「『大卒資格を得たことで今の自分がある』という言葉をよく聞きます。奨学金に対する安易なネガティブイメージがなくなると同時に、『自己投資』というとらえ方が広がればいいなと思います」と語る千駄木雄大氏 「『大卒資格を得たことで今の自分がある』という言葉をよく聞きます。奨学金に対する安易なネガティブイメージがなくなると同時に、『自己投資』というとらえ方が広がればいいなと思います」と語る千駄木雄大氏

昨年末にスタートした『東洋経済オンライン』の人気連載、『奨学金借りたら人生こうなった』。

返済当事者のライフストーリーを主軸に、奨学金という存在が彼らの生き方や価値観にどのような影響を与えたのか掘り下げていくこの連載は、更新されるたびに話題を呼び、ついに書籍化された。

奨学金を借りた人間の過去と現在に迫り、時には波瀾(はらん)万丈な半生が明かされることもある。その味わいはまるで、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ)やYouTubeチャンネル『街録ch』といった人気ドキュメンタリーのよう。29歳の著者、千駄木雄大(ゆうだい)氏が提示する、新しい奨学金報道とは?

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――連載スタート直後から大きな反響があったそうですね。

千駄木 私は幼少期と、中学から高校にかけてアメリカで過ごしており、日本の奨学金制度について詳しいわけではなかったんです。なので、最初はツテをたどって、「毎月ひとりくらいに話を聞いて、記事を更新できたらいいね」といった温度感でした。

ところがいざ連載を始めると、初回から記事が大バズリし、「私のことも取材してほしい」という応募が500件以上も舞い込んできました。出版不況の中、なんの実績もない私が本を出せたという点でも、世間的なニーズがあったと感じます。

――人気を集めた要因は?

千駄木 これまでは「返済が大変」「奨学金地獄」というように、ネガティブな面ばかりがことさらに強調されてきました。でも、この連載では負の側面だけでなく、奨学金をうまく活用することで人生を好転させた人にも、バランスよく話を聞いています。メディアに取り上げられなかっただけで、今までもそういう人たちはたくさん存在していたんです。

とはいえ、いざ話を聞いてみると、やっぱり波瀾万丈な人生を送っている人が少なくなかった。なので、個人的には人気YouTubeチャンネル『街録ch』的な楽しまれ方をしている面もあると思います。

――そもそも、奨学金を利用している学生の割合はどれくらいなのでしょう?

千駄木 日本学生支援機構(JASSO)が公表している「令和2年度 学生生活調査」によると、実は今、奨学金を受給している学生の割合は、「大学(昼間部)が49.6%、短大が56.9%」と、ふたりにひとりは利用している計算になるそうです。

支給と聞くと「もらっている」ように聞こえますが、これはJASSOならではの表現。実際には「貸与」も含み、なおかつ「JASSO以外の奨学金制度」も含んだ数値になっています。

また、返済の義務がない給付型奨学金制度が始まったのは2017年からなので、該当者は多くありません。そのため、奨学金のメインはいまだに貸与で、それも有利子です。

――奨学金を借りている学生の割合は増えているんですか?

千駄木 1990年代の奨学金利用者は全大学生の20%程度だったので、失われた30年間で奨学金を借りることが当たり前になりました。そのことを理解していない上の世代の中には、「借金をしてまで大学なんか行くな」という極論を言う方も少なくありません。

でも実際のところ、大卒じゃないと就職の選択肢は減るし、帰国子女の目線から見ても、日本の大卒カードはコスパがいいと思います。

――コスパがいい?

千駄木 日本ではアイビーリーグなどの私立大学が有名ですが、アメリカには州立大学や市立大学がたくさんあり、多くの学生はそのまま地元のコミュニティカレッジに進学します。

ただ、そこに進学したからといって、仕事の選択肢が一気に増えるわけではありません。誰もが知っているような有名企業に入るにはアイビーリーグを出たり、小学校から名門私立に通ったりする必要がある。そう考えると、日本はアメリカよりも平等だなと感じるんです。

――本書には千駄木さん以外にも識者が登場しますが、いずれも「日本の奨学金制度は、機能しているかは別としてよくできている」という見解を示しています。千駄木さんは、フラットというか、JASSO寄りの立場になるのでしょうか?

千駄木 特にJASSO寄りということもなく、改善すべき点はたくさんあると思います(笑)。でも、悪いところばかり見たり、頭ごなしに否定したりしても仕方がないですからね。JASSOは申請すれば返済を猶予してくれますし、実際、返済当事者に話を聞くと、猶予経験のある方もけっこういます。

時には「大学・大学院まで無償にすべき」といった主張を聞くこともありますが、「そうなれば理想だよな」とは思いつつも、財源を見ると厳しいですね。現在、JASSOは延滞債権が数百億円もありますし。

――えっ、数百億円も?

千駄木 返さなかった人たちがいるので積み重なっているんです。20年も前の例ですが、2003年の『読売ウイークリー』の「『日本育英会』で奨学金1500億円の焦げ付き」という記事では、2001年度末の延滞債権額が1562億円まで膨れ上がったことが報じられています。

令和2年の資料では、延滞分要回収額が789億円だったので一応減ってはいるようですが、財務諸表を見ても長期借入金に対し、資本剰余金や利益剰余金は圧倒的に小さい。JASSOに利益を生むシステムがないので、このままだと自転車操業すらままならないんですよ。

このような背景の結果、無利子の第一種に加えて有利子の第二種が誕生し、2010年代には債権回収会社に回収業務が委託されるようになりました。これが、"ブラック奨学金"と呼ばれる昨今の風潮にもつながっているんです。

――なるほど。構造的な問題がありそうですね。

千駄木 とはいえ、JASSOがなければ大学に行けなくなる人も多いわけです。ほかに誰も貸してくれませんからね。だからこそ、JASSOだけをスケープゴートにしてきた一部の奨学金報道は、誰も幸せにしてこなかったと思うんです。

ただ、先ほど話したように、日本は大卒のコスパがいいし、取材した人たちからも「大卒資格を得たことで今の自分がある。奨学金は投資だった」という言葉をよく聞きます。奨学金に対する安易なネガティブイメージがなくなると同時に、「自己投資」というとらえ方が広がればいいなと思います。

●千駄木雄大(せんだぎ・ゆうだい)
1993年生まれ、福岡県出身。編集者、ライター。出版社に勤務する傍ら、『ARBAN』(ヴィジュアルノーツ)や『ギター・マガジン』(リットーミュージック)などで執筆活動中

■『奨学金、借りたら人生こうなった』
扶桑社新書 990円(税込)
昨今の報道などで、何かとネガティブなイメージの強い奨学金。しかし、「上がらない給料」「税や社会保険料の負担増」などの要因もあり、奨学金制度を単体で論じることは難しい。そんな中、本書では返還当事者にインタビューを実施。性別・年代もさまざまな14のライフストーリーから、奨学金制度と、その背景にある現代日本の実像を浮き彫りにする。奨学金を返済中の人はもちろん、これから借りようとしている人も必読の一冊だ

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