「単に『エコ』なイメージだけでなく、現実的で持続可能な方法を幅広く、柔軟に考えていくことが必要です」と語る保坂直紀氏

ここ数年、深刻な環境問題として注目が集まっているプラスチックごみの海洋汚染。日本でも新たに「プラスチック資源循環促進法」が施行され、プラスチックごみ削減に向けた対策が強化された。

海洋汚染や海辺のごみ問題だけでなく、微小な粒子となって生物の体内に入り込むマイクロプラスチックが水中だけでなく大気中からも発見され、健康への影響も懸念されている。

プラスチックの削減にはどのような対策が有効なのか? 日本の現在地と今後の課題について、『海洋プラスチック 永遠のごみの行方』の著者でサイエンスライターの保坂直紀氏に聞いた。

* * *

――今年4月に新法が施行されて使い捨てのプラスチック製ストローやフォーク、スプーンなどの削減といった新たな目標が打ち出されました。世界的に見て、日本のプラスチックごみ問題に対する取り組みは、どんな状況にあるのでしょう?

保坂 海洋プラスチックの問題が世界的に大きく注目されるようになったのは、2018年頃からです。国連のアントニオ・グテーレス事務総長による「プラスチックごみ削減」のメッセージに応える形で、18年6月にカナダで開催されたG7サミット(主要7ヵ国首脳会議)において、「海洋プラスチック憲章」が提案されました。

このとき、使い捨てプラスチックの国民ひとり当たりの使用量が世界1位のアメリカと、2位の日本が憲章への署名を拒んだことで、ずいぶんと批判されました。

――日本はプラスチックごみの削減に後ろ向きだったのですか?

保坂 ところが、必ずしもそうではなくて、その後に日本政府や自治体が打ち出した施策を見てみると、日本のプラスチックごみ対策は世界トップレベルとはいわないまでも、かなり着実に進んでいると思います。

私はむしろ、それに対して一般の市民の意識のほうが追いついていないように感じていて、海外の事情を知る人などからも「日本はプラスチックごみのような環境問題については、あまりわが事として考えていない人が多いよね」という声をよく耳にします。

プラスチックは私たちの社会や日常の中にものすごく広く入り込んでいるので、いざプラスチックごみを減らそうとすると、これはもう総力戦です。

もちろん、法律や条例なりで半強制的にプラスチックごみを削減できる社会の仕組みを作ることは必要ですが、とはいえ、あまり重い罰則を科すことはできませんから、結局は私たち一般市民がどれだけその気になるかにかかっています。

――最近は、植物などを原料とした「バイオマスプラスチック」や土に返る「生分解性プラスチック」の開発も進んでいるようですが、こうした新素材の広がりはプラスチックごみ削減の切り札になるのでしょうか?

保坂 残念ながら、そうともいえない一面があります。

生物由来のバイオマスプラスチックの多くは化石燃料の使用削減にはつながりますが、その多くは普通のプラスチックと同様に自然界で分解されないので、ごみの削減にはつながらない可能性が高いのです。

また、いわゆる生分解性プラスチックも種類によって分解される環境や条件が異なります。例えば、代表的なある生分解性プラスチックの場合、微生物が分解するには約60℃の高温が必要なので、生ごみなどと一緒に土に埋めれば、微生物が生ごみを分解する際の熱でプラスチックの分解も進みますが、ほかの条件では生分解されず土に返りません。

もちろん、こうした「バイオプラスチック」の中には生物由来で分解もされるという種類も存在しますが、単純にそれに切り替えれば問題解決というわけではないのです。

――では、プラスチックごみの削減のためには、具体的に何をすればいいのでしょうか?

保坂 すでに述べたように、プラスチックは私たちの社会や日常生活に深く入り込んでいますから「プラスチックの利用をゼロにする」といった極論は現実的ではありません。

その上で、プラスチックの使用量そのものを減らす「リデュース」(削減)、プラスチック製品を繰り返し利用する「リユース」(再利用)、使用済みペットボトルなど回収したプラスチックゴミをほかの製品の材料として使用する「リサイクル」、さらに石油由来の製品であるプラスチックを燃やし、その熱をエネルギーとして利用する「熱回収」などを組み合わせながら、プラスチック汚染につながる埋め立て処分、海洋投棄を可能な限り減らすことが重要です。

――リサイクルしないで「燃やしちゃう」のもアリですか?

保坂 世界標準の「リサイクル」の定義で見ると、日本のリサイクル率は2割ほどで、これはヨーロッパの主要国とほぼ同程度で、約7割が焼却処分となっていますが、日本の場合、以前はこの熱回収分も「サーマルリサイクル」と呼んで、リサイクルの一部に含めていました。

これ、なんとなく本来の「リサイクル」のほうが望ましいイメージがありますが、実際にリサイクルをするために必要な手間やコストも含めて現実的に考えたとき、必ずしもリサイクルのほうがいいとは限りません。

化石燃料の代わりに、プラスチックごみを燃やしてエネルギー源として再利用することも、ある意味では地球環境への負荷を減らすことにつながる可能性があるわけで、単に「エコ」なイメージだけでなく、現実的で持続可能な方法を幅広く、柔軟に考えていくことが必要です。

――プラスチックごみの問題を日本人が「わが事」と感じるためには何が必要でしょう。

保坂 なぜ、それが必要なのか、自分で納得して主体的に行動することだと思います。

みんな自分さえ良ければいいと思うんだったらプラスチックも遠慮せずに使って、汚くなったら捨てる生活のほうが快適かもしれないですよね?

でも、この先、子供たちの世代にどういう社会を残すのかと考えたとき、このままではいけないとなったら、私は上から誰かに言われたことに従うんじゃなく、自分で考え納得して行動したいと思うんです。

二酸化炭素の問題と同じで、プラスチックごみの削減にもさまざまな意見や見方があり、簡単に答えが見つかるとは思えませんが、この本が少しでも皆さんのモヤモヤ感を解消する助けになればうれしいですね。

●保坂直紀(ほさか・なおき)
1959年生まれ、東京都出身。東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所特任教授。サイエンスライター。東京大学理学部卒業。同大大学院で海洋物理学を専攻。博士課程を中退し、85年に読売新聞社入社。在職中、科学報道の研究により、2010年に東京工業大学で博士(学術)を取得。13年、同社退社。著書に『クジラのおなかからプラスチック』『海のプラスチックごみ 調べ大事典』(共に旬報社)、『謎解き・海洋と大気の物理』『謎解き・津波と波浪の物理』(共に講談社ブルーバックス)ほか

■『海洋プラスチック 永遠のごみの行方』
角川新書 990円(税込)
海のプラスチックごみが注目されている。海岸に漂着するペットボトル、ウミガメなどの生き物にからみつく魚網、そして砂のように細かく砕けてしまったマイクロプラスチック。それを魚などが食べることで、捨てられたプラスチックごみが、食物連鎖を通して生き物の体内に入り込んでいるといわれる。ここ10年ほどで急速に研究が進み見えてきたプラスチックごみ問題の課題とは。サイエンスライターがわかりやすく解説する最新事情

★『“本”人襲撃!』は毎週火曜日更新!★