに、例えば東京都内なら初期費用430万円、月額25万円が平均。高額な施設であればこの倍以上のところもざらにあります」

従って早い段階から介護の準備をしておく必要があるが、あまり心配はいらないという。日本中に「地域包括支援センター(支援センター)」があるからだ。

「支援センターは自治体による高齢者サポート機関で、2005年に誕生し、現在は全国に5000ヵ所超が設置されています。

サービスに地域差はありますが、格安でさまざまな支援やアドバイスをもらえるため、認知症の介護をする方の強い味方です。どんな場合でも、まずは支援センターへ、が大原則。お近くの支援センターを調べておくといいですね」

では、どのくらい症状が進んだら相談すべきか?

「『いつでも』が答え。介護が必要になる前から相談してもいいですし、むしろ支援センターとしても準備ができるので、そのほうがありがたいのです。『この前会ったら物忘れが少し進んでいて不安に感じている』といった相談など、親が元気なうちから利用できるサービスもたくさんありますしね。

相談は電話でもいいですし、匿名でもOK。本人を連れていかないといけないと思っている人が多くいますが、そんなこともありません」

支援センターは、介護者のメンタルも支援してくれる。

「親が認知症になると本人にも家族にも心の整理が必要になりますが、それもひとりだけでやるべきではありません。例えば、本人がデイサービスに行きたがらないとき。家族にとっては心理的につらい場面ですが、支援センターに相談すれば説得をサポートしてくれます」

支援センターは公的機関のため、症状が進行したときに個別の介護施設を紹介してもらうのは公平性の観点から難しい。逆に言えば、本格的な介護が始まるまでの準備なら支援センターへの相談だけでも十分だということだ。

真っ先に駆け込むべき万能施設!「地域包括支援センターの4つの業務」 地域包括支援センターは、大きく分けて下の4つの業務を行なっている。全国に5000以上あるため、身近なセンターを探してみよう

■今のうちに親としておくべき会話

支援センターが強い味方になることはわかった。だが、支援が得られるとしても親が認知症になった事実と向き合うのは簡単ではない。よくいわれるように、親が元気なうちから認知症になったときに備えて話し合いをしておくべきなのだろうか。

「心の準備をすることは大事ですが、個人的には『もし認知症になったら』という会話は避けたほうがいいと思っています。親が平静を保つことは難しいでしょうから。

私のオススメは、本人が本当に好きなことを知っておくこと。これは家族でも意外と知らないものです。例えば元CMクリエイターのおじいさんがいたんですが、実は彼、理系の大学に進んで機械作りをやりたかったんですね。家庭の事情で希望は叶(かな)わなかったのですが、認知症になってもラジオなどの機械をいじっているととてもいい顔をする。このように、ひとりの人間としての親を知っておくと、いざ認知症になっても介護がしやすいんです」

このほか、親とは適度な距離感を保つのが大切だと川内さんは言う。

「お伝えしたように、仲が良すぎる親子は共倒れのリスクがありますから危険です。関係が良好なのが悪いわけではありませんが、親はどうしても子に頼りたがるので、子が毅然(きぜん)と対応する必要もあることは覚えておきましょう。一定の距離を保ちつつ、親を深く知ることが重要です」

そのことは自分にとってもプラスになると川内さんは言う。

「親を知ることは、認知症を別にしても、親子関係を豊かにしてくれるでしょう。それに、いつかご自身も認知症になるかもしれませんが、そのときの準備にもなります。親の認知症に備えることは人生の糧(かて)になると思いますよ」