日本最大級のニュースサイト『Yahoo!ニュース』は、コメント欄に誹謗中傷などが書き込まれることも多い。そこで、投稿に携帯電話番号の登録を必須化するという。これで問題投稿は減るのか? 専門家に聞いた。
■全体の数は減るが誹謗中傷は残る!
日本最大級のニュース配信サイト『Yahoo!ニュース』は10月18日、「コメント欄への投稿に携帯電話番号の設定を必須化することを決定しました。(中略)11月中旬より開始予定」と発表した。
その理由について、ITジャーナリストの三上洋(よう)氏が解説する。
「Yahoo!ニュースのコメント欄(以下、ヤフコメ)は、以前から感情的な書き込みや誹謗(ひぼう)中傷とも思えるような書き込みが目立っていて、批判する声が多かったんです。
そのためYahoo!は、24時間体制でチェックをしていたり、問題投稿が多い人のアカウントをバン(利用停止)したり、不適切発言の多いニュースのコメント欄自体を閉じたり、いろいろな対策を取ってきましたが、問題投稿はなかなか減らなかった。
なぜなら、過激な意見を書く人は、複数のアカウントを持っていて、ひとつのアカウントがバンされても、別のアカウントで書き込むからです。
そこで、今回はコメントを投稿するときに携帯電話番号の登録を必須化することで問題投稿を減らそうとしているわけです」
――それで効果がある?
「期待できる効果はふたつあります。ひとつは複数投稿を抑制できること。どうしても投稿をしたい人は、複数のアカウントで誹謗中傷などを書き込みます。しかし、普通のユーザーは携帯電話の数が限られるので、ひとりによる複数投稿を抑えられる。そのため問題投稿も減る。
もうひとつは心理的な抑制効果。自分の携帯電話番号を登録するということは、個人情報にひもづくかもしれないと考えるわけです。すると、匿名だったから書けたという人が書きづらくなる。心理的なブレーキがかかります。
一方で、携帯電話番号を登録してでも自分の主義主張や相手への批判を書きたいと強く思っている人、ヤフコメで『いいね』をたくさんもらうことに快感を得ている人は変わらず書き込むでしょう。ですから、問題投稿の数は全体的に減るでしょうけれども、強固な意見や誹謗中傷は残ってしまうと思います」
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授で『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)などの著書がある経済学者の山口真一氏も同意見だ。
「私の研究では、コメントを書き込むときに、それが正当な批判なのか誹謗中傷なのかをわかっていない人が非常に多いんです。そういう人にとって抑止効果は限定的かもしれないという懸念はあります。
また、韓国では2007年にユーザー登録時に本人確認を義務化する実名制に踏み切ったことがありましたが、ヘイトの書き込みに対する効果はほとんどありませんでした。日本でも、実名登録をするフェイスブックにヘイトを書き込んでいる人はたくさんいます。ですから電話番号登録だけで不適切発言を完全に防ぐのは難しいでしょう。
ただ、ヘイト発言でアカウントをバンされた人が、もう一度アカウントを作り直すためには電話番号を変えないと再登録できないはずなので、そこには一定の効果があると期待しています」
――誹謗中傷などの書き込みが起こるならば、ヤフコメ自体を廃止すればいいという意見もありますが?
「そういうメディアはあってもいいと思います。ただ、Yahoo!は『建設的議論モデル』といって、コメント欄で議論が高まることを重視しているんです。今、コメント欄はAIが文章のロジカル性で優先順位を決めています。
その結果、われわれは比較的論理的なコメントを読むことができる。また、公式コメンテーターがオフィシャルなコメントをすることで、参考になる意見をプラスしようとしている。私は、こうした取り組みはすごく意義のあるものだと思っています。
ただ、問題はひとつの方向の議論が行きすぎる場合があることです。例えば、新型コロナワクチンに関する記事のコメント欄を見ると、上のほうはほとんど反ワクチンのコメントだったりします。その人たちは理論的な文章を書いているので、コメント欄の上のほうに来る。そして『いいね』がたくさん押されます。
私が重視しているのは、反ワクチンのコメントが書き込まれるのは別にいいんですが、別の意見も上のほうに来てほしいということ。反ワクチンのコメントもあれば、ワクチン推進のコメントもある。賛否両論共に上のほうに来るモデルができれば、バランスが取れるはずです」
――「コメント欄を残したほうがいい」という意見の中には、「コメントには世論が反映されているから」という声もありますが?
「私はヤフコメを世論だとは思っていません。事例で言いますと、2020年に東京都知事選がありました。
そのときにツイッターの都知事選に関するツイートを収集分析したんです。その結果、ツイッター上には大きなふたつのクラスターがありました。ひとつは90%を超える巨大クラスターで、この人たちはひたすら小池百合子都知事への批判をしていた。
もうひとつの残り10%は、保守系の人の応援をしていた。ツイッター上に小池都知事を支持するようなクラスターは見られなかった。ところが、選挙結果は小池都知事の圧勝でした、それくらいツイッター上と世論はかけ離れているんです。
ネットは一部が切り取られた世界です。言いたい人が言っているだけの世界なので『こういう考え方もあるんだ』ということは参考になるけれども、それが社会のマジョリティ(多数派)だと思わないほうがいいと思います」
結局、今回のYahoo!の対応で、不適切発言がなくなることはないようだ。
ちなみに法律面でいえば、今年10月から「改正プロバイダ責任制限法」が施行され、投稿者の情報開示が迅速にできるようになった。今回のYahoo!の携帯電話番号登録との関連をインターネットの誹謗中傷に詳しい弁護士の清水陽平氏が語る。
「携帯電話番号の登録はヤフコメ限定みたいですので、ヤフコメに書き込まれたものに関しては、本人の特定はしやすくなると思います。
というのも、これまで投稿者特定は基本的に『Yahoo!にIPアドレスの開示を請求する』。そして、IPアドレスからどこのプロバイダーかを調べて、その『プロバイダーに契約者情報の開示を請求する』という2段階の裁判手続が必要でした。
しかし、携帯電話番号が登録されているのであれば、電話番号から相手の住所氏名が調べられるので、IPアドレスの開示よりも楽なんです。
現在、プロバイダーが持つIPアドレスなどのアクセスログの保存期間は約3ヵ月です。Yahoo!に対して開示請求をして開示され、その後、プロバイダーに開示請求をすることがその期間内にできないと、相手を特定できなくなるケースがあります。
しかし、Yahoo!に対する裁判手続きで携帯電話番号が開示されれば、弁護士会照会というそんなに難しくない手続きで、携帯電話番号の契約者の照会ができる。
このように手続きが楽になるのと、携帯電話番号はIPアドレスと違ってアカウントにひもづいているので数ヵ月で消えることはありません。そのため時間的な制限がなくなる。このふたつが大きいと思います」
――手続きが楽になることで、費用なども安くなるんですか?
「弁護士にもよるので、なんとも言えませんが、これまで60万~70万円かかっていたのが、40万~50万円くらいにはなるんじゃないでしょうか」
――ちなみに、批判と誹謗中傷の違いは、どう判断するんでしょうか?
「何を言ったらアウトという明確な基準があるわけではないので、ケース・バイ・ケースで判断するしかありません。
例えば『死ね』という言葉は一般的には使ってはダメと言われがちでしょうが、5、6年前の『保育園落ちた日本死ね!!!』という投稿は正当な批判だといえます。
『死ね』という言葉を書いても文脈で180度意味が変わってくる場合もあり、文脈を踏まえて判断する必要があります」
――今回のYahoo!の対応をどうみていますか?
「不適切発言を減らす効果が一定程度見込め、良いことと思っています。日本で最大級のプラットフォームが対応することで、ほかのプラットフォームも続いてほしいです」
ヤフコメの不適切発言問題が解決するわけではないが、それでも少しは良い方向に進むようだ。この流れをさらに加速してほしい。