クルマの盗難被害が増えている。もし被害に遭ったときのために事前に備えられることはないのだろうか? カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)氏が特濃解説する。
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■自宅や自宅近くの駐車場で盗まれる
クルマユーザーにとって、盗難は深刻な問題だ。警察庁が発表した『犯罪統計資料』によると、今年1~8月に発生した自動車窃盗の認知件数は3805件だった。2021年の同時期に比べ、16%も増えている。
19年こそ4846件と多かったが、新型コロナの感染が拡大した20年は3579件、21年には3286件まで減っていた。それが今年、再び増加に転じたのだ。
そもそも、クルマはいつどんなタイミングで狙われるのか? 日本損害保険協会が発表した「第23回自動車盗難事故実態調査結果(19年1月1日~21年12月31日)」によると、車両窃盗が行なわれた時間帯は、50%以上が午後10時から朝9時に集中している。
そして「第22回(20年11月1日~11月30日)」の調査結果を精査すると、発生場所は屋外の契約駐車場が約41%で最も多く、次いで自宅に併設された屋外駐車場の約37%であった。両方を合計すると、80%近くになる。つまり、自宅かその付近の契約駐車場で夜間に盗まれていることがわかる。
この結果から考えられるのは、あらかじめ計画された犯行だということだ。契約駐車場や自宅駐車場は、常に駐車する場所だから、犯人は事前に下見をして駐車時間帯なども把握した上で犯行に及ぶ。偶然見つけて盗むわけではなく、盗難の対象車両も高値で売却できる流通価値の高い車種が中心となる。
ちなみに21年の同調査では、盗難車両の34%が17~21年式の売れ筋であった。
■低年式のプリウスはレアメタル狙い
盗難の手口は、現在、リレーアタックが主流だ。これはロックの解除やエンジン始動を行なえるスマートキーが発する電波を第三者が受信・増幅し、対象車両まで中継するというものだ。
この手口を使うと、スマートキーを持っているときと同じようにロックを解除し、盗難できてしまう。対策としてはキーを玄関など外に近い場所に置かず、電波を遮断できるケースなどに収めることだ。
ここで気になるのは、どんなクルマが被害に遭っているのかだ。最新の日本損害保険協会の調査結果によると、盗難件数が多い車種は下の表のとおり。上位10台すべてトヨタ車で、そのうちの3車種を高級ブランドのレクサスが占めている。
注目は2位のプリウスで、低年式の車両が盗難に遭う傾向が見られる。正直、車両本体の価値は低いものの、排出ガスを浄化する触媒コンバーターにプラチナやパラジウムが多く使われ、これらレアメタルの価格が今、世界的に高騰中なのだ。
ちなみに高年式のプリウスは環境に配慮し、貴金属の使用量を抑えている。そのため、低年式のプリウスが盗まれている。トヨタの販売店関係者は苦い顔で言う。
「正直、古いプリウスにお乗りのお客さまは、まさかご自身のクルマが盗まれるとは思っていません。そのため、車両保険に加入していないことが多く、盗難されるとお気の毒で......。転ばぬ先の杖(つえ)として、私どもは車両保険の加入を推奨しています」
さらに近年は1980年代後半から90年代に一世を風靡(ふうび)した国産スポーツカーなどの中古車価格が、車種によっては1000万円を軽く突破。この国産スポーツカーの相場が異常な高騰を続けている背景には、アメリカの通称「25年ルール」の影響がある。
アメリカでは原則的に右ハンドル車の輸入は禁止。ところが、初年度登録から25年が経過したクルマは、右ハンドル車であっても、いわゆる〝骨董品〟として扱われ、輸入OKとなる。そのため、数年前から日本の古い人気スポーツカーが続々とアメリカに渡り、国内の中古車市場から姿を消しているのだ。
この影響で、国内のタマ数が激減しており、その希少性ゆえに窃盗に遭うケースが増えている。
さらに、海外ではどんなに古い不人気車でも、壊れない日本車は人気が高い。輸出が活発になってきた今、どんなクルマも狙われていると思ったほうがいいだろう。
■ワイパーにチラシが挟まっていたら要注意
もちろん、こういった盗難被害には絶対に遭いたくないが、不幸にもクルマが盗まれたときに困ることはたくさんある。もしもクルマを盗まれたら、当たり前だが、即座に所轄の警察署に被害届を提出すること。
被害届には被害の場所や日時と併せて、ナンバープレートに記載される車両番号と、車両本体に表示される車台番号も記載する必要がある。だが、ここに盲点が潜んでいる。新車ディーラーの店長がこう指摘する。
「確かに車検証(自動車検査証)に記載されていますが、車台番号など誰も覚えていません。もっと言うと肝心の車検証はクルマのグローブボックスに入れっぱなしのケースが多い。
そのため警察に届けようにも、届けられない場合もある。それでお客さまが慌てて購入した販売店に駆け込んでくることも。できれば、車検証のコピーは必ず取っておく。あるいはスマホで撮影しておくのもいいでしょうね」
実は任意保険の契約書類には保険の対象になる被保険自動車の車台番号が記載されているので、こちらをチェックする方法もある。だが、店長は首を横に振る。
「保険の契約書類も車検証と一緒にクルマに置きっぱなしという人がほとんど。ですから、面倒だとは思いますが、保険の契約書類もコピーを取るべきですね」
つけ加えると、ETCカードも降車する際は必ず抜き取るクセをつけたい。クルマの使用頻度の低いユーザーが、ETC車載器に差し込んだ状態で駐車していると、長期間にわたって盗まれたことに気づかないだけではなく、自分のETCカードが犯罪に巻き込まれる可能性もあるからだ。
今回の取材で関係者が対策として口をそろえていたのが、外出先で車両から一時的に離れる際も、「盗難されそうな持ち物は車内に絶対置かない」ということ。
車検証などの重要書類だけでなく、カバンやサイフが車外から見えると、車上狙いの被害に遭う可能性が高まる。犯罪を誘発させないことが大切なのだ。盗難被害に遭った人たちを多く知る業界関係者はこう言う。
「犯人が契約駐車場に止めてあるクルマのワイパーに、買い取り業者を装ったチラシを挟んでおき、車両の稼働状態を確認することもあります」
要するに長期間にわたりチラシが挟まっていれば、ほとんど稼働していないクルマだから、所有者に犯行がすぐに見つかる可能性は下がるというわけ。
クルマのコンディションを保つ上でも、定期的に走らせることは重要だし、こういうチラシにも注意を払うことができる。何よりも、車両の盗難に気づかず、時間が経過すると、愛車が見つかる可能性も低くなってしまう。
■盗難作業の時間を長引かせる工夫も
国内メーカーの車両開発者に盗難防止について尋ねた。「悪用されると困るから詳細は差し控えるが、盗難を防ぐシステムの開発にも力を入れているのは事実。ただし、お客さまの盗難防止に対する工夫も必要です」
では、どのような対策を講じるべきなのか? 盗難防止装置を取り扱うメーカー関係者に聞いてみた。
「盗難を行なう犯人の立場で言えば、作業に要する時間が長引くほど、犯行を見られて捕まる危険性も高まる。なので、盗むのに時間を要する工夫を施すことが大切でしょう」
具体的には?
「例えばハンドル、ペダル、ホイール&タイヤなどを専用のツールを使い、機械的にロックする方法があります。これを数ヵ所に装着すると、盗難の作業時間が大幅に長引き、諦めることも。
また、複数のクルマを所有している場合は、盗まれそうな車両は奥に入れておく。手前の車両を動かすときのエンジン音などで、発覚する可能性が高まります」
前述したリレーアタックの手口もあり、自宅の敷地内でも決して安心はできない。クルマで外出や帰宅をするたびに、これらのロック操作をするのは面倒だが、盗難件数が増えている以上は仕方がないことかもしれない。
残念ながら盗難車が発見されるのは4台に1台程度というデータもある。輸入車を扱うディーラーの店長が言う。
「ウチのお客さまのクルマが盗まれまして。まぁ、見つかったは見つかったんですが、ナビ、ドラレコ、ETC、タイヤ、ホイールなど根こそぎ取られており、見るも無残な姿でしたね......」
実はこの手の盗品がヤフオクやメルカリなどに出品されていたケースもあるという。
クルマの盗難被害に遭わないためには、クルマに対する愛情がカギになる。常に愛車に関心を持つことも対策だ。
●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務める。モットーは「読者の皆さまにケガと損をさせない」。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員