塩野義製薬の治療薬 経口抗ウイルス薬「ゾコーバ」 承認を巡り厚生省の審議会で継続審議中。厚生省からの支援62億円 塩野義製薬の治療薬 経口抗ウイルス薬「ゾコーバ」 承認を巡り厚生省の審議会で継続審議中。厚生省からの支援62億円

ファイザー、モデルナのオミクロン株対応ワクチンの接種が始まった今も、「国産ワクチン」は承認申請に至っていない。また、「国産初のコロナ治療薬」として期待される塩野義の経口薬も審議が長引く。国から巨額の支援を受けながら、開発を断念したケースも......。何が問題なのか?

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■抗寄生虫薬の転用に61億円の支援

大阪のバイオベンチャー、アンジェスが開発を試みたDNAワクチン 大阪のバイオベンチャー、アンジェスが開発を試みたDNAワクチン

新型コロナ対策として医療提供体制の強化のために投入された国費は、今年4月時点で約16兆円(財務省発表)。そのうち、ワクチン・治療薬の開発、生産体制整備、治験実施などへの支援には1兆3000億円が投じられている。

塩野義製薬、第一三共、KMバイオロジクスといった国内製薬企業にもそれぞれ数百億円規模のワクチン開発支援がなされているが、いまだ承認申請の見通しは不明。それどころか、9月にはワクチンや治療薬の開発の頓挫が相次いだ。

まず7日、「大阪産ワクチン」と吉村洋文府知事が大見得(おおみえ)を切っていたDNAワクチンの開発中止をアンジェスが発表。さらに26日には、抗寄生虫薬からコロナ治療薬への転用を目指していたイベルメクチンに、その有効性は認められなかったとして、興和が承認申請を断念した。

その4日後には、新型コロナ患者を対象にイベルメクチンの治験を実施していた北里大学病院も、プラセボとの有意差が認められなかったと発表したのだ。

「新型コロナ治療薬」として、ネット上に個人輸入代行業者があふれる抗寄生虫薬イベルメクチン。興和は臨床試験で有効性を見いだせなかったと発表 「新型コロナ治療薬」として、ネット上に個人輸入代行業者があふれる抗寄生虫薬イベルメクチン。興和は臨床試験で有効性を見いだせなかったと発表

イベルメクチンは、研究中にもかかわらず「コロナに効く」と信じて使用する人も少なくなかった。

「イベルメクチンがウイルスの増殖を抑えることは、デングウイルスやHIVでも確認されていますが、北里の結果を見ると、PCR陰転化までの日数がプラセボと変わらない。つまり、ウイルス量すら減っていなかったのです」

そう語るのは、新型コロナの情報発信サイト『こびナビ』副代表で、公衆衛生の専門家でもある木下喬弘医師だ。

「確かに試験管内では新型コロナウイルスの増殖を止められるのですが、そのためにはイベルメクチンを相当な高濃度にしないとダメ。寄生虫の治療薬として処方される量の100倍ぐらい必要です。

そんな濃度では人体に投与できません。だいたい、人が飲めるものでなくてもよければ試験管内でイソジンをかけてもコロナウイルスは死にますから」

興和のイベルメクチン開発には、今年3月に国から8億円の支援がなされ、さらに4月には53億円の追加支援が行なわれた。しかし新型コロナ患者に対して効果がないことは、欧米の研究では早い段階で指摘されていたという。

「世界的な権威のある英米の医学雑誌には、以前から効果を否定する論文が何度も出ていて、そのたびに日本はまだ治験をやるのかと思っていました。

エジプトやレバノンなどにはコロナ患者に効くとする臨床研究もありますが、その論文はデータを捏造(ねつぞう)したものばかり。100人分のデータをよく見ると、最初の10人のデータが10回繰り返されていたりするんです」

日本国内の臨床研究も、もっと早い段階で結果が出ていた可能性がある。

「昨年の秋にイベルメクチンの臨床試験を終了した北里大学は、今年2月には解析を終えていたはずです」

そう語るのは、医療ジャーナリストの村上和巳氏だ。

「しかし、北里がプラセボとの有意差が認められなかったと発表したのは、興和が承認申請断念を発表した後でした。もし2月に北里が結果を発表していたら、興和にはあれほどの支援金が出ていなかった可能性もあるでしょう」

抗寄生虫薬としてのイベルメクチンは、北里大学特別栄誉教授の大村智氏が発見したものだ。2015年にはノーベル生理学・医学賞を受賞している。

「米国でも動物用のイベルメクチンで急性中毒になった人がいて、当局がツイッターで警告を出したこともあった。そういう〝イベルメクチン信者〟は世界中にいて、特に日本ではノーベル賞のこともあって熱狂的な信者が多い。

それをネット上であおっていたのが、北里大学のある研究者です。大半の専門家が疑問視する第三世界などの中途半端な治験も高く評価していました。そういう人たちを納得させるためにも、国内の臨床試験で決着をつけたのはよかったんじゃないでしょうか。計61億円の支援も〝勉強代〟としての意味はあったのかもしれません」(村上氏)

国産の治療薬候補としては、塩野義の経口薬「ゾコーバ」も今年4月に国から約62億円の支援が決まった。9月28日、治験の最終段階でオミクロン株に特徴的な症状を改善する効果が確認されたと発表。承認へ向けて継続審議となっている。木下医師も「おそらく承認はされるでしょう」という見立てだ。

「ただし、劇的に効くわけではありません。放っておくと症状がなくなるまで8日かかるのが、7日になるぐらいの話です。しかし日本ではそれでも売れるのでしょう。

例えばインフルエンザ治療薬のタミフルも、治るまで4日かかるのが3日になる程度。英国は費用対効果が低い薬に国費を出さないので、その程度の効き目では普通には使えません。

WHOも必須医薬品からタミフルを外している。でも日本は医療費に対して甘いので、誰にでも使わせます。タミフルの世界シェアの75%は日本が占めているんです」

日本人は風邪をひいても簡単には休まず、一日でも早く職場に復帰しようとする傾向があるので、ゾコーバも承認されれば歓迎される可能性はあるだろう。しかし、費用対効果はタミフルよりも低いかもしれないというのだ。

「新薬は開発コストを回収しなければいけないので、国から補助金が出ているとはいえ、タミフルより高めの薬価設定になるでしょう。それでも8日を7日に短縮するために医療費を使うのか。症状が発熱だけなら、カロナールなどの鎮痛剤で十分でしょう。

ただ、ゾコーバの治験は主に軽症者が対象ですが、重症化を抑える効果や後遺症リスクを下げる効果があるかもしれません。後遺症で満足に働けないことによる経済損失はバカにならないので、その効果があるとわかれば使う意義は高まるでしょう」(木下医師)

■「大阪産ワクチン」はなぜ頓挫したのか?

一方、ワクチンのほうは先述のようにアンジェスがDNAワクチンの開発を中止。コロナ禍が始まった当初、「国産ワクチン第1号を目指す」と宣言していたが、木下医師も村上氏も「専門家は誰も成功すると思っていなかった」と口をそろえる。

「DNAワクチンの開発は技術的に難しい上に、アンジェスは製薬会社としての実績が極めて乏しい。治験で有効なデータを出すには何万人もの被験者を集めなければいけませんが、社員130人程度の会社にそんなことができるとも思えなかった。

そこに約75億円もの国費が投じられたことには、多くの人が疑問を感じていました。『安倍元総理と仲良しだったからでしょ』とささやく人もいます。DNAワクチンの開発を始めて以降、アンジェスからはプレスリリースがうるさいぐらい届きましたが、資金調達は進んでも、成果は何も出てこない。アンジェスの主力製品はプレスリリースですよ」(村上氏)

木下医師も、アンジェスは「まだ一度も新薬の本承認にこぎ着けた実績のない会社ですからね」と苦笑する。しかもDNAワクチンというアイデア自体にやや危うい面があるというのだから、アンジェスが手がけたことには大きな疑問符がつく。

「ファイザーやモデルナが開発したmRNA(メッセンジャーアールエヌエー)ワクチンは、DNAのある核の中には入りません。細胞質内のリボソームで翻訳され、そこから新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が発現します。それに対する免疫反応などが誘導されることで、感染予防ができるわけです。

一方、DNAワクチンは核内に入り込みます。人のDNAの横でウイルスのDNAがmRNAに転写され、それが核の外に出てリボソームで翻訳される。両者のDNAが近接するので、遺伝子の交換が起こるかもしれない。そのリスクを回避するワクチンの開発には、極めて高い技術力が必要です」(木下医師)

■国産の開発は続けるべきか?

アンジェスの挑戦は無謀だったとしても、大手製薬企業が軒並み足踏みしているのはなぜなのか?

「治療薬と違い、ワクチンは多くの人に接種してもらうために販売価格を安くしなければいけません。しかし、開発コストが莫大(ばくだい)なので原価率は高い。特殊な技術を持つ人材を雇用する必要もある。継続的にワクチン事業を運営するだけの体力のある国内企業は多くありません」(村上氏)

また、ワクチン開発には大規模な臨床試験が欠かせないが、日本はその環境にも恵まれていない。

「例えば米国の場合、医療保険が民間中心なので無保険者も多い。でも治験に参加すれば、貧しい人でも治療が受けられるわけです。

だからファイザーは、新型コロナワクチンの開発にあたって半年間で4万人もの被験者を集めることができた。しかし日本は国民皆保険ですから、治験に参加しなくても誰でも治療を受けられます。そういう環境でワクチンを開発するのは容易ではありません。もちろん、技術的な差も大きいでしょう。

日本企業はmRNAの技術を十分に持っていませんでした。やっと実験用のワクチン成分を合成したときには、すでにみんなファイザーやモデルナのワクチンを打っているので、被験者がますます集めにくい。すると海外で治験をやらざるをえないのですが、企業としての体力がないので、それも難しいという状態です」(村上氏)

海外メーカーがいち早く新型コロナワクチンを開発できた背景には、2003年に流行したSARSの経験も大きかったと木下医師は言う。

「SARSの研究を通じて、ウイルスのスパイクタンパク質をワクチン開発のターゲットにすべきだとわかっていました。それがなければ、こんなに早くコロナワクチンを造ることはできなかったでしょう。

ファイザーやモデルナほど早くはなかったとはいえ、中国、ロシア、インドなども一応、自前で開発できていますからね。SARSの被害をほとんど受けなかった日本は、そこから出遅れていました。

ワクチン開発は技術の積み重ねが必要なので、一朝一夕にはできません。パンデミックが始まってから慌てて資金的な援助をしても遅いんです。その意味で、長期的な研究開発に投資をしてこなかった国の責任は大きいでしょう」

だが、海外のワクチンに依存したままでは供給不足に陥る恐れもある。やはり開発の努力は続けるべきだろう。

「世界的に供給が安定してきましたし、悲しいかな、接種希望者も減っているので、今すぐに国産が必要ということはないでしょう。

でも、新型コロナの前にSARSがあったように、次のパンデミックがいつ起こるかわかりません。それに備えて研究の土台をつくるという意味でも、国産のワクチンや治療薬の開発は続けるべきです」(木下医師)

その研究開発を成功に導くには、国が医薬品行政のあり方を根本的に考え直さなければいけないだろう。製薬会社に「体力」をつけさせるには、多額の資金援助が求められる。

「創薬という事業は博打みたいなものです。目をつけた化合物が動物実験や治験をクリアして新薬として世に出る確率は、およそ2万2000分の1。製薬会社の研究員の9割は、入社から定年まで自ら開発した新薬をひとつも世に出せずにキャリアを終えます。

そういう世界なので、どうしてもお金はかかる。ワクチンも治療薬も開発できる世界トップ5の製薬会社は、研究開発に年間1兆円規模の資金を投じています。パンデミックが起きてから1000億や2000億円を注ぎ込んでなんとかなるようなものではありません。

海外企業とまともに競争するなら、国内の上位数社に毎年4兆円ぐらいの研究開発費を与える必要があります。その結果、20年後のパンデミックに素早く対応してワクチンや治療薬が開発できたら御の字ですよ」(村上氏)

この教訓は生かされるか。