4月1日から、すべての会社に〝パワハラ防止法〟が施行された。何が問題になるのかを知らないと、簡単に部下を注意できなくなる。また、最近は新たなパワハラも増えているという。そこで、言ってはいけない基準と最新情報を専門家に聞いた!

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■言葉ではなく状況で判断される

「バカヤローッ! こんなこともできないのか! 使えないヤツだなぁ!」

こんな言葉を部下に吐き捨てていないだろうか。

2022年4月1日より、中小企業でも〝パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)〟が義務化された。

2020年6月1日から施行された大企業に対する義務化に続き、これですべての企業にパワハラ防止法が適用されることになった。

そこで、この機会にあらためてどんなことがパワハラに当たるのかを『トラブル回避のために知っておきたい ハラスメント言いかえ事典』(朝日新聞出版)の監修者で、ハラスメント対策専門家の山藤祐子さんに教えてもらった。

――早速ですが、どういう場合にパワハラになるんですか?

山藤 パワハラは基本的に職場で起こります。そして、(1)「優越的な関係性がある人から」(2)「業務上の必要性や相当性を欠いたことが継続的に行なわれていて」(3)「労働者の職場環境が害されている」という3つの要素を満たしている場合です。

――よく「相手の主観で決まってしまう」という話も聞きますが......。

山藤 それはまったく違いますね。今でも「ハラスメントかどうかは相手が決める」と書かれている本もありますが、法律をきちんと読むと、そんなことは書かれていません。主観で決まってしまったら、上司は指導ができなくなります。やはり客観性が重視されるんです。

――その客観性というのが、難しいですよね。職場で部下を注意や指導をするときに「どうなると行きすぎなのか」という線引きがわかりません。

山藤 実は、基本的に注意や強制、強要はパワハラにならないんですよ。

――え、そうなんですか?

山藤 はい。だって、仕事は労使契約を交わして「あなたは、この業務をやってください」と依頼するわけですから、これはある意味で強制や強要だと思います。職場に行って「あなたの好きなことをしていいよ」なんていう会社はありませんよね。

――まあ、そうですね。

山藤 職場に行ったら電話も取らなくてはいけないし、パソコンの使い方も覚えなくてはいけない、資料作成もするでしょう。だから強制も強要もあります。そして、頼んだ仕事ができなければ、「なぜ、できないんですか?」と圧力もかかります。

仕事の強制・強要はパワハラになる?

――そう言われると、よけいに何がパワハラだかわからなくなります。

山藤 そこで、ふたつ目の要素「業務上の必要性や相当性を欠いたこと」がポイントになってくるんです。先ほど言った電話やパソコンや資料作成は、業務上必要なことです。また、会社には必ずルールがあるので、そのルールを守らなければ注意を受けますし、怒られるのも当然です。

――そうですね。

山藤 パワハラ対策の講演で私がよくお話をさせていただくのは、部下を注意しなければいけない場合、その注意の方法や使う言葉がほかの会社や世の中の人から見て、「そこまで言わなくてもいいのに」と思うか、「それくらい言われても仕方ないよね」と思うかが境界線になるということです。

例えば「おまえ、次、失敗したら会社を辞めてもらうぞ」とか「おまえの席はもうないと思え」などの雇用を脅かす言葉は「そこまで言わなくても」と思う人が多いでしょうからパワハラになります。

一方で「バカヤロー!」と言っただけでパワハラに該当するわけではありません。「バカ」や「アホ」は人格否定の言葉ですが、注意するときに「おまえ、バカだなあ」と言うのは、よくあることです。

また、周りを巻き込んだ事故が起こりそうな場合に強い言葉で「バカヤローッ! 何やってんだ!」と叱ることもあるでしょう。

ですから「この言葉を言ったからパワハラだ」というのではなく、「その言動の目的」「その言動に至る経緯や状況」「言われた側に問題行動がどれだけあったか」など、複合的に考えて判断されるんです。

――じゃあ「パワハラは主観で決まる」は勘違いですか。

山藤 そうです。「強制、強要はみんなパワハラだ」と思いがちですが、それでは会社で働けなくなります。

■役職や年齢を指摘してはいけない

部下からの逆パワハラも増えている!

――ちなみに部下から上司へのパワハラもあるんですか?

山藤 あります。ひとつ目の要素に「優越的な関係性」というのがあります。これは、別に上司だけに当てはまることではありません。

例えば、職場の管理職は数年で交代する場合がありますよね。一方で、パートなど契約で仕事をしている人は長年、その職場にいる場合があります。すると、上司のほうが仕事内容をよく知らないとか、このエリアは初めて担当するということが出てきます。その場合、長年いるパートさんのほうが圧倒的に力を持っていたりするんです。

また、新入社員の研修期間でもパワハラは起こります。例えば、ひとりは高卒で、もうひとりは博士号を持っていると、そこで優劣がついて、高卒の新入社員が使い走りになっていたというケースもありました。

――ほかに、最近多くなっているハラスメントはありますか?

山藤 厚生労働省が使っている言葉ではありませんが、パワハラのひとつに〝テクハラ(テクニカルハラスメント/テクノロジーハラスメント)〟があります。

例えば、ビデオ会議システムのZoomを使えない上司に対して「Zoomも使えないんですか? それで、よく部長が務まりますね」などと言うのは、1回だけなら冗談で済ませられるかもしれませんが、何度も言っているとパワハラになる可能性があります。

ちなみに、この場合「それで、よく部長が務まりますね」という部分が問題なんです。これは役職に対する侮辱的な言い方ですから、業務上の必要性も相当性もない表現といえます。

ITにうとい上司に言ってはいけない言葉

――なるほど。

山藤 ほかにも「こんなことも知らないのか! 仕事ができない使えないやつだ」と部下を怒った場合、「こんなことも知らないのか!」ではなく「仕事ができない使えないやつだ」が人格否定なので問題になります。

同じ理由で年齢のことを言うのも控えるほうがいいです。「いい年して、こんなこともできないんですか」も繰り返しているとパワハラの指摘を受ける可能性があります。年齢を引き合いに出すことは業務上の必要性や相当性がないからです。

こうした年齢のハラスメントを〝エイハラ(エイジハラスメント)〟と呼んでいます。

――なんとなく、線引きがわかってきたような気がします。

■最近増えている「リモハラ」「ハラハラ」

リモート会議で起こるパワハラとは?

山藤 また、最近は〝リモハラ(リモートハラスメント)〟も増えてきました。

コロナ禍で、リモートでの打ち合わせが多くなりましたよね。でも、自宅の通信環境が悪い場合がありますよね。そのときに「おまえの家は電波が悪いな。Wi-Fiをなんとかしろよ!」と言われたと相談を受けたことがあります。これも、何度も言っているとパワハラになります。

例えば、同じマンションでたくさんの人が一斉に回線を使えば遅くなるでしょう。でも、それは本人の意図するところではありません。もし、通信回線に問題があり、業務に支障があるなら、会社がお金を出して回線環境を整えてあげるべきです。それをしないのに「電波が悪い」と言い続けるのは問題です。

ほかにもZoom会議などに参加していて、上司が部下に「おまえの部屋は汚いなあ」と言うのも指導とはいえません。部屋がキレイか汚いかは業務上の必要性も相当性も関係ありませんから。

――でも、言いがちですよね。

山藤 そうなんです。それに、女性の部下に「君の部屋にある人形かわいいね」なんて言ったら、セクハラにもなる可能性があります。

――それも、ほかの参加者を待っているときとかに、黙っているのが気まずくて、ついつい言いがちです。

山藤 気をつけてください。

――はい。

山藤 一方で、部下から上司へのハラスメントで最近増えているのが〝ハラハラ(ハラスメントハラスメント)〟です。

上司が優しい人だったり、おとなしい人だったりすると、部下が調子に乗って、ちょっと注意されただけで「それパワハラですよ」とか「パワハラで訴えますよ」と言ったりする。

もちろん、注意したときの状況や言葉にもよるんですが、まったくパワハラに当てはまらないのに言い続けると、逆にハラハラになる場合もあります。

――「パワハラですよ」って言われると、上司は何も言えなくなりますからね。

山藤 だから、パワハラはどういった場合に成立するかをきちんと知っておいてほしいんです。

女性に「土日ひま?」と聞いていいのか?

――そうですね。

山藤 例えば、女性の部下に対して「今度の土曜日、何してるの?」と聞いたとします。これだけだと、パワハラにもセクハラにも該当しません。

というのも、その後に「土曜日の予定がなければ、仕事を頼みたい」と考えていることもあるでしょう。休日出勤をお願いするのは、業務上で必要なことだからです。

また、「土日、空いていたらご飯食べに行かない?」も、相手の意に反していなければ問題ないと思います。

恋愛のスタートはそういうところから始まるわけですから、その言葉だけを抜き取ってセクハラとは言い難いと思います。もちろん、その後に性的な言動が加わってくるとまた状況は違ってきます。

――最後に、パワハラ防止法に違反すると、どうなるんでしょうか?

山藤 罰則としては、パワハラ被害が改善されない企業は、企業名を公表されます。

パワハラ防止法は企業にとっての義務で、「パワハラが起こらないように社内研修をし、周知啓発をする」「パワハラに対する相談窓口を設置し、適切な対応をする」「パワハラがあったときはすぐに対処し、再発防止をする」という内容の法律です。

そして、こうした企業の取り組みに従業員は協力をする必要があります。

パワハラの加害者にも被害者にもならないように、この機会にいま一度、職場での言動に対して注意してほしいと思います。

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現在〝パワハラ防止法〟は、すべての企業に適用されている。業務に関係のないことで部下を怒ったら後から訴えられた、ということのないように注意してほしい。